「その頃のカリキュラムは、日本語そのものの勉強と日本文学がセットでした。文学の講義は、古典から現代まで時間の流れに沿ってひととおり網羅されていて、イタリア語に翻訳された名作や、日本文学にまつわる論文を読むのがメイン。日本語自体の学習は、ごく初めはやっぱりひらがな、カタカナで、漢字も少しずつ覚えながら、教科書に沿っていろいろな文型を習っていきました。一緒に勉強していた大学生たちは、明確に日本に興味のある人が多かったので、自分、こんな中でやっていけるかな……? と思ったけど、なんとか大丈夫でした(笑)。
ただ、大学の講義なので、会話のレッスンはそんなになかったんですよ。ネイティブの先生は、発音を教えてくれたりはしたんですけど、日常生活で使われるような会話の練習はほとんどなかったです。
いろいろ学ぶことはできたものの、大学卒業の頃の日本語会話力は『お元気ですか?』
『はい、元気です』みたいな感じ(笑)。大学では『です・ます』の言い方しか勉強しなかったので、2005年に日本へ来てタメ口を聞いた時『あれはなんだろう』と思いました。友達と喋るときは、です・ますじゃないみたいだな、って」
日本語教育業界では、動詞や形容詞の「です・ます」のスタイルを「丁寧体」と呼び、いわゆるタメ口のスタイルを「普通体」と呼んでいる。丁寧体を勉強してから普通体に移行することが多いのだが、タメ口が簡単かと言うとそうではない。「昨日、車で海に行きました」をタメ口で言うと「昨日、車で海行ったんだ」「海に行ったんだよね」等になるが、語末の「よ」や「ね」も、結構難しいのだ。
「当時はタメ口が分からないくらい、もう全然片言だったので、知らない言葉を採取しては電子辞書で調べて、単語帳を作ってそこに書いていました。家に帰ってもラジオをつけて、ドラマもいっぱい見て、とにかく日本語漬けになるのが自分には必要だと思っていたので、イタリア人ともあまり話さなかった。今思うと、ちょっと感じ悪かったかもしれません(笑)」
(第2回に続く)
【プロフィール】イザベラ・ディオニシオ/1980年生まれ、イタリア出身。ヴェネツィア大学で日本語を学び、2005年に来日。お茶の水女子大学大学院修士課程(比較社会文化学日本語日本文学コース)修了後、現在まで日本でイタリア語・英語翻訳者および翻訳プロジェクトマネージャーとして活躍。
◆取材・文 北村浩子(きたむら・ひろこ)/日本語教師、ライター。FMヨコハマにて20年以上ニュースを担当し、本紹介番組「books A to Z」では2千冊近くの作品を取り上げた。雑誌に書評や著者インタビューを多数寄稿。