意思の疎通が難しい相手を介護する難しさは、なかなか理解が広まっていない(イメージ、dpa/時事通信フォト)

介護の現場では基準を満たしても人手が足りない業務内容になることがしばしば(イメージ、dpa/時事通信フォト)

安易に関連づけるメディアの問題も

 障害者と性の話は難しい問題で、いまだにタブー視されているのもまた現実だ。しかし彼らもまた人間であり、当たり前のように性欲はある。

「福祉専門学校を出たばかりのある女性職員は辞めるとき、利用者のことをとてもここでは言えない内容で罵って去りました。それに対して『あんな子、辞めて正解』と言う職員もいましたが、私は彼女にも同情しましたし、仲間として申し訳なく思いました」

 介護は誰でもできる仕事など嘘である。ましてや意思疎通の難しい利用者を相手にする施設はプロフェッショナルでないと務まらない。いや、プロでも難しい世界だと語る。

「体をいつもいじられて、つきまとわれて、ある男性利用者の行動にノイローゼぎみでした。私も含めて何とかしようとしたのですが、利用者の中には本当にどうにもならない方がいるのも現実なのです。どうにもならないなんて、こんなことを言ってはいけないのですが、時に暴れ、暴力をふるい、弄便や誤った性的な行動を繰り返す利用者を受け流したり耐えたりは人間の精神的な許容範囲を超えていると思います。私も含めそれが出来る方もいますが多くはない。そうなれば辞める人はもちろん、暴力には暴力を、と考える職員も出てきてしまう。投薬や拘束も施設の判断によりますが、ずっとそれで対応するわけにもいきません」

 拘束とは身体拘束のことで、抑制帯という体をベッドに固定する帯や、手や指先の自由を効かなくするミトン(いわゆる鍋つかみ)をはめたりする行為である。座位保持装置を長時間、拘束椅子として使う行為もこれにあたる。

「虐待ではなく、入所者のためを思っての拘束もあるのです。もちろん自分たちの危険を回避する意味もありますが。意思疎通の難しい方々ですし、大男が全力で拳を振るってくるため職員も仕方なく問題行動から即拘束、という場合もあります。もちろん駄目です」

 拘束には厳しい条件がある。一般的には「切迫性」(危害が及ぶ場合)、「非代替性」(他に手段のない場合)、「一時性」(ごく短時間)の3つすべてを満たした上で本人および家族への説明、施設内の虐待防止委員会やそれに準ずる職員会議を経て拘束と定義されている。

「建前上はそうですね。拘束は虐待につながりますし、なにより人権侵害ですからね。慎重な行動が求められるのはわかります。しかし現場では即応しなければならないこともあります。法律の正しいことは当然ですが、職員の苦しみはどうでもいいのでしょうか」

 2022年6月、この身体拘束における厳しい条件を見直す報告書が厚生労働省の有識者会議でまとめられた。精神科病院などにおける身体拘束の要件見直しについてだが、身体拘束の被害者団体などはこれに反発している。想像を絶する厳しい環境で働く職員の方々、虐待がいけないことは当然だが、果たして虐待を非難するだけで解決することなのだろうか。

「どちらの立場にも言い分はあるでしょう。虐待をしたとされる職員も、最初から虐待しようと思って福祉の道を志したわけではないと思うのです。もちろん拘束される方はもちろん、ご家族のお気持ちもわかります。でも、これは私の勝手なお願いかもしれませんが、どうか彼らを『虐待』というわけで優生思想の持ち主とされる植松と同じ扱いで報道したりしないで欲しいのです。一方的すぎます。虐待はもちろん絶対にいけません。しかしすべてを植松になぞらえるのはあんまりです」

 自省も含めメディアの問題もある。植松とは相模原障害者施設殺傷事件の植松聖のことだ。2016年、知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」の入所者19人を殺害した元職員である。彼は「生産しない者には価値がない」という優生思想の持ち主で、「社会の役に立つため」に入所者19人を次々と殺害した。

「彼と同じにしては可哀想です。中井やまゆり園は公立で支援体制の評判も良かったと記憶しています。研修会も定期的に外部に開放しています。なにより他の施設で断られるような方々も引き取っていた施設です。だからこそ、より難しい状態になったのだと思います」

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