アテネでの敗北の後は父・明氏も失意に沈んでいた(筆者撮影)
父から受け継いだ情熱
2012年から日本男子の監督を務めてきた康生氏は、選手に寄り添い、科学的なデータを駆使しながら「量よりも質」を重視する指導で、日本柔道の躍進を支えた。2016年のリオデジャネイロ五輪では全7階級でメダルを獲得(金メダルは2個)し、昨年の東京五輪では過去最高となる5つもの金メダルを男子柔道界にもたらした。選手と接する姿勢は明氏と正反対にも映るが、柔道を愛する気持ち、選手に傾ける人一倍の情熱は明氏から受け継いだものだ。
柔道家「井上康生」を育て上げた明氏から受けた恩義は計り知れず、明氏との出会いがなければ、私のライター稼業も早々に頓挫していたかもしれない。明氏はアテネ五輪の頃から病魔と戦っており、3年ほど前に電話した時は病床にあったのか、言葉に力がなかったことがずっと気になっていた。
今頃は妻のかず子さんや2005年に亡くなった長男の将明さん(享年32)と再会を果たし、人情味にあふれる笑顔で芋焼酎でも呑んでいることだろう。合掌。
■取材・文/柳川悠二(ノンフィクションライター)
