「で、相手はどんなやつだったんですか」と尋ねる元組員。
「見た目は普通の中年男だ。ああいうのが一番怖い。キープレフトで走っていて、後ろから蛇行しながらスピードを上げて近づいてくる黒い外車がいるなと思ったら、あっという間に後ろにつけられあおられた」と幹部は言う。
「古いタイプのヤクザは、あおり運転なんてしない」
平日の昼間、走行していた車は多く、その合間を縫うように黒い外車が蛇行運転してきたという。追い越し車線から左に車線を変更しようとした時、幹部の車が邪魔になったようだ。
「追越し車線ではないのに、それでどうしたんですか」と身を乗り出す元組員に、幹部は「面倒だなと思って、やり過ごそうとしたさ」とあっさり答えた。「ですよね」という元組員は、なんだか少し残念そうだ。車が大好きだという幹部のドライブテクニックはかなりのものだと聞いていたので、あおり返したとでも思ったのだろう。
「俺たちみたいな古いタイプのヤクザは、あおり運転なんてしない。あおられることはあっても、あおり返したりしない。今はどこでも簡単にスマホで撮影されるし、見ていた誰かに通報でもされたらそれこそ面倒だ」(幹部)
車の前に割り込まれて減速されたり、後ろに回られ車間距離を詰められたりという危険運転がしばらく続いた。追い越しざまに幅寄せし、幹部の顔を見てもなお、黒い外車の運転手の男はあおってきたと聞き、元組員は
「そいつ、ヤクでもやってたんじゃないですか」とあきれた。
普段の幹部を見れば、その風貌から稼業の人だろうとすぐに想像がつくはずなのだが。
「あおっても平気かどうか車で判断したんだろう」と幹部が答えると、元組員は不思議そうな顔をした。幹部がいつも乗っている車はスポーツカーで、あおられるような車ではなかったからだ。
「何に乗っていたんですか」
「友達から借りたピンクの軽自動車」
「ピンクの軽? そりゃあおられるわけだ」と、2人は笑い出した。