北京五輪で活躍が期待される羽生結弦選手の今季のショートプログラム曲が「ロンドカプリチオーソ」だと知って、竹宮惠子さんの同名漫画(『ロンド・カプリチオーソ』)を思い出したファンはそう多くはないかもしれない。なぜならこの漫画が描かれたのは1973年。フィギュアスケートが日本で人気スポーツでなかった時代から、数々の名作漫画が描かれてきた。そして昨今の人気の高まりとともに、フィギュアスケート漫画は一大ジャンルを築いている。五輪を機に、フィギュアスケートと漫画の深い関係について探る。
漫画が現実のフィギュアスケートを先取りしていた
日本でスポーツとして盛り上がる以前から、フィギュアスケートは少女漫画のジャンルとして人気があったと語るのは、「マツコの知らない世界」に出演経験もある女子漫画研究家の小田真琴さんだ。
「少女漫画のスポ根の特徴は、少年漫画に比べて『美しさ』や『可憐さ』が要求されることです。美しさとスポ根が両立するジャンルとして、数々のフィギュアスケート漫画が描かれてきました。同様なジャンルとしてバレエがあります」
アルベールビル五輪で伊藤みどりさんがトリプルアクセルを決めて銀メダルを獲得したのは1992年。しかし、その前の70年代から80年代にかけて、槇村さとるさんの『愛のアランフェス』や『白のファルーカ』、ひだのぶこさんの『銀色のフラッシュ』など、数々のフィギュア漫画が登場した。背景には1972年の札幌五輪で活躍したジャネット・リンの影響もあったのではないかと、小田さんは指摘する。槇村さんは現在までフィギュアスケート漫画を描き続けている。
当時の日本には、今ほどフィギュアスケートの映像も情報もなかった。漫画が競技の世界観を伝えたり、ルールの解説として一役買った面もあっただろう。また、今読み返すと、漫画ならではの想像力によって、現実のフィギュアスケートを先取りしていたことに驚く。たとえば1986年に出た川原泉さんの『銀のロマンティック…わはは』(現在は『甲子園の空に笑え!』に収録)には、「クワドラプル」という言葉が出てくる。現実の世界で男子選手が国際大会で4回転を決める前に、漫画の世界は4回転時代に突入していたわけだ。『銀のロマンティック…わはは』をおすすめフィギュア漫画として挙げる小田氏はこう話す。
「ルールは現在と変わっていますが、川原先生らしい楽しい解説で、ルール入門としてもよいと思います。また、エモーショナルすぎる展開と、今のクワド全盛時代を予見していたと言っても過言ではない内容も必見です。ポチ(飼い犬)がクワドを跳ぶシーンは涙なしには読めません!」
この漫画で面白いのは、ペアの選手たちが4回転ルッツを跳ぶ場面が出てくること。現実に成功したペア選手はいないが、不可能ではないと感じるファンは多いのではないか。現に、シングルでは、女子も男子も4回転ルッツを跳ぶ選手が出ている。現実が漫画に追いついてきたのだ。