NGOに招かれ韓国を訪問したことも
タンさんの家族のように、ベトナム戦争で韓国軍の作戦中に殺害された民間人は、当時の南ベトナム各地で9000人以上との調査結果もある。村山氏は、ベトナムと韓国で事件に関する30人以上の証言を聞き、新著『韓国軍はベトナムで何をしたか』にまとめた。同書によると、タンさんが遭遇した「フォンニ村・フォンニャット村」事件では、韓国軍青龍部隊(海兵隊第二旅団)により、70人余りの村人が殺害されたとされる。
筆舌に尽くし難い壮絶な体験を経ながら、タンさんは現在も同村で2人の孫娘の面倒をみながら静かに暮らしているという。そんなタンさんが、なぜ今になって韓国政府を提訴することになったのか。
「タンさんは2020年に韓国政府を提訴するより前、2015年に韓国NGOの招きで他の被害者らとともに韓国を訪れています。タンさん自身は、韓国で自身の境遇や家族らのことを伝え、事件のことを知ってほしいとの思いがあったそうです。
ところが、各地を回って証言したところ、真摯に耳を傾けてくれる韓国の市民がいた一方で、会場の外では軍服姿の元軍人らに『嘘を吐くな』と罵声を浴びせられた。50年近く経っても事件を認めない彼らの態度に、タンさんは『あまりに悲しすぎる』と溜息を漏らしていました」(村山氏)
韓国での体験に打ちのめされたタンさんだが、その後も韓国社会とのつながりは続いたという。
「タンさんは2018年4月にも、市民法廷『ベトナム戦争時期の韓国軍による民間人虐殺の真相究明のための市民平和法廷』に参加するために韓国を訪れています。これは、韓国の市民団体が合同で主催したものです。
そして一昨年、ベトナム戦争時の加害について追及する韓国の弁護士チームの支えにより、タンさんは韓国政府に損害賠償を求める訴えをソウル中央地裁に起こしました。提訴時に裁判所前で開かれた記者会見にベトナムからビデオ通話で参加し、『すべての被害者の名誉回復を求める』と語っていました。
その翌年の2021年、改めてタンさんに話を聞いたところ、『私は韓国政府や事件を否定する兵士らに、ただ事件を起こした事実を認めてほしいだけ』『村で亡くなった74人の魂を背負い、戦っていく』と涙ながらに答えてくれました。ビデオ通話での取材でしたが、タンさんが抱える憤りや悲しみは画面越しにも伝わってくるものでした」(村山氏)
もの言わぬ死者の魂を背負い戦う虐殺事件の生き残り女性。その声が、これまで事件を公に認めていない韓国政府に届く日は来るのか──。