「受かったら、そのままスチュワーデスになりなさい」
後日、根岸の自宅に、1次試験を通過した旨を伝える速達が来た。このとき敬子の胸中を不安がよぎった。「2次も受かってしまってはどうしよう」という不安である。自分の目的はあくまでも大学合格にあり、将来は外交官になると決めている。ここで日本航空に就職してしまえば、将来の夢が断たれてしまうのだ。
「1次試験に合格したんだから、これ以上、予行演習をやる必要はない。2次試験は辞退しよう」
敬子は19歳なりにそう考えた。「あくでも学力のレベルを知りたかっただけ」と自分に言い聞かせた。
そこに待ったをかけたのが、叔従母の大谷ユキエである。祖母の志がの妹の子、父親にとっては従妹にあたるユキエは、戦後アメリカ人と結婚して、そのまま米国に在住していた。日本に帰国していたユキエは「だいたいね、受かるかどうかわかんないだからさ」と前置きしてこう諭した。
「2次試験は受けなさい。それでもし、受かったんなら、そのままスチュワーデスになればいいのよ。こんな経験、誰にでも出来るものじゃないんだから」
「そうだけど、外交官になりたいんだもの……」
すると、ユキエはにべもなくこう言った。
「だったら、スチュワーデスを辞めてから、外交官試験を受ければいいわ」
「え?」
敬子にとって想定外の答えだった。
「そうよ、スチュワーデスを経験してから、やったって遅くないわよ。それにねえ……」
「うん」
「スチュワーデスは、年齢ってものがあるから、いくつでもやれるわけじゃないのよ。若いうちにしかやれないことをやらないで、どうすんのよ」
確かにそうだ。スチュワーデスには年齢制限がある。それに、今から受かったときのことを心配するなんてどうかしている。
敬子は2次試験もトライしてみようと思った。