ヒロイン3人と錠一郎
そんな錠一郎と生きていくことを決めたるいも幸せそうだ。京都で大月家が経営する回転焼き屋だが、錠一郎はミュージシャンゆえに(?)全くアシスト不能。金銭感覚も乏しく、お使いに行けば祝い事もないのに鯛を購入。そんな夫をるいは責めない。現在で言うワンオペとなり、家族の経済を支えて……と、これが彼女の幸せなのだと思う。糟糠の妻になろうとしたわけではない。トランペットを吹いていようがいまいが自分は錠一郎のことが好きなのだと、地に足をつけて言える凛とした姿勢がそこには見えた。
一方、派手な柄シャツを着て、店先でニコニコしているだけの夫。周囲からも「大丈夫?」と心配をされたり、非難を浴びることもあっただろう。でも自分たちが紆余曲折して、悩みながら歩き始めた道ならいい。自分たちが幸せならそれでいい。『カムカム』は3人のヒロインの生き方を通して、私たちに自己肯定を教えてくれた。それには錠一郎ブランドが必要不可欠であって、4人目のヒロインだなあと思ったのだ。
実際、私の近くにも結婚早々に夫が仕事を辞めて、バンドマンを目指したという夫婦がいる。当時、周囲から聞こえてくる噂話はひどいものだった。そんなこともどこ吹く風と今も非常に幸せそうにしていると聞くと、『カムカム』大月家の結論に納得する。夫婦共働きでマイホームを買って、老後に備えるというジャパンスタンダードな生活も悪くはない。それよりも大事なことは、自分の基準を誰かに押し付けないことだ。
『カムカム』はそんなメッセージを国民的人気ドラマの形をとって教えてくれた。朝ドラで“ヒモ夫”を放つのは制作時に異論反論があったかもしれないが、こうして私たちに何かを教えてくれた。もうすぐ終わってしまうけれど、できれば錠一郎……ラストに押入れの奥にしまってあるだろう、トランペットを聴かせてくれないか……。
【プロフィール】
小林久乃(こばやし・ひさの)/エッセイスト、ライター、編集者、クリエイティブディレクター。これまでに企画、編集、執筆を手がけた単行本は100冊以上。著書に『結婚してもしなくてもうるわしきかな人生』(KKベストセラーズ刊)、最新刊に『45cmの距離感 つながる機能が増えた世の中の人間関係について』(WAVE出版刊)がある。静岡県浜松市出身。