たとえば、医学的な知識がゼロのユーザーが自身のSNS上で「ワクチンは危険」とSNS上で主張し、著書なども執筆している実在する医者のコメントを紹介する。このコメント文をよく読むと、危険であるという言葉には根拠がなく、さらに自著を販売したり、有料イベント、有料サロンなどの会員を獲得するための「宣伝行為」に他ならないと容易に類推できる。ところが、ハナから「ワクチンは危険なものだ」という前提で閲覧する人々にとっては、自身のぼんやりとした不安を補強する形で「やっぱり危険なんだ」と感じる衝撃は大きく、SNS上でも反響のリプライが多数、つけられる。
厄介なのはこの先だ。危険であることにばかり注目する人によるSNSへの投稿は、同調した人たちによって形成された一連のリプライ、また元コメントを発信した医者によって「こんなに賛同を得ている」などと紹介されさらに拡散される。すると「このように多くの人に肯定されている」ことがクローズアップされ、真偽の程を確認することよりも、賛同者が多い(ように見えることによって)、真実らしいと受け止める人が増える。Twitterでは、一つのツイートに対して返信ができるアカウントを制限する機能を、近年になって実装した。これは、特に有名人ユーザーなどに罵詈雑言が寄せられるなどのケースが相次いだり、多くのユーザーが不快と感じるシーンが増えたことに対する処置ではあろうが「肯定」しかない空間が生み出されるようなことになれば、どうなるのだろうか。
「嘘も100回いえば真実になる」とはナチス・ドイツのプロパガンダを担当したゲッベルスの言葉だと言われているが、それを目の前で見せられているようなものだ。嘘や真偽不明の情報であっても、その内容を肯定する人々達の間でのみ「ワクチンは危険」という答えありきの議論(のようなもの)が展開され、いつしか「事実」として認定される。
無責任な人が増えるほど、陰謀論は伸びる
「フィルターバブル」とか「エコーチェンバー現象」とメディアでも盛んに言われるようになったが、それは知りたいものしか知りたくない、自分の願望に沿った見解だけが欲しい、そんな人々が増えているという時代の背景に他ならない。それが陰謀論であっても望みの内容であれば積極的に受け取る行動をとるため、テーマにした「まとめサイト」を多くのネットユーザーが訪れている、ということなのだ。だから、武田さんの懐も温まる一方だ。
「陰謀論系の本もかなり売れているみたいで、ネット通販サイトのリンクを貼っていれば、それだけで幾らかアフィリエイト収入も入ってくる。あの手の本は書店にはあまり置かれていないですからね」(武田さん)
コロナ禍の初期に「陰謀論」系の書籍が書店に平積みされているところを筆者は何度も確認をしている。多くの国民がコロナに対する危機感を抱いていて、書店員もそれなりの売れ行きがあることを認めていたが、最近は書店側もさすがに看過できないのか、陰謀論系の書籍を扱わないか、置いていても書棚の隅にコッソリ、というパターンもあるという。なにより、陰謀論系の書籍は読者にとっても実在の書店で買い求めるのは抵抗があるのか、ネットで購入されるのが常、と話していたことを思い出す。
そういえば、収入はどうなっているのか。
「以前よりは収益が出ていますよ。似たような傾向のサイトをいくつか持っていればいいだけなので。一定の期間分析して、ある程度の傾向がわかったところでサイトをオープンさせて、また分析しての繰り返しです」(武田さん)
武田さんは、以前取材した時よりも落ち着いているようにも感じられた。当時は、決して悪びれる様子は見せなかったが、正体を暴こうとする筆者に対して攻撃的だった。今の武田さんにはそれがない。淡々と「仕事」をこなしている、そんな雰囲気さえある。農家兼コンビニ経営という立場だったが、今ではコンビニ経営は家族に任せ「陰謀論系まとめサイト」運営が事業として成立してしまっているのかもしれない。
武田さんは、政治向け、そして陰謀論系まとめサイトの運営を通して、次のようなことを感じていると話す。
「政治ネタでもコロナネタでも、政治家やマスコミ、公務員や先生など、責任があるゆえになかなか物事を決められない人たちを、無責任な人々が攻撃する、というパターンがは変わらないどころか、エスカレートしていってます。そうした人たちによる争いをみた人たちが、心の中でどう思ってるか、どう思いたいかということを考えれば、人が注目するポイントがわかる気がしている。無責任な人、言説が増えるほど、陰謀論ネタが伸びているんですから」(武田さん)