とにかくネット上の言説を真に受けるように
片桐さんが、両親の暮らす実家を離れて20年以上。後期高齢者の両親が退屈しないようにとタブレットをプレゼントしたのはコロナ禍直後の一昨年のこと。テレビや新聞以外のメディアを知らなかった両親は、最初こそ戸惑っていたが、今では自身のSNSアカウントを開設したり、フリマアプリで物品の売買まで行っているという。しかし、それ以上に両親が没頭したのが、SNSを通じて社会情勢を知ること、そこで著名人が発信する情報を得ることだ。
「テレビや新聞を通さず、生の声、生の状況がわかるんだと、私があまりに雑に説明したのがいけなかったのか。とにかくネット上の言説を真に受けるようになり、辺野古の問題でも反ひろゆきさん勢力の意見をまるで自分が見聞きしてきたようにして、ひろゆきさんを罵倒するんです。母はとても優しかったのですが、そんな母に嫌気がさしたのか、父も母と話すのを嫌がり”どうにかしてくれよ”と電話がかかってくるほどです」(片桐さん)
ひろゆき氏と辺野古基地反対派による運動をめぐる騒動は、かなり大きな意味で言えば、国防や私たちの生命に関わる問題であり、自分事として捉えることはごく自然だ。ただ、騒ぎになればなるほど当初の問題点は置き去りになり、当事者以外による騒ぎの方が大きくなる半ば「祭り状態」になり、それぞれの論陣に与すると自称するユーザーたちがネット上で罵倒の応酬を繰り広げているのが実情だ。それを見て、面白半分で参加したり、ただ感化されすぎて当事者以上に興奮してしまっているユーザーは少なくない。だからこそ、片桐さんは「その問題、お母さんに関係あるの?」と率直に聞いたのだが、母は余計に怒ってしまい、毎日のように取り合っていた連絡も疎遠になりつつあるという。
都内在住の私大職員・牧瀬祐子さん(仮名・50代)も、一緒に暮らす高齢の両親がネットのせいで「分断されてしまったかも」と感じている一人。特に、ロシアのウクライナ侵攻が始まってからは、父親はロシアを擁護し、母親はウクライナを擁護するようになり、何気ない食事の時間でも、意見の相違から口論に発展することも少なくなくなったのだと話す。
「父も母も、年の割にはかなりネットを使いこなしている方だと思いますが、フラットに情報を取ろうとせず、好きなジャーナリストや作家、好みの言説ばかり、SNS上の情報をつまみ食いしているような感じ。長年とっていた新聞の購読もやめ、テレビが言っていることは全部ウソという割には、ネット上のよくわからないサイトに書いてあった事を、さも自分が勉強してきたことのように話してくる」(牧瀬さん)
中国が台湾に攻め込んでくるのか否かで対立
ウクライナ侵攻後も、主にSNSを駆使して情報を集め続けている両親だが、最近では中国が台湾に攻め込んでくるのか否かで意見が対立。その末に、何十年も一緒だった寝室から母親が「耐えられない」と出て行き、今ではリビングの床に布団を敷いて寝る始末。父親も父親で「あいつがあんなに馬鹿だとは思わなかった」と近所や親族にまで言い回っているというから、牧瀬さんはお手上げ状態だいとう。政治的思想の相違だけでなく、年を重ねるにつれて、両親の間にさまざまな意見の対立が生じていたことも事実だというが、無防御な状態でネット世界と相対したことで、亀裂の入るスピードが加速したのではないかとさえ感じているのだ。