それからもうひとつ。Gメンは買い物かご以外のところに商品を入れた現場を目撃して、万引犯が店から出たときに声をかけるものだけど、何年かすると、現場を目撃していなくても、「この人、やった!」とわかるようになるんだそう。

「すれ違ったとき、殺気としか言い様のないものが体から立ち上っているのよ。

 というのも、人はモノを盗むとき、ものすごい顔になるの。周りの空気を変えるほどすごい顔に」

 なんかオカルトめいた話なので「それってどんなふうに?」と聞くと、「たとえば、母親がモノを盗んだら、ベビーカーで寝ていたはずの乳児が、必ずギャーッとすごい声で泣き出すのよ」と言う。「必ず?」「そう、必ず」。その独特の泣き声を聞いて、母親の後をつけると案の定なんだって。

 罪を犯す人の“殺気”かぁ……その話を聞きながら私は17才の夏の日のことを思い出していた。

 田舎の停留所。バスに乗ろうと近づくと、20代後半の小柄な女性が乳児を抱いて立っていたのよ。私の左肩から5mも離れていないところに立つその母子から目が離せない。ジッと見ている私に気づいた彼女は唇を尖らせて、目をパチパチさせて立ち尽くしている。

 実はその女、私にとって怨念の相手だったの。

 まだ社会というものを知らない10代の私を、その女は精神的に徹底的にいたぶったの。私が逃げられない状況にいるのをいいことにいたぶり続けた。その苦痛からようやく逃れて2年たっていたけど、女の姿を目にしたら、憎しみが瞬時に湧き起こった。

「殺ろうかな」と思ったのは、彼女ではなくて、男児か女児かわからない乳児の方だ。そうすれば、彼女がいちばん苦しむから。

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