そうしたなかでは、チャップリンの言葉が改めて響きます。
戦後、日本では1960年代になって『独裁者』が公開され、それとともにヒトラーのドキュメンタリーフィルムがヒットしました。戦争を知らない若者たちのなかには、「ヒトラーは悪くない」「ヒトラーはカッコいい」といったブームが起きます。その現象について来日時にコメントを求められたチャップリンは、「映像には毒が入っている」と喝破しました。
独裁者ヒトラーという毒を、より強い「笑い」という毒で制したチャップリンは、あらゆる映像に何らかの“意図”が含まれる危険性に自覚的でした。公平で公正なメディアなどありません。毒が含まれているという前提で映像を見て、一人ひとりが信念を持って考える。チャップリンは今も、その大切さを呼びかけているように感じます。
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【プロフィール】
大野裕之(おおの・ひろゆき)/1974年大阪府生まれ。脚本家、日本チャップリン協会会長。京都大学大学院人間・環境学研究科後期博士課程所定単位取得。専攻は映画・演劇・英米文化史。著書『チャップリンとヒトラー』でサントリー学芸賞芸術・文学部門受賞。脚本・製作を担当した映画『太秦ライムライト』で、第18回ファンタジア国際映画祭最優秀作品賞。
※週刊ポスト2022年5月20日号