シリーズ最高傑作の呼び声が高い『トラとミケ』4巻
弱さを見せられ、人に「助けて」と言える人間のほうがずっと強いことに気づく。「言ったらママ 心配するもんっ」というリコちゃんに「心配させてあげなよ」という、少し大人びたリコちゃんにスッと入る言葉を選んだ中村君にぐっとくる。頼ることは相手にとってもプラスなのだ。人は誰かの役に立ちたいと思っている。今度は自分の番だ。ダメなところを見せたって、離れるような友達はこの街にはいない。そして自分の家で、仲間たちと最期を迎える決意をする。
朝コンビニまで散歩して新聞を買い、レジで笑顔で会話をする。募金活動に協力して花の種をもらい、庭に蒔いて育て、出てきた芽に元気をもらう。友人の喫茶店でコーヒーを飲み、豆変えた?いいんじゃない?と伝えて喜ばれる。お店に来ていたリコちゃんの絵を褒め、その笑顔に救われる。先生と散歩にいき、友人と将棋を指す。与えて、もらって、与えて、もらって……。蒔いた種から芽が出て育っていくように、人との交流、温かさが中村君に元気を与えていく。家に帰ってからの描写に、中村君の人柄や日常の尊さがギュッと詰まっている。
そして迎える死と、残されたものの日常。これがまた切なくも温かいのだ。
ほのぼのとして何か事件が起こるわけではないけど癒される、という漫画があるが、『トラとミケ』はそうではない。前述の癌の描写含め、後半の別れた夫から届く子どもへの贈り物に悩む母親の葛藤など、リアルな問題を掘り下げる。でもみんな猫であるというだけで、少しだけ客観的になれる。押しつけがましさがまったくなく、スーッと入ってくる。本当に不思議で素敵な作品だ。
ボートレース命のサバちゃん、夫のDVで離婚したカオルさん、両親の不仲に悩むリコちゃん、恋人といつもうまくいかないネイルサロンを経営するルミちゃん……みんなそれぞれ問題を抱えている。それでも「トラとミケ」に行けば、みんながいる。おいしいご飯がある。一緒に悩んで怒って、笑って、帰っていく。もう少し頑張ってみてもいいかなと思える。
私が人生で最も幸せを感じる時間は、大好きな友達と美味しいご飯を食べてベラベラしゃべっているときだ。『トラとミケ』はまさに、大好きな空間がギュッと詰まった一冊だった。ユキさんからリコちゃんへの質問、「今、幸せ?」にたいしての「私って……今 それなりに幸せなのかも」。それに気づけたら、人生はきっとうまくいく気がする。
「あとがきに代えて」の中村君が残してくれたものに大いに泣いてしまいました。
【プロフィール】
山本ゆり(やまもと・ゆり)/料理コラムニスト。SNSで発信するレシピが大好評。著書の『syunkonカフェごはん』シリーズは累計700万部を突破。
※女性セブン2022年11月10・17日号