「何があったんですか?」オーナーの回答は

「児玉さん。この部屋なんですが、御社に借り上げてもらうことをやめようと決めたんです」

 あれだけ借り上げを望んでいた島崎さんからの思いもよらない言葉に驚きました。

〈中略〉

 しばらく押し問答が続きます。が、結局私が折れます。

「島崎さん。わかりました。借り上げの話はなかったということで承知しました。そして気配と視線について書かれた報告書も必要ないということも承りました。しかし、何があったんですか? その理由だけでも教えてください。お願いします」

 すると島崎さんはこれまで見せたことのない冷たい目と、いつものおっとりとしたやさしい声色とはかけ離れた、とても低い声で言うのです。

「それをあなたに説明する必要はない」

 島崎さんとはその日を境に連絡が取れなくなりました。

 あのとき、島崎さんの様子が急変したのは、私が「気配と視線を真後ろに感じた」と伝えてからです。真後ろということになんの意味があったのでしょうか。私にはわかりませんが、もしかすると島崎さんには心当たりがあったのかもしれません。あの部屋の何か重要なこと、隠している何か、その知られてはいけない内容を問いただそうとした私。一体何がいけなかったのか。しかし確かなのは、あのときの島崎さんの私に対する冷たい眼差しと別人かと思うような声色は、ただ事ではなかったということです。

 今でも、あのマンションの4階にある部屋は誰にも貸し出されておらず、あの日突き返された報告書は、私の手元に残ったままになっています。

(了。前編を読む)

●著者プロフィール
児玉和俊(こだま・かずとし):
1979年生まれ。株式会社カチモード代表取締役社長。2007年から15年間、賃貸不動産管理業界で会社員として勤務し、7,000室以上の不動産管理に関わる。2022年12月、「物件で死亡事故が起きた際に、所有者や管理会社を支援するため、事故物件の“オバケ調査”を行う会社」として株式会社カチモードを起業。宅地建物取引士、賃貸不動産経営管理士、相続支援コンサルタントなど、取得資格多数。テレビやYouTubeなど、メディア出演実績多数。

提出を拒否された報告書

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