「まさか虫の歌を書いていいと言われる日が来るとは思いませんでした(笑い)。これは、初めて好きな題材を歌にした作品です。子供の頃に『見た目で気持ち悪いといわれる虫だって、違う角度で見れば素晴らしいのに』と思っていたことをそのまま表現しました。この曲を世に出せて、もう充分、と言いたいくらい(笑い)。
コロナ禍で、家にいることが多くなったときは、夫から自分で作詞作曲をしてみれば、と提案されて、アナログのみの自主制作アルバムをレコーディングしたんです。それがとても楽しくて、2023年にはその全曲の作詞作曲を手がけたアルバムも発表できました。
50代になって、ようやくアーティストの一員になれたような、ピラミッドの“土台”を築けたような気持ちです。いまだに新しい発見や気づきがいっぱいあるので、いまの私は“伸びしろ”があると思います(笑い)」
新しい気づきのひとつは、娘さんたちからももたらされたという。
「数年前、娘たちがK-POPアイドルの動画を私に見せて、『このときの曲、こんなに苦しんで生まれたんだよ』などと、逐一解説してくれたんです。それを見て、アーティストはファンの皆さんに与えるだけでなく、ファンのかたから支えられてもいて、ともに成長する美しい関係なんだと改めて勉強になりました。
自分を鑑みると、若いときは目の前の仕事に精一杯で、皆さんに何かしてあげたいという余裕が全然足りなかったと思うことも。それに、BTSが熱烈なファンを『ARMY』と呼ぶ姿を見て、彼らは一緒に頑張る家族みたいな存在だと思い、それに触発されて、数年前から私もファンのかたがたを『ヒーローズ』と呼ぶことにしたんです。
『ダンシング・ヒーロー』とともに歩んできた私ですが、本当の意味でのヒーローって、何かを成し遂げた人ではなく、何かをやり続けている人なんじゃないかな。だから、応援し続けてくださる皆さんは、まさにヒーローズという言葉がふさわしいと思うんです」
そうファンへの感謝を語る彼女こそ、さまざまな試練を越えて、自分の道を歩み続けるヒーローに違いない。
(了。第1回を読む)
【プロフィール】
荻野目洋子(おぎのめ ようこ)/1968年生まれ、千葉県出身。1984年『未来航海-Sailing-』でデビュー。『ダンシング・ヒーロー』(1985年)、『六本木純情派』(1986年)、『コーヒー・ルンバ』(1992年)など、数々のヒット曲を発表。2017年『ダンシング・ヒーロー』の再ヒットで第59回日本レコード大賞特別賞、第32回日本ゴールドディスク大賞特別賞受賞。『NHK紅白歌合戦』に5回出場。今年4月3日には、作詞・作曲所ジョージ、木梨憲武プロデュースのシングル『Let’s shake』が配信リリース予定。
取材・文/佐藤有栄 撮影/小松士郎
※女性セブン2024年4月11日号