ライフ

【書評】『最後のライオニ』階級ではなく個の到来を黙示録的に描く世界像

『最後のライオニ 韓国 パンデミックSF小説集』著/キム・チョヨプ、デュナ、チョン・ソヨン、キム・イファン、ペ・ミョンフン、イ・ジョンサン

『最後のライオニ 韓国 パンデミックSF小説集』著/キム・チョヨプ、デュナ、チョン・ソヨン、キム・イファン、ペ・ミョンフン、イ・ジョンサン

【書評】『最後のライオニ 韓国 パンデミックSF小説集』/キム・チョヨプ、デュナ、チョン・ソヨン、キム・イファン、ペ・ミョンフン、イ・ジョンサン・著 斎藤真理子、清水博之、古川綾子・訳/河出書房新社/2145円
【評者】大塚英志(まんが原作者)

 韓国の表現が領域を超えて強烈なまでに特徴的なのは「階級」の主題化である。例えばチョ・セヒの小説「こびとが打ち上げた小さなボール」の「こびと」やポン・ジュノの映画「パラサイト」の「半地下」と言ったモチーフはマジックリアリズム的な寓話と一瞬錯覚させられるが、「階級」のリアリズムがそれを曖昧化することに慣れきったこの国の私たちにそう感じられないだけの話で、要は私たちの怠惰の問題なのである。

 しかしそれにしてもゾンビアニメでさえ、という言い方は別に見下して言うのではなく、ゾンビ映画はその国ごとの社会不安の根底を徹底して鮮明化する領域で、だから北米のゾンビ映画は、結局は閉塞したコミュニティ間の「自衛」の問題に収斂する。韓国であればヨン・サンホの「ソウル・ステーションパンデミック」がホームレスの感染、つまり階級問題から始めたのは当然だった。

 コロナ禍の韓国SF作家のアンソロジーと聞いた時も、当然だがコロナ下の「階級」が描かれるのかと思った。コロナは最初から「弱者」を選ぶ傾向があるからだ。

 だが、意外にも「階級」は殆ど主題とされていない。主人公らに何らかの脆弱性が文化人類学者的な負の記号のように付されているが、鮮明となるのはむしろ「個」だ。当り前だがパンデミックは「社会」そのものを消滅させる。

 その時、問題解決にはならないが「階級」の根拠としての「社会」は消滅する。登場人物は他者との繋がりめいたものを求めないではないが、パンデミック下、人が求めるものは同じなのだという本書の感想を目にもしたが、そうなのか。

 韓国ゾンビものがディストピア社会を鮮明化したのに対し、韓国パンデミックSF小説が「社会」の消滅を持ってようやく「個」の到来を描くことと、最初から社会を書かない国とでは、至る筋道は全く異なる。日本であれば「絆」や「繋ぐ」といった陳腐な単語に収斂させてしまうだろう主題をどこか、黙示録的に描く世界像はSFだからではなく韓国故だ、と感じる。

※週刊ポスト2022年3月18・25日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

世界中でセレブら感度の高い人たちに流行中のアスレジャーファッション(左・日本のアスレジャーブランド「RUELLE」のInstagramより、右・Backgrid/アフロ)
《広瀬すずもピッタリスパッツを普段着で…》「カタチが見える服」と賛否両論の“アスレジャー”が日本でも流行の兆し、専門家は「新しいラグジュアリーという捉え方も」と解説
NEWSポストセブン
浅香さんの自宅から姿を消した内縁の夫・世志凡太氏
《長女が追悼コメント》「父と過ごした日々を誇りに…」老衰で死去の世志凡太さん(享年91)、同居するスリランカ人が自宅で発見
取締役の辞任を発表したフジ・メディア・ホールディングスとフジテレビ(共同通信社)
《辞任したフジ女性役員に「不適切経費問題」を直撃》社員からは疑問の声が噴出、フジは「ガバナンスの強化を図ってまいります」と回答
NEWSポストセブン
子宮体がんだったことを明かしたタレントの山瀬まみ
《“もう言葉を話すことはない”と医師が宣告》山瀬まみ「子宮体がん」「脳梗塞」からの復帰を支えた俳優・中上雅巳との夫婦同伴姿
NEWSポストセブン
愛子さま(写真/共同通信社)
《12月1日がお誕生日》愛子さま、愛に包まれた24年 お宮参り、運動会、木登り、演奏会、運動会…これまでの歩み 
女性セブン
海外セレブの間では「アスレジャー
というファッションジャンルが流行(画像は日本のアスレジャーブランド、RUELLEのInstagramより)
《ぴったりレギンスで街歩き》外国人旅行者の“アスレジャー”ファッションに注意喚起〈多くの国では日常着として定着しているが、日本はそうではない〉
NEWSポストセブン
虐待があった田川市・松原保育園
《保育士10人が幼児を虐待》「麗奈は家で毎日泣いてた。追い詰められて…」逮捕された女性保育士(25)の夫が訴えた“園の職場環境”「ベテランがみんな辞めて頼れる人がおらんくなった」【福岡県田川市】
NEWSポストセブン
【複雑極まりない事情】元・貴景勝の湊川親方が常盤山部屋を継承へ 「複数の裏方が別の部屋へ移る」のはなぜ? 力士・スタッフに複数のルーツが混在…出羽海一門による裏方囲い込み説も
【複雑極まりない事情】元・貴景勝の湊川親方が常盤山部屋を継承へ 「複数の裏方が別の部屋へ移る」のはなぜ? 力士・スタッフに複数のルーツが混在…出羽海一門による裏方囲い込み説も
NEWSポストセブン
アスレジャースタイルで渋谷を歩く女性に街頭インタビュー(左はGettyImages、右はインタビューに応じた現役女子大生のユウコさん提供)
「同級生に笑われたこともある」現役女子大生(19)が「全身レギンス姿」で大学に通う理由…「海外ではだらしないとされる体型でも隠すことはない」日本に「アスレジャー」は定着するのか【海外で議論も】
NEWSポストセブン
中山美穂さんが亡くなってから1周忌が経とうとしている
《逝去から1年…いまだに叶わない墓参り》中山美穂さんが苦手にしていた意外な仕事「収録後に泣いて落ち込んでいました…」元事務所社長が明かした素顔
NEWSポストセブン
イギリス出身のインフルエンサー、ボニー・ブルー(Instagramより)(Instagramより)
《俺のカラダにサインして!》お騒がせ金髪美女インフルエンサー(26)のバスが若い男性グループから襲撃被害、本人不在でも“警備員追加”の大混乱に
NEWSポストセブン
(左から)中畑清氏、江本孟紀氏、達川光男氏の人気座談会(撮影/山崎力夫)
【江本孟紀・中畑清・達川光男座談会1】阪神・日本シリーズ敗退の原因を分析 「2戦目の先発起用が勝敗を分けた」 中畑氏は絶不調だった大山悠輔に厳しい一言
週刊ポスト