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ダ・ヴィンチ「麗しのフェロン夫人」、ボッティチェッリ「ビーナスの誕生」に残る感染症

名画に当時流行した感染症が描かれていることも(イラスト/斉藤ヨーコ)

名画に当時流行した感染症が描かれていることも(イラスト/斉藤ヨーコ)

 人間は様々な感染症とともに生きていかなければならない。だからこそ、ウイルスや菌についてもっと知っておきたい──。白鴎大学教授の岡田晴恵氏による週刊ポスト連載『感染るんです』より、歴史上の絵画や音楽に残る感染症についてお届けする。

 * * *
 レオナルド・ダ・ヴィンチの描いた「麗しのフェロン夫人」という肖像画を観たのは、ルーブル美術館だったでしょうか。フランス王フランソワ1世(1494-1547年)の愛人フェロン夫人を描いたものです。

 フェロン夫人はその美しさで誉れ高いイタリア人女性でしたが、王はそんな彼女を見初めて王宮に召し出し、思いを遂げたのです。王の死因は表向きは結核ですが、当時、梅毒治療として王道であった水銀治療を受けています。また、梅毒治療に効果があるとされたグアヤクの木を得るために、ブラジルまで商船を派遣していました。水銀療法は百害あって一利なしの治療法で、ユソウボクと言われたグアヤクの木もお茶にして飲んだようですが、薬効は認められませんでした。

 フランソワ1世に梅毒を感染させたのは、フェロン夫人。妻を所望された法学者のフェロンは嫉妬と怒りに燃え、娼家に通い詰めて自らの身体に梅毒を植え付け、それを妻にうつしてから王宮に差し出したと言われます。そういえば、フランソワ1世はハンス・ホルバイン(子)の「死の舞踏」という作品にも“梅毒患者のフランス王”として描かれていますね。

「死の舞踏」はペスト大流行の後に骸骨が絵画や木版画に多く登場するようになって、性別や貧富、強者や弱者、健常者もそうでない者も皆、区別なく、死神は人間を地獄へ連れていくという「平等な死」を描いたものです。中世のペスト大流行で発生した夥しい死は、死は身近にあり誰がそうなってもおかしくないものという思想を植え付け、それが表現されたのです。

 ルネッサンス期に描かれたボッティチェッリの「ビーナスの誕生」(1485年頃)には、実在のモデルが居て、それはフィレンツェのシモネッタ・ベスプッチであろうと言われています。彼女はメディチ家の男性に愛されましたが、不幸にも結核に侵されていました。「ビーナスの誕生」に描かれた彼女の容貌は、結核の病状をそのままに物語っています。透き通るような白い肌、遠くを見つめる憂いに満ちた瞳、けだる気な表情、なで肩に細く長い首には頸部リンパ節の腫れが認められます。彼女は結核で若くして亡くなっています。肌が蒼白になることから、結核は「白い疫病」とも言われました。

 ヨーロッパの音楽家のフレデリック・ショパン(1810-1849年)はピアノの詩人とも言われましたが、結核に感染していました。ショパンの作曲した「雨だれ」は、15歳で発症した結核の自分の胸の音を聞き分けて創作したと言われています。

 こうして、絵画を見るにも音楽を聴くにも、背景に感染症を思い浮かべてしまいます。でも、ウイルスなどの病原体だけでなく、患者や社会に目を向けることが、本当の感染症学じゃないかとも思うのです。

【プロフィール】
岡田晴恵(おかだ・はるえ)/共立薬科大学大学院を修了後、順天堂大学にて医学博士を取得。国立感染症研究所などを経て、現在は白鴎大学教授。専門は感染免疫学、公衆衛生学。

※週刊ポスト2023年1月13・20日号

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