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映画『雪風 YUKIKAZE』、太平洋戦争で唯一ほぼ無傷で終戦を迎えた駆逐艦の史実に基づく物語 脚本家が明かす99歳の電信員との感動秘話

日米開戦以降の苛烈な戦場を生き抜き、戦後は「復員輸送船」として外地に取り残された約1万3000人を日本に送り返した「雪風」(写真:近現代PL/アフロ)

日米開戦以降の苛烈な戦場を生き抜き、戦後は「復員輸送船」として外地に取り残された約1万3000人を日本に送り返した「雪風」(写真:近現代PL/アフロ)

 太平洋戦争で主力として送り込まれた甲型駆逐艦38隻のうち、唯一ほぼ無傷で終戦を迎え、“幸運艦”と呼ばれた「雪風」。今夏最注目との呼び声も高い映画『雪風 YUKIKAZE』(8月15日公開)は、この駆逐艦の史実に基づく物語だ。スクリーンの裏側にあった知られざるエピソードを、脚本家の長谷川康夫氏が明かす。

 * * *
「物語なのだから、事実をしっかり把握した上なら、あえて創作する部分があっても構わない。しかし無知を自覚せずに、都合よくフィクションをはめ込んではいけない」

 2011年の映画『聨合艦隊司令長官 山本五十六』の脚本作りの折に、原作者の半藤一利さんから投げられた言葉です。

 以来これが、プロデューサーの小滝祥平と私にとっての金科玉条となり、今回の『雪風 YUKIKAZE』でも、資料や関連書籍を徹底して読み込むことから始まって、国会図書館へも二人で何週間も通いました。

 ただ脚本作りで力になるのは、やはり実際にその場にいた方の証言です。

 小滝とは30年ほど前から、太平洋戦争を舞台とする映画をいくつか作ってきましたが、当時はまだそんな方々がご存命で、百名単位でお話を伺うことができました。

 しかしさすがに戦後これだけの時間が経つと、全国を回ってお会いできたのはほんの数名。その最後が、愛媛県にお住いの今井桂さんでした。

 今井さんは「大和」の沖縄特攻の折、十代で駆逐艦「初霜」に電信員として乗艦し、「雪風」らと共に出撃された方です。

 2023年の9月、小滝と西条市のご自宅を訪ね、長々とお話を伺いましたが、お別れするときに、「もう戦争のことを話すのは、これが最後です」と仰ったあと、ポツリとひと言、こう呟かれたのです。「……戦争だけはやってはいけない」

 このとき、僕も小滝も覚悟を決めました。必ずこの映画を作り、今井さんに観ていただかねばならない、と。

 その想いは何とか繋がり、翌年の5月、「雪風」は撮影に入りました。

 2025年6月5日、松山でのマスコミ向け試写会に、一般の方としてはただ一組、二人の娘さんと共に、99歳を迎える今井桂さんの姿がありました。映画を観終わったあと、真っすぐ私と小滝に頷いて下さり、我々はこのときようやく映画の完成を実感できたのです。

 その今井さんがお亡くなりになられたのは6月30日でした。実はかなり前から、病が全身に広がっていたとのこと。今井さんは映画を待っていてくれ、そしてしっかりそれを見届けて下さった上で、逝かれたのです。

 エンドロールの波音に重なって試写会場に響いた今井さんの拍手は、今でも我々の胸に、消えることなく残っています。

【プロフィール】
長谷川康夫(はせがわ・やすお)/1953年、札幌市生まれ。早稲田大学政経学部入学後、劇団「つかこうへい事務所」で『蒲田行進曲』など多くのつか作品に出演。劇団解散後は劇作家、演出家、脚本家として活躍。

※週刊ポスト2025年8月8日号

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