ライフ

窪田新之助氏、開高健ノンフィクション賞受賞『対馬の海に沈む』インタビュー 「犯罪の過程に思いを馳せられないような単純で無味乾燥な人間にはなりたくない」

窪田新之助氏が新作について語る(撮影/朝岡吾郎)

窪田新之助氏が新作について語る(撮影/朝岡吾郎)

 調査報道とは自らの足で現場に赴き、関係者の証言を集め、裏を取り、事実を追究する地道な作業だ。それには時間とお金と労力、そして何よりも書き手の情熱が必要不可欠である。

 新聞や雑誌の発行部数が年々落ち込む中、ネットメディアでは他媒体の情報を引用して構成した「コタツ記事」が量産され、それがメディア不信に拍車を掛けている。そんな「冬の時代」に求められているのはやはり、地を這うような取材に基づく調査報道ではないだろうか。その問いに真正面から答えてくれたのが、第22回開高健ノンフィクション賞を受賞した『対馬の海に沈む』である。

 舞台は韓国に最も近い国境の島、長崎県対馬。そこで生まれ育ったJA(農協)の職員、西山義治は2019年2月下旬、自らが運転する車で海に転落し、44歳という若さで溺死した。

 西山は生前、共済事業においてダントツの業績をあげ続け、同僚たちからは「神」と崇められていた。そんな彼に、22億円を横領していた疑惑が浮上。果たして巨額の金は、西山1人で不正に流用できたのか。疑念を募らせた著者は事件発生から約4年後の2022年11月、対馬へ飛んだ。

 JAには過酷な営業ノルマがある。職員たちは、自分や家族が不必要な契約を結ぶ「自爆」と呼ばれる営業を強いられている。対馬へ渡ったのは、その実態を告発した『農協の闇』(講談社現代新書)を上梓して間もなくのことだったと、著者は振り返る。

「対馬の人口は3万人ほどです。その規模の島で、なぜ西山は日本一の営業マンになれたのか。しかも苦しいはずのノルマを全然ものともしていない。その彼が謎の死を遂げてしまい、第三者委員会の調査で全ての罪が彼1人に背負わされたという結論に、違和感を覚えました」

 直感に突き動かされた著者は、対馬へ通い続けた。裁判や調査資料を読み込み、西山の親族や同僚など関係者100人以上に話を聞き、事件の真相に迫った。中でも心を揺さぶられたのが、西山の元上司、小宮厚實からの内部告発だった。

「取材の門戸を開けてくれたのが小宮さんでした。彼からバトンを受けたという思いがあったので、事件の真相を知りたいという気持ちに加えて、書くことへの責務を感じました」

 緻密な取材から明らかになったのは、西山が手を染めた手口の詳細だけではない。その裏には、西山の不正を知りながらも沈黙を貫いた人たちの存在が明らかになる。巨額の横領は、西山との「共犯関係」の上に成立していたのだ。彼らにしてみれば触れられたくない話のはずだが、そこにも著者は切り込んでいく。

「それが住民たちに特に抵抗感がなかったんです。対馬の人って不思議で、自分に不都合なことも話してくれる。対外的に交易で成り立ってきた島だから、よその人とは交流しなきゃいけない人柄みたいなのがあるのかなと思いました」

 中には、長年にわたって不正を見過ごしてきたと口を滑らせてしまった住人もいて、著者を困惑させた。

関連記事

トピックス

オーナーが出入りしていた店に貼られていた紙
「高級外車に乗り込んで…」岐阜・池田温泉旅館から“夜逃げ”したオーナーが直撃取材に見せた「怒りの表情」 委託していた町の職員も「現在もまだ旅館に入れない」と嘆き
NEWSポストセブン
記者の顔以外の一面を明かしてくれた川中さん
「夢はジャーナリストか政治家」政治スクープをすっぱ抜いた中学生記者・川中だいじさん(14)が出馬した生徒会長選挙で戦った「ものすごいライバル候補」と「人心を掴んだパフォーマンス」
NEWSポストセブン
大阪・関西万博内の『景福宮』での重大な疑惑が発覚した(時事通信)
《万博店舗スタッフが告発》人気韓国料理店で“すっぱい匂いのチャプチェ”提供か…料理長が書いた「始末書」が存在、運営会社は「食品衛生上の問題はなかった」「異常な臭いはなかった」と反論
NEWSポストセブン
63歳で初めて人生を振り返った俳優・小沢仁志さん
《63歳で初めて人生を振り返った俳優・小沢仁志》不良役演じた『ビー・バップ』『スクール☆ウォーズ』で激変した人生「自分の限界を超える快感を得ちまった」
NEWSポストセブン
釜本邦茂さん
サッカー界のレジェンド・釜本邦茂さんが「免許返納」密着取材で語っていた「家族に喜んでもらえることの嬉しさ」「周りの助けの大きさ」
NEWSポストセブン
羽生結弦の元妻・末延麻裕子さんがニューシングル『Letter』をリリース(写真・左/AFLO、写真・右/Xより)
羽生結弦の元妻のバイオリニスト・末延麻裕子さん、“因縁の8月”にニューシングル発売 羽生にとっては“消せない影”となるのか 
女性セブン
中学生記者・川中だいじさん(14)が明かした”特ダネ”の舞台裏とは──
「期末テストそっちのけ」中学生記者・川中だいじさん(14)が抜いた特ダネスクープの“思わぬ端緒”「斎藤知事ボランティアに“選挙慣れ”した女性が…」《突撃著書サイン時間稼ぎ作戦で玉木氏を直撃取材》
NEWSポストセブン
釜本邦茂さん
メキシコ五輪得点王・釜本邦茂さんが語っていた“点取り虫”になる原点 “勝負に勝たなければならない”の信念は「三国志」に学んでいたと語る
NEWSポストセブン
北海道札幌市にある建設会社「花井組」SNSでは社長が従業員に暴力を振るう動画が拡散されている(HPより、現在は削除済み)
《暴行動画に批判殺到の花井組》社長らが書類送検で会社の今後は…元従業員は「解体に向けて準備中」、会長は「解体とは決まっていない。結果が出てくれば、いずれわかる」と回答
NEWSポストセブン
雅子さまのご静養に同行する愛子さま(2025年8月、静岡県下田市。撮影/JMPA) 
愛子さま、雅子さまのご静養にすべて同行する“熱情” そばに寄り添う“幼なじみ”は大手造船会社のご子息、両陛下からも全幅の信頼 
女性セブン
猫愛に溢れるマルタでは、動物保護団体や市民による抗議活動が続いているという(左・時事通信フォト)
《深夜に猫地面にたたきつける動画》マルタで“猫殺し”容疑で逮捕の慶應卒エリート・オカムラサトシ容疑者の凶行と、マルタ国民の怒号「恥を知れ」「国外に追放せよ」
NEWSポストセブン
大神いずみアナ(右)と馬場典子アナが“長嶋茂雄さんの思い出”を語り合う
大神いずみアナ&馬場典子アナが語る“長嶋茂雄さんの思い出”「こちらが答えて欲しそうなことを察して話してくれる」超一流の受け答え
週刊ポスト