ナイトビジネスの経営者や飲み屋の店主、歌舞伎町の住人たちに「ウォンテッド」をかけた
「しばらくの間、小栗さんは俺の家に泊まってもらおうか」
フクちゃんは、西新宿某所にある低層アパートの屋上に建てられた、違法建築としか思えないペントハウスに住んでいる。60平米の2K。2つしかない部屋を仕切るドアには鍵が据え付けられ、彼は奥の部屋で暮らしている。
玄関を入ってすぐに広がるもう1つの部屋、ダイニングキッチンとソファ、大型テレビや電子ドラムセットなどが置かれた12畳ほどの空間には、在留資格を持っているかどうかも怪しいペルー人や、アパートを追い出されたフリーの映像編集マンなど、訳のわからない数人が居候している。
彼らは勝手に風呂に入り、酒を飲み、眠くなるとソファや寝袋にくるまって寝る。そして仕事が見つかったり、恋人ができるといつの間にか出て行き、また困っている誰かが住人となるのだ。そのカオスな空間にしばらくの間、小栗さんが加わったとしても大した支障はないだろう。
「親戚の葬式で、しばらく四国の山奥にいることにしよう」
小栗さんからスマホを借り、フクちゃんは美咲にメッセージを送った。もうガールズバーには行かせられないが、追われる立場になったことを悟られたくもない。
フクちゃんは、その間に「ウォンテッド」をかけていたようだ。親しくしているナイトビジネスの経営者や行きつけの飲み屋の店主、歌舞伎町の住人たちに情報提供をお願いしたのだ。といっても「ウォンテッド」に謝礼金はないし、情報提供を求める「理由」も書いていない。小栗さんのオの字もなし。あくまで信頼関係に基づく、ボランタリーな協力のお願いとのことだ。
歌舞伎町は狭い。そのかわりに深い。まるで、井戸のような世界だ。その井戸のもっとも深いところに棲む人たちは、黙っているだけで本当は何もかも知っている。