ライフ

【逆説の日本史】「第二教育勅語」で朱子学の「独善性と排他性」根絶をめざした西園寺の思惑

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第九話「大日本帝国の確立V」、「国際連盟への道3 その9」をお届けする(第1364回)。

 * * *
 西園寺公望が世に出そうとした第二教育勅語(厳密には「案」だが、この表記で統一する)は実質はともかく、形式的には第一教育勅語への「追加」であった。改定でも補正でも無い。なぜそうでなければならないかは前回詳しく説明したとおりだが、であるがゆえに第二教育勅語には明治天皇がこれまでに出した「勅語」の文言からの引用がなされている。「追加」の姿勢を明確にするためである。そしてこう言えばおわかりのように、そのソースは第一教育勅語だけでは無い。たとえば冒頭の部分、

〈教育ハ盛衰治乱ノ係ル所ニシテ国家百年ノ大猷ト相ヒ伴ハザル可カラズ。先皇国ヲ開キ朕大統ヲ継キ旧来ノ陋習ヲ破リ、知識ヲ世界ニ求メ上下一心孜々トシテ怠ラズ。此ニ於テ乎開国ノ国是確立一定シテ、復タ動ス可カラザルヲ致セリ。〉

 この文章をよく見ると、「旧来ノ陋習ヲ破リ、知識ヲ世界ニ求メ上下一心孜々トシテ怠ラズ」は、「明治」という時代の方向性を示した「五箇条の御誓文」の「第二条」と「第四条」すなわち、

〈一.上下心ヲ一ニシテ、盛ニ經綸ヲ行フヘシ
 一.舊來ノ陋習ヲ破リ、天地ノ公道ニ基クヘシ〉

 に準拠したことは、あきらかである。

 また、それに続く部分、つまり、

〈朕曩キニハ勅語ヲ降タシテ教育ノ大義ヲ定ト雖モ、民間往々生徒ヲ誘掖シ後進ヲ化導スルノ道ニ於テ其歩趨ヲ誤ルモノナキニアラズ。今ニ於テ之ガ矯正ヲ図ラズンバ他日ノ大悔ヲ来サザルヲ保セズ。彼ノ外ヲ卑ミ内ニ誇ルノ陋習ヲ長ジ、人生ノ模範ヲ衰世逆境ノ士ニ取リ其危激ノ言行ニ倣ハントシ、朋党比周上長ヲ犯スノ俗ヲ成サントスルカ如キ、凡如此ノ類ハ皆是青年子弟ヲ誤ル所以ニシテ恭倹己レヲ持シ、博愛衆ニ及ホスノ義ニ非ス。戦後努メテ驕泰ヲ戒メ謙抑ヲ旨トスルノ意ニ悖ルモノナリ。〉

 の「恭倹己レヲ持シ、博愛衆ニ及ホスノ義ニ非ス」というところは、第一教育勅語の、

「爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭儉己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ」(お前たち国民は、父には孝行を尽くし、兄弟とは仲よく、夫婦は互いに助け合い、友人を信頼し、他人は尊敬し、自分は謙遜の心を忘れず、多くの人々に慈愛を施しなさい)からの引用だろう。

 肝心なことは、前回訳したようにこの「第二段落」は「私は先に教育勅語を示して教育の大方針を定めたが、民間では往々にして生徒を指導するにあたってその方法を誤っているものが無いとは言えない。そうした過ちをいまのうちに矯正しておかねば、それは将来において大きな後悔を招くことになるだろう」という書き出しで始まっている。つまり、ここのところが西園寺がもっとも「補正」したかった部分であるのは間違いないが、これも前回強調したように「綸言汗の如し」だから、「補正」は絶対にできない。それでは「神聖不可侵」な天皇を「侵す」ことになる。それゆえ「朕の真意を歪めて受け取っている者どもがおる」、だから「矯正せねばならない」という表現を取らざるを得ない。

 では、西園寺がもっとも「矯正(実際は補正)」したかったのはどこか?

 言うまでも無くこの「第二段落」で、「其歩趨ヲ誤ルモノナキニアラズ」という文言と「凡如此ノ類ハ皆是青年子弟ヲ誤ル所以ニシテ恭倹己レヲ持シ、博愛衆ニ及ホスノ義ニ非ス」、つまり「これらは朕が第一教育勅語で強調した、自分には謙虚に他人は尊敬し慈愛を施せという言葉の意味がわかっていない!」と非難している文言の間に実例として挙げられていること、つまり、

〈外ヲ卑ミ内ニ誇ルノ陋習ヲ長ジ、人生ノ模範ヲ衰世逆境ノ士ニ取リ其危激ノ言行ニ倣ハントシ、朋党比周上長ヲ犯スノ俗ヲ成サントスルカ如キ、凡如此ノ類〉

 にほかならない。

 あらためて訳せば、

〈外国を蔑視し日本だけを尊大に誇り、人生の模範を乱世や逆境に生きた人物に求め、ことさらに徒党を組み過激な言動を弄して秩序を乱す等々である。〉

 である。こうした人物がどんな「宗教」を信じていたかは、この『逆説の日本史』の愛読者なら自明のことだろう。朱子学である。独善性と排他性に満ち進歩を阻害する、まさに「亡国教」である。清国も朝鮮国も結局これによって滅ぼされた、と言っていい。しかし日本だけはこの朱子学を改変し四民平等を達成した。天皇を神の座にまで押し上げ「平等化推進体」とし、「天皇の下では万人平等」という形で朱子学の「本場」である清国も朝鮮国も成し遂げられなかった国民国家を創造した。

関連記事

トピックス

国民民主党から参院選比例代表に立候補することに関して記者会見する山尾志桜里元衆院議員。自身の疑惑などについても釈明した(時事通信フォト)
《国民民主党の支持率急落》山尾志桜里氏の公認取り消し騒動で露呈した玉木雄一郎代表の「キョロ充」ぷり 公認候補には「汚物まみれの4人衆」との酷評も出る
NEWSポストセブン
永野芽郁のマネージャーが電撃退社していた
《永野芽郁に新展開》二人三脚の“イケメンマネージャー”が不倫疑惑騒動のなかで退所していた…ショックの永野は「海外でリフレッシュ」も“犯人探し”に着手
NEWSポストセブン
“親友”との断絶が報じられた浅田真央(2019年)
《村上佳菜子と“断絶”報道》「親友といえど“損切り”した」と関係者…浅田真央がアイスショー『BEYOND』にかけた“熱い思い”と“過酷な舞台裏”
NEWSポストセブン
「松井監督」が意外なほど早く実現する可能性が浮上
【長嶋茂雄さんとの約束が果たされる日】「巨人・松井秀喜監督」早期実現の可能性 渡邉恒雄氏逝去、背番号55が空席…整いつつある状況
週刊ポスト
発見場所となったのはJR大宮駅から2.5キロほど離れた場所に位置するマンション
「短髪の歌舞伎役者みたいな爽やかなイケメンで、優しくて…」知人が証言した頭蓋骨殺人・齋藤純容疑者の“意外な素顔”と一家を襲った“悲劇”《さいたま市》
NEWSポストセブン
6月15日のオリックス対巨人戦で始球式に登板した福森さん(撮影/加藤慶)
「病状は9回2アウトで後がないけど、最後に勝てばいい…」希少がんと戦う甲子園スターを絶望の底から救った「大阪桐蔭からの学び」《オリックス・森がお立ち台で涙》
NEWSポストセブン
2人の間にはあるトラブルが起きていた
《浅田真央と村上佳菜子が断絶状態か》「ここまで色んな事があった」「人の悪口なんて絶対言わない」恒例の“誕生日ツーショット”が消えた日…インスタに残された意味深投稿
NEWSポストセブン
6月6日から公開されている映画『国宝』(インスタグラムより)
【吉沢亮の演技が絶賛】歌舞伎映画『国宝』はなぜ東宝の配給なのか 松竹は「回答する立場にはございません」としつつ、「盛況となりますよう期待しております」と異例の回答
NEWSポストセブン
フランスが誇る国民的俳優だったジェラール・ドパルデュー被告(EPA=時事)
「おい、俺の大きな日傘に触ってみろ」仏・国民的俳優ジェラール・ドパルデュー被告の“卑猥な言葉、痴漢、強姦…”を女性20人以上が告発《裁判で禁錮1年6か月の判決》
NEWSポストセブン
ホームランを放った後に、“デコルテポーズ”をキメる大谷(写真/AFLO)
《ベンチでおもむろにパシャパシャ》大谷翔平が試合中に使う美容液は1本1万7000円 パフォーマンス向上のために始めた肌ケア…今ではきめ細かい美肌が代名詞に
女性セブン
ブラジルへの公式訪問を終えた佳子さま(時事通信フォト)
《ブラジルでは“暗黙の了解”が通じず…》佳子さまの“ブルーの個性派バッグ3690レアル”をご使用、現地ブランドがSNSで嬉々として連続発信
NEWSポストセブン
告発文に掲載されていたBさんの写真。はだけた胸元には社員証がはっきりと写っていた
「深夜に観光名所で露出…」地方メディアを揺るがす「幹部のわいせつ告発文」騒動、当事者はすでに退職 直撃に明かした“事情”
NEWSポストセブン