侍従たちは君主のあるべき姿を自らの行動で示したわけだが、それに対して学問の側からそうした教育を行なったのが元田永孚(1818?91)である。この人の名はいまほとんど忘れ去られているが、明治天皇の君主としての成長にきわめて貢献した人である。ドナルド・キーンも、明治天皇に義務感と克己心を与えたのはこの人物だと前掲書で述べている。熊本藩の出身で、若いころはあの横井小楠に学びおおいに薫陶を受けた。基本の学問は朱子学だが、現実離れした理想に走る朱子学の欠点を補うために「実学」つまり実用面を追求するという態度をとった。この点が大久保利通などに評価され、侍講すなわち天皇の家庭教師に抜擢されて君主としての道を説いた。彼の名が忘れ去られたのは、結局朱子学の枠組みを抜けることができず天皇親政を主張するようになり、欧米型の立憲君主制をめざす伊藤博文やそれに賛同する天皇と袂を分かったからである。しかし、それでも天皇が名君になれたのも元田の教えがあったればこそだ。

〈明治天皇は、元田から君徳を涵養することこそが君主の務めだと学び、生涯、有徳な君主たろうと努められた。その場しのぎの綱渡りを続ける新国家を、その徳で支えようと努力されたのだ。(中略)これほど質素で、厳しい生活を自らに課した皇帝が有史にあるだろうか、と思うことがある。皇帝ばかりではない、政治家、指導者のたぐいでも思い浮かばない。明治天皇が大帝とよばれる所以は、その御努力の凄まじさにある。〉(『乃木希典』福田和也著 文藝春秋刊)

 明治天皇は、言ってみれば朱子学的名君でもあった。だからこそ乃木希典と「共鳴」するところがあったのだ。

(第1338回につづく)

【プロフィール】
井沢元彦(いざわ・もとひこ)/1954年、愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。TBS報道局記者時代に独自の世界を拓く。1980年に『猿丸幻視行』で江戸川乱歩賞を受賞。『逆説の日本史』シリーズのほか、『天皇になろうとした将軍』など著書多数。

※週刊ポスト2022年4月22日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

ラオスを訪問された愛子さま(写真/共同通信社)
《「水光肌メイク」に絶賛の声》愛子さま「内側から発光しているようなツヤ感」の美肌の秘密 美容関係者は「清潔感・品格・フレッシュさの三拍子がそろった理想の皇族メイク」と分析
NEWSポストセブン
2009年8月6日に世田谷区の自宅で亡くなった大原麗子
《私は絶対にやらない》大原麗子さんが孤独な最期を迎えたベッドルーム「女優だから信念を曲げたくない」金銭苦のなかで断り続けた“意外な仕事” 
NEWSポストセブン
国宝級イケメンとして女性ファンが多い八木(本人のInstagramより)
「国宝級イケメン」FANTASTICS・八木勇征(28)が“韓国系カリスマギャル”と破局していた 原因となった“価値感の違い”
NEWSポストセブン
実力もファンサービスも超一流
【密着グラフ】新大関・安青錦、冬巡業ではファンサービスも超一流「今は自分がやるべきことをしっかり集中してやりたい」史上最速横綱の偉業に向けて勝負の1年
週刊ポスト
今回公開された資料には若い女性と見られる人物がクリントン氏の肩に手を回している写真などが含まれていた
「君は年を取りすぎている」「マッサージの仕事名目で…」当時16歳の性的虐待の被害者女性が訴え “エプスタインファイル”公開で見える人身売買事件のリアル
NEWSポストセブン
タレントでプロレスラーの上原わかな
「この体型ってプロレス的にはプラスなのかな?」ウエスト58センチ、太もも59センチの上原わかながムチムチボディを肯定できるようになった理由【2023年リングデビュー】
NEWSポストセブン
12月30日『レコード大賞』が放送される(インスタグラムより)
《度重なる限界説》レコード大賞、「大みそか→30日」への放送日移動から20年間踏み留まっている本質的な理由 
NEWSポストセブン
「戦後80年 戦争と子どもたち」を鑑賞された秋篠宮ご夫妻と佳子さま、悠仁さま(2025年12月26日、時事通信フォト)
《天皇ご一家との違いも》秋篠宮ご一家のモノトーンコーデ ストライプ柄ネクタイ&シルバー系アクセ、佳子さまは黒バッグで引き締め
NEWSポストセブン
ハリウッド進出を果たした水野美紀(時事通信フォト)
《バッキバキに仕上がった肉体》女優・水野美紀(51)が血生臭く殴り合う「母親ファイター」熱演し悲願のハリウッドデビュー、娘を同伴し現場で見せた“母の顔” 
NEWSポストセブン
六代目山口組の司忍組長(時事通信フォト)
《六代目山口組の抗争相手が沈黙を破る》神戸山口組、絆會、池田組が2026年も「強硬姿勢」 警察も警戒再強化へ
NEWSポストセブン
和歌山県警(左、時事通信)幹部がソープランド「エンペラー」(右)を無料タカりか
《和歌山県警元幹部がソープ無料タカり》「身長155、バスト85以下の細身さんは余ってませんか?」摘発ちらつかせ執拗にLINE…摘発された経営者が怒りの告発「『いつでもあげられるからね』と脅された」
NEWSポストセブン
2021年に裁判資料として公開されたアンドルー王子、ヴァージニア・ジュフリー氏の写真(時事通信フォト)
《恐怖のマッサージルームと隠しカメラ》10代少女らが性的虐待にあった“悪魔の館”、寝室の天井に設置されていた小さなカメラ【エプスタイン事件】
NEWSポストセブン