カメラを預けて代わりに撮影してくれないかとも頼んだが、「写真を撮るのも危険すぎるさ」とにべもない。その意味はすぐに分かった。納沙布岬から望遠鏡で漁業の様子を観察すると、漁船より二回りは大きいロシア国境警備局の警備船が頻繁にコンブ漁船に接近している様子が確認できた。
操業そのものは許可したロシア側だったが、今年は徹底的な漁船への「臨検」を実施していた。検査を受けた漁船は9月末の操業終了までに366隻。前年の87隻に比べ、4倍以上に増加。なかでも納沙布岬から撮影を試みたこの日は、最多となる37隻が臨検を受けていた。
「1回あたり15分くらいかな。俺らの携帯を調べられてよ。変な写真を撮ってないか、あと操業に必要な免許(指示書)の確認もあったさ。コンブ以外を採るなということで、くっついている貝まで捨てるように命じられた船もあった」(前出のベテラン漁師)
地元の歯舞漁協は昨年から、コンブ漁漁船に漁船保険の「戦乱等特約」第1種(いわゆる拿捕保険)の加入を義務付けている。2019年以降、ロシア側の臨検増加が顕著になってきたことを受けての対策だったが、「いつ拿捕されてもおかしくない」という緊張感は、ますます高まっている。
理屈だけで言うなら“日本固有の領土である北方領土で日本人漁師が操業して何が悪い”──となるが、75年以上もロシアの実効支配が続く現実の前では、その正論は残念ながらプーチンに対してはまったくの無力だ。貝殻島のコンブ漁が確立されたのは1963年の「日露貝殻島昆布採取協定」締結以降のことである。国家間の軋轢に翻弄されながらも、半世紀以上にわたり漁業従事者たちが守り続けてきた根室の棹前コンブ漁はいま、試練の時を迎えている。
(文・写真/山本皓一 取材協力/欠端大林)