原稿用紙
この頃、連立政権の命運がかかるもう一つの問題が進行していた。社会党の委員長交代である。
八月末、連立与党は、「小選挙区二百五十議席、比例二百五十議席」を柱とする選挙制度改革法案を決定した。社会党の主張に大幅に配慮した内容だったが、そもそも社会党には小選挙区への反対意見が根強い。これを機に政治改革担当相でもあった山花貞夫・委員長は、責任論が蒸し返されて辞任、曲折の末、九月二五日に左派に担がれた村山富市が委員長に就任した。
村山は小選挙区反対論で自民党の梶山静六と連携していたし、「小沢の強権的なやり方が嫌いなんじゃ」と公言していた。
経済が低迷し、政治改革より景気対策を求める声も出始めていた。コメ市場の部分開放問題も山場を迎え、社会党は連立離脱をカードに抵抗を繰り返した。その影響で細川が年内成立を公約した政治改革法案の審議は、遅れに遅れていた。
連立与党内の空気が険しさを増していた一〇月下旬のある夜、私は、久しぶりに清水谷の参院議員宿舎に平野貞夫を訪ねた。
平野は座卓に原稿用紙を広げて何かを書いていた。
「総理(細川護煕)から頼まれましてねえ。このまま何の譲歩もなしで強行突破となると与党内が持たない。修正も考えるように小沢先生を説得しろと言うんですわ」
「小沢さん、強行突破論ですからね。中途半端に妥協しても社会党はまとまらない。いっそ自民党も社会党も分裂させてガラガラポンにしたほうが手っ取り早いんじゃないですか」
私がそう言うと、平野は笑いながら答えた。
「あんたも過激ですなあ。小沢先生はもっと柔軟ですよ。とにかく法案を通すことが大事。小選挙区にすれば、いやでも再編です。衆院さえ通せば参院は何とかなる。憲法五十九条がありますから。そのためのシミュレーションを作っているところです」
私は衆議院手帖に載っている憲法五十九条を確認した。
そこには「参院で否決された法案は、衆院の三分の二の多数で再議決すれば成立する」、「参院が六十日以内に議決しなければ否決したものとみなす」とある。
仮に参院で否決されても再議決、審議ボイコットで採決できなくても衆院通過から二か月後の一月中旬まで延長しておけば、再議決できる。
「しかし、衆院で三分の二なんかないですよね。これを使うには無理があるのでは」
私がそう尋ねると平野は、
「自民党の改革派が大量に賛成に回ります。社会党にもいる。もし足りなくても、それで解散すれば圧勝です。そのシミュレーションですよ」
と言った。