当人の自覚がないまま工作員として利用
なぜモサドが最大の敵国イランからそんなインテリジェンスを入手できたのか。モサドのスパイ能力は世界でも有数と評されており、イラン国内でも数多くの政権幹部や治安当局などにスパイ網を張り巡らせている。
イランのマフムード・アフマディネジャド元大統領は2024年にテレビ局のインタビューで「モサドのスパイ活動を監視する任務を負っていたイラン防諜部隊のトップと、部下の工作員20人が、モサドのために働く二重スパイだった」と仰天の告白をしている。
今回のイラン攻撃でも、イスラエルの攻撃が始まる1年ほど前からイラン国内に秘密裏に爆薬やドローンなどをモサドが密輸するなど、周到な準備をしていた。イスラエルの攻撃が始まると同時に、イランの防空網を無効化し、イラン革命防衛隊などが設置するイスラエルへのミサイル発射台を次々と破壊した。さらに、革命防衛隊が作戦会議をする地下深くにある拠点も把握し、多くの幹部が集まったところで爆撃して一網打尽にしている。
またアメリカが「ミッドナイト・ハンマー」作戦でイランの核施設を追い討ちのように破壊して停戦に合意させたが、核施設についての詳細なインテリジェンスもモサドがCIA(米中央情報局)にもたらしている。 モサドがいたからこそ、今回の不可能にも思えるような短期集中の対イラン作戦をイスラエル、そしてアメリカは成功させることができたのである。
そもそもモサドの主な任務は国外でのスパイ活動だ。ヒューミント(人を使った情報収集やスパイ工作)やシギント(通信や電波などを使ったサイバー情報工作)といった手段を使い、イスラエルに外部からどんな脅威が迫っているのかを探り、脅威や危険を消し去る工作を行なう。
テルアビブ郊外グリロットに本部を置く首相直轄のモサドは現在、7000人ほどの職員を抱え、予算は国内防諜活動を行なうシンベト(イスラエル総保安庁)と合わせて、日本円で最低でも年間4000億円ほどだ。
具体的な日常の業務はほとんどがベールに包まれている。わかっているところでは、モサドにはツォメット(作戦部門)やシーズリア(暗殺部門)、ケシェット(サイバー部門)などがある。
筆者の取材では、任務は多岐にわたり、周辺のアラブ諸国を中心に敵国に諜報員を派遣し、現地の情報源をリクルートして運用するだけでなく、当人の自覚がないまま工作員として利用することもある。作戦には傭兵を使い、現在では特にサイバー攻撃などの新しいテクノロジーを駆使して水面下で攻撃的な作戦も行なう。