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【天才棋士・羽生善治の復活】成功体験をかなぐり捨てて、新しい将棋と謙虚に向き合う

羽生九段と藤井王将の初めてのタイトル戦が実現(写真/共同通信社)

羽生九段と藤井王将の初めてのタイトル戦が実現(写真/共同通信社)

 かつての輝きはもう失われたのか──2018年に27年ぶりの「無冠」となった天才棋士・羽生善治。その彼が今、前人未到のタイトル通算100期をかけて現役最強の棋士・藤井聡太と対峙している。52歳になった羽生はいかにして復活を遂げたのか。将棋観戦記者の大川慎太郎氏がリポートする(文中一部敬称略)。【前後編の後編。前編から読む

成功体験を捨てた

 羽生は2022年度の初戦で敗れた後、7連勝をした。その後も白星が先行するようになり、各棋戦で上位に進出。そして約2年ぶりのタイトル戦出場を果たしたのだ。

 羽生と10年以上も研究会仲間だった村山慈明七段(38)も感嘆する。

「若手精鋭とトップ棋士が揃った王将リーグで6連勝はすごいの一言です。中でも永瀬王座との将棋は、角換わりの最新形を羽生さんが後手番で受けました。それで羽生さんの現在の考え方が少しわかったんです」

 角換わりという戦型は研究のウエイトが大きく、しかも相手は「将棋の鬼」の異名を持ち、将棋界一研究会を行う永瀬王座だ。研究負けを恐れてもおかしくはないが、羽生は敢然と立ち向かった。

「少し前までは羽生さんも若手棋士の研究を避けて、変化球を投げるような指し方が多かった。でも永瀬戦は最新形を受けたうえで、AIが最善と示す手順通りに進めるのではなく、自分のアンテナに引っかかった指し方を採用していました」

 羽生は最新形を採用しても、AI推奨の手を鵜呑みにはしない。いくら最善と示されても、その後の展開で人間には指しこなしにくい順もある。ならば自分の感覚に沿った手をまず考え、それをAIで調べて評価値が悪くなければ採用する。人間はどうしてもAIの最善手ばかりに目が行きがちなので、この手法は結果的に相手の意表を突けるメリットもあるのだ。

 昨年9月の棋王戦本戦で後手番の羽生に敗れた広瀬八段は、「横歩取り」という戦型を取り入れたことが大きかったと見ている。後手番が誘導する作戦で、以前はよく指されていた。だがAIの評価が低いことが判明したため、今では一部のマニアしか用いなくなりつつある戦法だ。

「羽生さんが感想戦で『やっぱり厳密には(横歩取り側が)ちょっと苦しいんですかね』と言われたのが印象深い。横歩取りの評価値がよくないことを認めつつも、その中で工夫をしてチャンスを見出しているのかなと感じましたね」

 AIという時代の潮流に翻弄されていた羽生が、ようやく適度な付き合い方を見出したのではないか。AIの示す評価と、自分の経験による感覚を融合させる道筋が見えてきたのだろう。

 文字にすると簡単だが、とんでもなく難しいことだ。AIを妄信してパソコンの前で膨大な時間を過ごすか、完全に無視して自分の将棋に引きこもるかになりがちだからである。

 国民栄誉賞を受賞した将棋界のスーパースターが、自らの成功体験をかなぐり捨てて新しい将棋に謙虚に向かい合っている。それだけ将棋は羽生にとって深く、畏怖すべき存在なのだろう。

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