ノックでも観客を沸かせた長嶋茂雄氏(写真/AFLO)
プロ野球史に燦然と輝く記録が「巨人の9年連続日本一」だ。その中心には背番号「3」、長嶋茂雄さんの勇姿があった。生前のミスターへのロングインタビューを含む貴重な証言をまとめた新刊『巨人V9の真実』(小学館新書)を上梓したジャーナリスト・鵜飼克郎氏がレポートする。
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川上哲治監督率いる巨人軍による1965年からの「V9」は、まさに“不滅の記録”である。
拙著では、6月3日に89年の生涯を閉じた長嶋氏、ONコンビで主軸を張った王貞治氏、国鉄から移籍して400勝を達成した金田正一氏らV9戦士たち、そして巨人の連覇を阻止せんと挑んだ吉田義男氏、野村克也氏らライバルたちに、当時の話を取材した。証言者たちは揃って、長嶋氏の話題になると言葉に熱を込めた。あの時代の中心に背番号「3」がいたことの何よりの証左だろう。
取材のなかで、長嶋氏が当時のチームの“叱られ役”だったと振り返ったのは、王氏だった。自身は川上監督から叱られた記憶がないのだという。
「言ってみれば長嶋さんが長男で、僕は次男坊なんです。だから川上さんは長嶋さんを叱っていました。長嶋さんを叱れば他の選手にも伝わり、チームが引き締められるという考えがあったからでしょう。長嶋さんも分かっていたんじゃないかな。ただ、長嶋さんは何を言われても、そんなの関係ないというぐらい自分の世界で野球をやっていましたね」
同様の証言は、エース番号「18」を背負った“悪太郎”こと堀内恒夫氏もしている。川上監督が長嶋氏を怒鳴りつけるシーンをこう振り返っていた。
「ベンチに帰ってきた長嶋さんが“今日は打てないなぁ”と漏らすと、川上監督が猛然と怒った。“お前は日本一のチームでプレーして、日本一の給料をもらっているじゃないか。そのお前が打てないと言えば、他の者も打てないじゃないか”と。
チームの士気にかかわるのだから、責任を持てということでしょう。ベンチ内はシーンとなりましたが、叱られてた長嶋さんもさるもの。次の打席でホームランを打って、試合後のインタビューでは“川上監督に激励された”と答えていました」
川上監督にとって長嶋氏は単に打線の中軸を担う選手ではなく、チームの舵取りに欠かせない存在だったことが窺える。
実際、長嶋氏の天性の明るさ、そして野球と真摯に向き合う姿勢がチーム全体の士気を上げたとするエピソードは多い。長嶋氏と三遊間を守り、「黒タンク」の愛称で親しまれた黒江透修氏は、遠征先の旅館での素振り練習についてこう話した。
「チョーさんは試合で3タコだったりすると不機嫌になり、部屋へ帰ってから練習になる。チョーさんはユニフォームを脱いで素っ裸になり、“土井(正三)、襖外せ! 黒ちゃん、バット持て!”といって練習開始。土井が襖を水平に支え、僕がバットのグリップエンドで球筋の位置を示す。それを目標にしてチョーさんがフルチン姿でバットをブンブン振りまくる。僕らはパンツ1枚でお手伝いしていました」
そうした姿を目の当たりにした黒江氏は「ONがこれだけやるんだから、僕もやらなくちゃいけない」と感じたのだという。