ストレスマネジメント専門家の舟木彩乃氏
「どんな人生にも意味がある」と説いたフランクル心理学
フランクル氏は、ウィーンに生まれ、心理学者のフロイトやアドラーに師事したこともありました。ウィーンの精神科病院で働いていましたが、1938年にドイツがオーストリアを併合すると、ユダヤ人であるフランクル氏はドイツ人を治療することを禁じられ、病院を解雇されました。そして1942年には、家族と共にユダヤ人強制収容所に連行されています。
フランクル氏は、『夜と霧』の著者として広く知れ渡っていますが、「どんな人生にも意味がある」という言葉で知られている心理療法、ロゴセラピーの創始者でもあります。ロゴセラピーは、「生きていることに意味があるのか」「ふつうに生活できているのにどこか虚しい」といった“人生の意味”への取り組みを、側面から支えます(諸富祥彦著『フランクル心理学入門―どんな時も人生には意味がある』角川ソフィア文庫、230頁)。
日々を空虚としか思えない、感じられない人をフランクル氏は「実存的空虚の状態にある人」と言っていますが、ロゴセラピーは、実存的空虚を抱えた人が自分の内面と向き合い、自分なりの方法で「生きる意味」を見出していくプロセスを援助します。
フランクル氏の思想やロゴセラピーで重要なポイントは、「人間は人生から問いかけられている存在」だということです。
あなたは人生からなにを問われているのか?
進学や就職、転職、リストラ、病気、離婚など、人生で重大な選択を迫られたときの判断基準は、人によってさまざまです。
たとえば、私のクライアント先の職員で、長い間職場の人間関係が良くない、仕事量が多いなどの理由で、退職するかどうか悩み続けている人がいました。この職員の口癖は、「どうして自分だけこんなにうまくいかないのか……」と「私はどうしたらいいですか?」というものでした。
このような言葉(考え)は、いつの間にか考え方のクセとして固着していることが多いのですが、気づかないままでいると、この職員のように自分を追い詰めて悩み続けることになります。なぜでしょうか。それは、意識が自分ばかりに向いている状態だからです。
私がロゴセラピーのエッセンスを使うときは「私はどうしたらいいのか?」という問いから、「次々と起こる職場の問題を通して、私は人生からなにを問われているのか?」という問いに転換して考えてもらいます。
そうすると、“自分中心”のものの見方から、人生全体から自分自身を見つめられるようになり、目の前の問題に対して、人生がどのような意味を与えているかがわかってきます。
直面する悩みに対して、このような「意味づけ」ができるようになると、解決の方向性が見えてきます。
結果的にクライアント先のその職員は、定年退職で職場を去りました。しかし、去る間際に「私は職場でも家庭でも人間関係を軽んじていたかもしれない。退職を機にじっくり考えてみる必要がありそうだ」という言葉がありました。これは、職場の課題を人生からの問いとしてとらえ、意味づけしようとしていたと考えられます。
これは「3つの感覚」のうちの「有意味感」にも通じます。「首尾一貫感覚」という視点を持つと、「どうして自分だけ……」という疑問を解消するヒントが得られるのです。
※舟木彩乃著『過酷な環境でもなお「強い心」を保てた人たちに学ぶ 「首尾一貫感覚」で逆境に強い自分をつくる方法』(河出書房新社刊)より抜粋・再構成
【プロフィール】
舟木彩乃(ふなき・あやの)/ストレスマネジメント専門家。博士(ヒューマン・ケア科学)。筑波大学大学院博士課程修了。ヒューマン・ケア科学専攻長賞受賞。企業人事部や病院勤務(精神科・心療内科)などを経て、現在、株式会社メンタルシンクタンク(筑波大学発ベンチャー)副社長。一般社団法人文理シナジー学会評議員。AIカウンセリングができる「ストレスマネジメント支援システム」を発明(特許取得済み)。国家資格として公認心理師、精神保健福祉士、第1種衛生管理者、キャリアコンサルタントなどを保有。カウンセラーとして約1万人の相談に対応し、中央官庁のメンタルヘルス対策や県庁の研修にも携わる。原著論文に「国会議員秘書のストレスに関する研究」(産業ストレス研究)など複数。Yahoo!ニュース個人オーサーとして「職場の心理学」をテーマにした記事、コメントを発信中。著書に『「首尾一貫感覚」で心を強くする』(小学館新書)がある。