また個人のパーソナリティーの問題なので慎重を期したいが、やはり時代にアップデートできていなかった点が最大の弱点だったように思う。学歴の良し悪しとその時代のアップデートが無関係であることは、これまでも失言やセクハラ、パワハラなどで公職を去った政治家に顕著に見られるが、あたりまえの話だが「それとこれとは別」という面も改めて認識させられたように思う。そもそもが時代関係なく「そういうことを言うのはよくない」だ。しかし昔はそれで済んだ時代もあったことは確かだが今は違う。社会倫理以前の、ずっとシンプルな人の心の話である。
ただし「老害」と切り捨てるのは反対で、等しくそうした「人害」があるという話である。長く生きた人はどうしてもアップデートが多くなるため、その「人害」に陥る危険性が高まる。思考のアップデートがなければ、それは言葉となる。
いずれにせよ、4期15年の結果は最悪の幕引きとなり、4期目の選挙にあっても95万7239票と圧勝(得票率60.5%、2021年)をもたらしてくれた静岡県の支持者の期待を裏切ってしまった。
職業の先には人間がいる。たくさんの働く現場の人がいる。私たちもまた、業種は違えどそれぞれにそうだ。それを自治体の首長が公の訓示で、そういう人たちとは違って、県庁の新人職員は頭脳、知性の高い人たちと言ってしまっては日本中の現場に生きるプロフェッショナルたちは「そういうことですかい」となるのも当然である。「頭脳、知性の必要な仕事」という職業差別も最悪かもしれないが、この発言は〈頭脳、知性の必要な人〉である。〈人〉とした時点で、自治体の長としては本人の言葉の通り〈早く去ること〉が県民のためだけでなく、社会のためになるのだろう。
華々しい経歴と成功が、それまでの発言の数々の蓄積と決定的な発言から10日で終わる。筆者はこうした事例のたびに引く言葉(先言者および言い回しは諸説あり)、やはりこの言葉がすべてのように、思う。
〈思考が言葉となり、言葉が行動となり、行動が習慣となり、習慣が人格となり、人格が運命となる〉
【プロフィール】
日野百草(ひの・ひゃくそう)/日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経て、社会問題や社会倫理のルポルタージュを手掛ける。