人を罪に問うことに真剣に向き合う
例えば常磐が特捜時代に手がけた下水道業者5社による談合事件。〈東亜テック産業〉の〈民谷〉を始め、5人の幹事たちは公取委の調べに対して容疑を認めており、その調書をそのまま写せばいいと上司は言う。
が、そうはできないのが常磐だ。逮捕された5人はいずれも平社員である上に、裏経費を堂々と経理に請求。そのおかしさに熟練の先輩検事が気づかぬはずはない。上役や当該企業の顧問弁護団が適当な所で手打ちをしていることが疑われた。
「公取委が刑事告発に踏み切った実際の官製談合事件をモデルにしました。独禁法は営業者に対する規制法で、法人を刑事罰に問う場合、当時は両罰規定といって、まず個人を起訴しなければ法人は起訴できなかった。元々日本の刑法は個人を罰するもので、監督責任のような考えで団体を罰する仕組みだった。だから個人より法人の方が悪質なのではという疑いがあるとき、検察官は悩むことになる」
そんな事件を巡って、〈国家レベルの経済の不都合の尻ぬぐいを、たった五人の会社員ですることになる〉〈あんまりじゃないかしら〉と常磐が煩悶する一方、事件の処理件数しか眼中にない検事も現われる。
「全編にいえることは、人を罪に問うことに真剣に向き合う検察官と、どうもそうではない出世しか頭にないタイプや事なかれ主義者の検察官を対比させたことです。司法記者時代に前者のような立派な人にも会いました。そうあってほしいという願いからです」
注目は第5話「健ちゃんに法はいらない」で有村が出会う魚屋の健ちゃんこと、〈長谷川健介〉の存在だ。有村は保育園の防犯教室でボランティアの健介と知り合い、お節介な彼に言われるまま、虐待が疑われる少年を見守ることに。その法以前の良心に基づいた救い方が、何とも清々しいのだ。
「法治主義へのちょっとしたアンチテーゼになればと思って、法律のことなんてまったく気にしない人間を造ってみました。いうなれば法より人情といいますか、要は寅さんの世界です。結局僕が書きたかったのは法より人間力の方が素敵だということかもしれません。その場その場の気持ちで動いていて、それでも十分魅力的な事件ドラマを書いてみようと思いました」
この外伝で物語の奥行を一層深くした本シリーズは、第3作へと続く予定だとか。豊洲の良心・健ちゃんや、“わきまえない”倉沢や常磐が、久我の人生に今後どう絡むのか、ますます楽しみだ。
【プロフィール】
直島翔(なおしま・しょう)/1964年宮崎県宮崎市生まれ。立教大学社会学部社会学科卒。1988年に某新聞社に入社。社会部時代には司法担当を経験し、現在論説委員。「今の非正規や働きにくさの問題も、ちょうどここに書いた30年に端を発していると思います」。2021年『転がる検事に苔むさず』で第3回警察小説大賞を受賞し作家デビュー。筆名は「編集者に最も言われたくない台詞、『直しましょう』から。すみません、ただのダジャレです(苦笑)」。173cm、71kg、O型。
構成/橋本紀子 撮影/朝岡吾郎
※週刊ポスト2022年3月18・25日号