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塩田武士氏『踊りつかれて』インタビュー「自分ひとりの考えなんて知れてるからこそ、プロや経験者の実の凄味を大事にしたい」

塩田武士氏が新作について語る(撮影/国府田利光)

塩田武士氏が新作について語る(撮影/国府田利光)

〈何が「人を傷つけない笑い」だ〉〈何が「深い」だ〉〈後ろめたさを知らない人間は、その無邪気さが刃になることを知らない。後ろめたさから逃れられない人間は、自らを正当化する過程で正義を失うことに気づかない〉〈誰かが死ななきゃ分かんないの?〉──。と、思わず耳が痛くなるような序章「宣戦布告」で、塩田武士氏の最新刊『踊りつかれて』は幕を開ける。

 この告発文をアップした〈枯葉〉なる人物は、〈俺にはよぉ、大好きな芸能人が二人いるんだわ〉と言って、先頃不倫報道が元で仕事を干され、自殺したピン芸人〈天童ショージ〉と、かつて暴言騒動で芸能界を追われた1980年代を代表する歌姫〈奥田美月〉の名を挙げ、2人を追い込んだ社会そのものへの復讐を誓った。

 実はこの自称・枯葉こそ、美月の全盛期を共に築いた音楽プロデューサー〈瀬尾政夫〉で、彼は2000年に世界的メディア王、ルパート・マードック傘下の大衆紙が児童性犯罪歴をもつ83名の実名を公表した例に倣い、特に重罪と認定した83名の個人情報を公開すると宣言。その捨て身の告発は社会に広く動揺を呼ぶこととなる。〈自分は大丈夫か──〉と。

『罪の声』や『騙し絵の牙』、『存在のすべてを』等々、特に近年は人気、評価共に高い意欲作が続く塩田氏は、そんな中、『歪んだ波紋』の反響を「ずっとメモに取り続けていた」という。

「あの作品(2018年)で僕は誤報の危険性について書いた。でも読者の反応を見るとストーリーに対する感想が多く、情報を巡る環境がいかに危うくなっているかというテーマまでは伝わっていない感じがしたんです。

 小説の三本柱がテーマ、ストーリー、キャラクターだとすれば、僕にとってはテーマが最も大事なもので、それから5年間ずっと、今のSNS社会の問題とか、気づいたことをメモしてきた。そのメモの中の極性化、事実の軽視、匿名性、過剰な正義、準公人といったキーワードを組み合わせていくと、冒頭の『宣戦布告』になるわけです」

 続く1章「加/被害者たち」がまた興味深い。わざわざ天童の鉄板ネタ〈『炎上保険』〉を自殺現場で演じて動画にした京都栄修大3年〈山田健〉や、天童の不倫に〈おまえもか〉と失望し、彼が全ての番組を降板した日は祝杯すら挙げた歯科医〈牧村志保〉。また、かつて美月の密会写真を捏造し、自分達に悪態をつく美月の音声まで流出させた元週刊誌記者〈小谷義昭〉や、天童のスベリ動画ばかりを集めたアカウントを開設し、〈結局、知人の不幸が最も面白い〉という元同級生〈藤島〉ら、今度は断罪される側に回った人々を巡る光景が語られていくのだ。

「序章同様、心がけたのは、いかにこの物語を我が事としてもらうかでした。俺もヤバいかもという自問でも、自分も同じ問題意識をもっていたという共感でもいい。今の状況では攻撃する側とされる側にいつ、誰が回ってもおかしくはないので」

 そして第2章「依頼」でようやく藤島に名誉棄損で訴えられた瀬尾の弁護人で、天童とは元同級生でもある主人公〈久代奏〉が登場。示談を拒み、天童との関係も〈一ファン〉と言い張る瀬尾の真の動機を探るべく、奏は京都、東京、別府へと、〈生身の人間へと続く秘密のトンネル〉を掘り始める。

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