就職、結婚、出産、子供の進学。異なる人生の選択をきっかけにいつしか疎遠になり、「女の友情」の難しさを感じたことのある人も多いだろう。一方で、死後も友情が続くケースもある。あの歌手は、亡き親友の代わりになると決意して──。
その日は早朝から彼女をしのぶ人たちがひっきりなしに訪れては手を合わせ、時には墓前に輪をつくり、思い出話に花を咲かせた。午後には墓石が仏花に囲まれるほどの状態に。その様は故人が両手いっぱいにピンクの花束を抱えているようにも見えた。
11月6日、埼玉・朝霞市にある広称寺。緑豊かな小川沿いにあるお寺の境内に「ありがとう」と刻まれた墓石がある。ここで静かに眠るのは、歌手の本田美奈子.さん(享年38)。彼女は2005年11月6日に急性骨髄性白血病でこの世を去り、今年で17回忌の節目を迎えた。例年、11月3日に追悼コンサートが開催されているが、2021年は新型コロナによって昨年に続き中止に。17回忌の法要は家族や限られた知人のみで営まれた。
本田さんの母・工藤美枝子さん(80才)は、本田さんが2人姉妹の長女だったため、いまでも「お姉ちゃん」と呼ぶという。
「コンサートがなくてお姉ちゃんも寂しかったと思いますが、わかってくれたと思います。17回忌ということでたくさんのファンのかたがお墓参りをしてくれて、ありがたかったです」(美枝子さん)
歌手としてさらなる活躍が期待されていたなかで本田さんを襲った悲劇。美枝子さんにとって、娘の死は身を引き裂かれるほどの苦しみだった。それでも、今日まで前を向いて歩めたのは、本田さんが生前培った「友情」があったからだという。
11月下旬のある日、本田さんの墓前に、ひとりの女性の姿があった。演歌歌手の坂本冬美(54才)だ。本田さんと坂本は1967年生まれの同い年で、同じレコード会社・東芝EMIからデビュー。プライベートでも長年親交があった。坂本は本田さん亡き後、美枝子さんと家族同然の仲に。この日も墓参りの後、本田さんの実家で、妹の律子さんや彼女の息子と食卓を囲んでいた。当日の様子を坂本はブログでこう明かしている。
《お母さんがいつものように水餃子鍋を作ってくれていました。懐かしい味に、ついつい50個(食べすぎやろ 笑)ほどペロっと食べちゃいましたよ~》
美枝子さんが笑顔で語る。
「冬美ちゃんにはこの16年間、本当によくしてもらいました。毎月の命日には、一粒一粒、包装された『冬美の梅干し』を贈ってくれて、母の日にはお花が届く。台風や地震があったら『お母さん、大丈夫!?』と心配してすぐにメールが届く。それだけでなく、律子や孫たちにもクリスマスや誕生日のプレゼント、お年玉までくれるんです」