小沢が初当選の時から務めていた元秘書が亡くなり、この日の午前中葬儀が営まれた。小沢が葬儀委員長だった。小沢との関係を考えると米沢が知っていてもおかしくない。

「はい。私も参列してきました。中條さんには本当に良くしてもらいましたから。中條さんが辞めてからマスコミとの関係も急速に悪くなった。小沢さんも『政治の師の田中のオヤジに続いて中條さんも亡くし、自分もこの世界から足を洗いたくなる』と挨拶していましたが、半分くらいは本気じゃないですかね」

 米沢はいつものニヤニヤ笑いを浮かべながら言った。

「お前たちマスコミが悪い。この政権は小沢が泥をかぶっているから何とかなっている。細川はもちろん、武村だって小沢が後ろで政権を支えているから好き勝手言えるんだろうが。小沢だって人の子だ、嫌になることもあるさ」

 私はほとんど同感だったが、あえて言った。

「しかし、本来味方のはずの人間まで敵にしています。もう少し説明するなり、頼むなりしないと、結局大きな塊にできないじゃないですか。黙って俺に付いてこいなんて、そんな時代じゃない。私はそれがもったいないと思います」

 それからはたわいのない話、大抵は他の政治家の悪口だったが、どうでもいい話題で盛り上がった。私は政治が面白くなったのはいいが、あまりに激しい展開に特ダネが書けないんだと愚痴をこぼした。

「俺、特ダネに飢えているんですよ。今年は記者にとっても不作だった」

 すると米沢は身を乗り出してきた。

「じゃあ、一つ特ダネをやろう。日曜日に細川と小沢・市川が極秘に会って、臨時国会が終わったら内閣改造することを決めたぞ」

「また~。それができればいいけど細川さんは武村さん切れないでしょう。官邸は全員さきがけだ」

 私がそう言うと、米沢ははっきり言った。

「細川がやっと決断したんだよ。政治改革を仕上げれば、俺たちは新・新党に進んでいく。そうなると今の体制では無理だ。細川は政治状況も見ながらと言ったらしいが、もう後戻りはできない。ただし、法案が上がるまでは書くなよ。出たら潰れる」

 政治記者になって、六年が過ぎようとしていた。難しいのは政治家との距離感だと思っていた。だが、正直に言えば、それは綺麗事だとも思っていた。ひたすら取材対象に食い込むことだけを考えていた。癒着と言われようが、腰巾着とバカにされようが、特ダネを書けば勝ちだと信じていた。

 それで法案が潰れようが、政治家が迷惑しようがそんなことはお構いなしだった。ただ、ネタ自体が潰れたら元も子もない。

「分かりました。法案成立の瞬間に書くことにします」

 その後は店を追い出されるまで、二人で飲んだ。朝まで歌うぞと言う米沢をタクシーに押し込んで、私は赤坂見附まで歩いた。

 米沢はもうすぐ五五年体制の厚い壁が、完全に崩れ去ると言った。しかし、自民党と社会党だけでなく永田町のあちこちに飛び散った壁の破片は、何とか元の姿に戻ろうともがいている。山の頂まで押し上げたと思うと、また転げ落ちる巨岩に苦しめられるギリシア神話のシーシュポスのように、小沢の闘いは永遠に終わらないのだろうか。

 弁慶橋を渡った向こうにあるはずの小沢事務所のほうを見ながら、さっきメモしたばかりの米沢の言葉を確かめようと思って衆議院手帖を取り出したが、飲み過ぎていたのか、自分でも判読できない奇妙な文字列があるだけだった。

 それは、まだまだお前の闘いも終わっていないぞ、と告げているようでもあった。

(了。第1回から読む

【プロフィール】
城本勝(しろもと・まさる)/ジャーナリスト。1957年熊本県生まれ。一橋大学卒業後、1982年にNHK入局。福岡局を経て東京転勤後は、報道局政治部記者として経世会、民主党などを担当した。2004年から政治担当の解説委員となり、『日曜討論』などの番組に出演。2018年退局後は、2021年6月まで日本国際放送代表取締役社長を務めた。

※週刊ポスト2022年6月10・17日号

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