1作目に出てくる作家と主人公の書店員の関係を彷彿させるエピソードだ。
2作目も主人公は同じく吉祥寺にある武蔵野書店本店で働く谷原京子。尊敬する女性の先輩が店長になって喜んでいたのに彼女は退職、支店に飛ばされていた「バカすぎる」山本猛店長が復帰し、京子の受難の日々が再び始まる。
2作目の執筆は思いのほか難しかったそう。
「ほかの作家さんのシリーズものを、金の生る木のようにパッパッと書いているんだろうなんて見てたんですけど、甘かったです。前作がハードルにも壁にも足枷にもなるし、2作目から入る読者のことも考えないといけない。きちんと着地できてるとは思うけど、もっと1作目をぶち壊してもよかったかな。幸い2作目の売れ行きもいいらしいので、もし3作目を書くことがあれば、ビビらず日和らず言い訳せず、死ぬ気で笑わせにいきますよ」
出版業界を取り巻く状況は引き続き厳しいが、未来へと続く希望を感じさせる2作目のストーリーには、早見さんの作家としての心情も投影されているのだろうか。
「間違いなくそれはあります。作家デビューしてよかったな、と思うできごとはそれほど多くないんですけど、そのひとつが中学生の読者からもらったファンレターで、『もう1日だけがんばって生きてみようと思います』と書いてあったんです。そう言ってもらえたぼく自身、先達の作品に救われ支えられてきた。そうやって思いが継承される感覚はこの本にも持ち込んでいますね」
幸か不幸か受賞していないので「所属」が決まっていない
自分の経験をもとにしたデビュー作の野球小説『ひゃくはち』以来、1作ごとに作品の傾向をがらりと変えてきた。
「『八月の母』を書くぐらいまでは、自分は何が得意なのかわかってなくて、いろいろチャレンジしたかった、というのがまずあります。ぼくが新人賞を取ってデビューしていないのも大きいです。たとえば江戸川乱歩賞を取ったらミステリーとか、なんとなく傾向が決まったでしょうけど、幸か不幸か受賞していないので、『所属』が決まってないんです。
よく、何にも縛られたくないとか、自由でいたいっていいますよね。ありふれた言葉ですけど、ぼくは群を抜いて、そういう気持ちが強そうで、おまえはこういう作家だと決められたくない気持ちが嫌悪感に近いぐらい強いというのもあります」