広岡達朗一覧

【広岡達朗】に関するニュースを集めたページです。

シーズン開幕前に今季限りでの監督退任を表明した矢野燿大監督(時事通信フォト)
「阪神次期監督に落合博満氏」の驚愕シナリオ 広岡達朗氏、元球団社長は太鼓判
 キャンプイン前日に「今季限りの退任」を表明して物議を醸した阪神タイガースの矢野燿大監督。球団史上ワーストとなる開幕9連敗の後も浮上のきっかけを掴めずにいる。早くも後継候補の名前が飛び交っているが、平田勝男・二軍監督や岡田彰布氏、掛布雅之氏といった阪神OBに加えて急浮上しているのが、元中日監督・落合博満氏の名前である。 現役時代はロッテ、中日、巨人などで活躍し3度の三冠王に輝いた落合氏は、監督としても堂々たる成績を残している。中日の監督を務めた2004~2011年の8年間でAクラス入りを逃したことはなく、リーグ優勝4回、2007年には日本一にも輝いた。 落合氏は阪神からすれば完全な“外様”だが、関西ローカルのバラエティ番組に定期的に出演し、阪神ファンにアピールするように「オレならこう立て直す」とタイガース改革案を口にしてきた。また、YouTubeチャンネルなどでタイガース改革案を頻繁に披露しており、コメント欄には「監督になってほしい」といった投稿も相次いでいる。 落合氏の“腕力”が必要なほど、阪神が危機にあるということだろう。球界のご意見番である広岡達朗氏は「落合なら改革を期待できます」と断言する。「シーズンが始まる前に“今年で辞める”なんて言ってしまう今の監督みたいなバカたれとは違いますよ。落合は現役時代には自分の努力で三冠王を3度も獲った真面目な男。中日の監督として勉強もした。“体が出来上がっていなければ何を教えても結果が出ない”という信念を持っている。ただ、どうすれば立派な体になるかの教え方は、まだ勉強しないといけない。 中日で勉強したことを阪神でやり、選手が甘えている阪神でまた勉強すれば、監督としてさらに成長できます。弱いチームで監督をやるほど勉強できる。私もヤクルトや西武といった弱いチームで欠点の多い選手から教わった。問題は落合が自分の考えを誰に指示するか。ヘッドコーチなどの人事が見ものです」 落合氏は5月から東京、神奈川、大阪、愛知で講演会を開く予定だ。その参加メンバーにも注目が集まっている。元中日担当記者が言う。「講演では落合氏の中日監督時代にヘッドコーチを務めた森繁和氏、開幕投手を任せた川崎憲次郎氏、エースだった吉見一起氏、そして守護神だった岩瀬仁紀氏の4人がゲストに呼ばれる。落合氏の信頼が厚いメンバーで、阪神監督になればコーチとして呼ばれる面々とも囁かれている。 阪神に限らず、日本の球団はコーチに自軍OBを起用することが多い。ところが、落合監督時代は中日OBを一掃した。現役時代は西武一筋の森氏を参謀として重用したのが象徴です。白井文吾オーナーの力をバックに、OBの指定席だった独身寮の寮長まで替えてしまった」 反発も招くが、結果を出して黙らせた。ただし、そんな落合氏の“泣き所”が人気面だ。Aクラス入りを続けても観客動員数はジリ貧で、人気球団の阪神ではそれがよりシビアに問われるのではないのか。そうした懸念を広岡氏はこう喝破する。「落合監督になるとファンがいなくなると言われているが、そんなのクソ食らえですよ。大阪は結果がよければ、みんな味方になる。ホント調子がいいんだから……。大阪の人はわかっているから、やっていることが間違ってなければついてきます。落合のような監督が、なぜどこの球団からも呼ばれないのか、不思議で仕方がない。阪神は生え抜きにこだわる必要なんて全くないと思いますよ」抵抗勢力の存在 矢野監督の退任が決まっている以上、後任選びが進められていることは間違いない。元阪神球団社長の野崎勝義氏は言う。「次の監督が決まる時期? 今回のようなケースでは、すでに水面下で動いていないとおかしい。ただし、あまり早く動くとマスコミが察知して潰れてしまう。人気球団だけにやりにくさはありますね」 野崎氏は球団本部長・専務時代、初の外様となる野村克也氏を監督に招聘。2001年には球団社長となって星野仙一氏を招聘した。「当時の久万俊二郎オーナーは“常に次の監督を準備しておかないといけない”が口癖で、我々もそう動いていた。最後は久万オーナーの考えでノムさん、星野さんにお願いすると決まりました。 落合氏は、勝つためにはいい監督でしょうね。当時のキャンプを視察した時に、すごく練習していたのが印象に残っています。夏になるとタイガースは疲れが出て成績が落ちることが多いが、落合監督は“お前らはあれだけ練習してきたんだから、これからはお前らが勝つ時期だ”とムチを入れて夏場に勝っていた。素晴らしいことです」 その一方で、野崎氏は「勝てる監督ですが、阪神監督としてはどうなのか」と不安も口にする。「落合監督は“勝てばファンは喜ぶ”という信念のようですが、球団はファンあってのもので、マスコミ対応も重視されます。ノムさんも星野さんも、そこは大事にしていましたからね。 また、外様のほうが生え抜きよりも改革を進めやすいが、抵抗が大きいのでオーナーが全面的にバックアップしないと厳しい。ノムさんの時はオーナー主導だったが、それでも反改革派がいてしばらくは内部がごたつきました。仮に今のフロントにそれだけの覚悟を持った人材がいるのだとすれば、落合監督は最高の人材だと思います」 こうした不安の根底には“弱くても人気がある”という阪神ならではの問題がある。阪神時代に「ベンチがアホやから」の名言を残して引退した江本孟紀氏はこう話す。「球団があえてリスクを取ってまで落合監督を起用するのかということ。阪神は優勝しなくていいチームですからね。ダントツの最下位でも、12球団で観客動員が一番多い。矢野を辞めさせるために大物を持ってくるというならわかるが、本人がキャンプ前に辞めると言っているんです。巨人が低迷した時に、その気がないのにナベツネ(渡邉恒雄・読売新聞グループ本社代表取締役主筆)が落合監督と口にしたことがあった。その時と状況が似ているようにも見えますね」“落合監督”という劇薬は実現するのか。球団の覚悟と危機感が問われているとも言えよう。※週刊ポスト2022年5月27日号
2022.05.20 07:00
週刊ポスト
新庄監督も叱咤激励
新庄剛志監督が若手へ叱咤始めたことに「辛抱強く教えるべき」と広岡達朗氏が檄
“ビッグボス”こと新庄剛志監督が率いる日本ハムは、借金2ケタ生活が続いている。5月10日のオリックス戦で接戦を落とした後には、清宮幸太郎をはじめ若手を並べた打線が振るわなかったことについて、「1軍に残りたいという姿勢が全く見えない。バットを出さない限り一生結果は出ない」と厳しいコメントを発表。常に前向きだった姿勢に変化が生じているようにも見える。結果がなかなか出ないなかで、周囲からの新庄監督への評価も変わってきているのだろうか。 昨秋の監督就任発表以来、派手なパフォーマンスで注目を集め続けてきた新庄監督。球界関係者からは、“プロ野球を盛り上げてくれる”と肯定的な評価が多かった。 監督としてヤクルト、西武を日本一に導き、辛口評論で知られる広岡達朗氏は、昨年11月の本誌・週刊ポストの取材で新庄監督について〈派手なパフォーマンスがいろいろ言われるが、新庄を馬鹿にしてはいけません。彼の体を見てごらんなさい。締まっていて太っていない。しっかりトレーニングを積んでいる証拠です。今の時代の監督は横着な者が多く、我々の時代のように選手と一緒に走ったりしなくなりましたが、新庄ならそれもできるでしょう〉と前向きな評価を口にしていた。 それと同時に〈言っていることは正しくても、それをどうやって選手に伝えていくかは見ておかないといけません〉と課題にも言及していた広岡氏。新庄・日本ハムの現状はその目にどう映っているのか。改めて広岡氏に話を聞いた。「今の新庄は、辛抱が足りていない。あれだけいいことを言いながら、戦ってみたら強い選手がひとりも出てこない。新庄の言っている内容がダメということはありません。何がよくて、何がダメかは理解している。それを辛抱強く選手たちに教えれば、最下位のはずがないんです。この先、どこまで辛抱して教えていけるか。そこが見ものでしょう。あと、暑いのにネックウォーマーを付けたり、ドーム球場なのにサングラスをするスタイルはどうだろうか。誰か指摘してくれる人がいないのかと思ってしまう」 選手の起用法についてはどうか。新庄監督は4月10日の楽天戦でエースの上沢直之を中4日で先発させた後に、先発ローテーションの中4日構想にも言及したが、その後は中5日、中6日などでの登板を交えるかたちとなっている。「メジャーは中4日ですよ。だから球数制限をする。それが日本では中6日で1週間に1回投げるだけなのに、完全試合するような選手が1週間で疲れが抜けないというのは本当かね。 そんなのはプロではありません。新庄の言った中4日構想は正論でしょう。ただ、ローテーション投手は平等に回すのが原則。そうすることで嫌なチーム、苦手なチームとも対戦するから、そいつが勉強を始めるんです。相性が悪いからとか、球場がイヤだからと外していけば、嫌なチームの時に病気になるようなピッチャーになってしまう。 とにかく、日本ハムの球団としては話題性があれば勝っても負けてもいいんですよ。お客さんが来ればいいだけ。新庄も今の調子では1年で終わりになる。もっと話題になるように頑張ってもらいたい」(広岡氏) 期待に応える上昇曲線をここから描けるだろうか。
2022.05.12 16:00
NEWSポストセブン
広岡達朗氏との確執について語った江夏豊氏
広岡達朗氏と江夏豊氏が語る1984年「羽田空港事件」の真相
 およそ90年を誇る長いプロ野球史の中では、主力選手同士、監督と選手、コーチと選手といった数々の確執が取り沙汰されてきた。なかでも、稀代のサウスポー・江夏豊氏と名将・広岡達朗氏との確執は、今も語り草になっている。広岡氏、江夏氏らレジェンドたちが球界の裏を明かした本『確執と信念 スジを通した男たち』(扶桑社)を上梓するノンフィクションライターの松永多佳倫氏が、この確執の裏側をレポートする(文中敬称略)。 * * * 1983年オフ、それまで5年連続セーブ王だった江夏豊は、日本ハムから西武へと移籍。しかし西武には1983年に江夏とセーブ王のタイトルを分け合った森繁和がいた。江夏の起用法をどうすべきか──西武の首脳陣を悩ませた。 1イニングずつのセットアッパー、クローザーという戦術がまだ確立していない時代だけに、ダブルストッパー構想が上がる。当時の西武の監督は、管理野球で常勝チームの礎を築いた広岡達朗。「そもそも、唯我独尊の江夏と管理体制を敷く広岡が揉めないわけがない」と、マスコミはキャンプ前から両者を煽った記事を書き続けた。 1984年シーズンは、ペナントの行方もさることながらマスコミは「広岡vs江夏」の勃発をどこか期待している節さえあった。だが、二人はそんな挑発には乗らず、キャンプを無事に過ごし開幕を迎えた。 開幕してから江夏は、長年の勤続疲労のせいか体調が芳しくなく、投げれば打たれる不調が続き、7月12日の登板を最後に胃の検査のため入院した。同月21~24日に開催されたオールスター明けに退院し、練習参加。そして同月26日、遠征のために羽田空港に行った時に事件は起こった。 羽田空港で、江夏は一軍登録抹消を知らされた。何も聞かされていなかった江夏は、一軍ピッチングコーチの八木沢荘六に喰ってかかった。ここから、江夏は二度と一軍に戻ることはなく、広岡と顔を合わせることもなくなった。「なんじゃいそれは!」 江夏は、過去についてとやかく言うことが大嫌いだ。広岡のこともそう。どんなに誘導しても口を閉ざす。それでも意を決して羽田空港事件のことを訊いてみた。「そう、あのときは知らされてなくていきなり空港で言われたから、当時ピッチングコーチの八木沢さんに『なんじゃいそれは!』って怒鳴ったら縮みあがっとったよ」 取材時はいつも穏やかに話す江夏が、臨場感を出そうと「なんじゃいそれは!」の台詞に抑揚を入れて発し、半端じゃない迫力が襲った。「あの人(広岡)が直接、何かを言うってことはなかったから。まあ、キャンプ時から帽子を被れ、玄米を喰えとか決めてきて、『俺らは高校生とちゃうぞ』って不満はあった。それにあの人こそ、監督批判して試合中に帰った第一号だからな」 江夏はやんわりではあるが、広岡についてシニカルに答えてくれた。監督の命令は絶対という権限のもとで管理野球を標榜した広岡は現役時代、チャンスで打席に立っていると見も知らないホームスチールのサインが出たことに不服を示して、試合途中で帰った事件があった。巨人V9を達成した川上哲治・監督に堂々と楯突いたのだ。 江夏は、広岡についてあえて何かを語りたいと思っていない。かつて自分の生活を奪われた相手に憤懣の思いがあったからといって、憎いとか許さないとかではなく、“今更”なのだ。「チームの方針に従わなかったから……」 質実剛健の広岡は、1983年オフに江夏を獲得した経緯についてこう語った。「管理部長の根本(陸夫)さんが『おいヒロ、江夏をもらい行くぞ』と言うから『もらいに行くのならどうぞ獲ってきてください』と言った。そしたら、柴田(保光)と木村(広)の二人との一対二のトレード。『根本さん、どういうつもり? 他が獲らないからウチでどうにかしようということだと思ってたのに、なんで若手の二人を出すんですか?』と抗議したね。あの時点で江夏はもうダメだった。どこのチームも獲らなかった」 5年連続でセーブ王を獲得していたが、江夏は1984年開幕時点で35歳。広岡はその力が限界に近いとある意味見切っていた。それでもトレーニング次第で、江夏の力を維持できると踏んだ。 羽田空港事件について広岡に問いただすと「きちんと通達したはずだ」とはっきり答える。江夏が「聞いていなかった」と主張する旨を伝えるも「そんなことはない」の一点張りだった。 両者の意見を聞いて思うに、どちらも嘘を言っていないと私は感じた。確かに、広岡は通達したのだと思う。ただ直接ではなくコーチらに“二軍降格”と伝え、どこかで江夏への伝達が遮断されたと推測される。当時、球界最高年俸で現役にしてすでにレジェンドの域にあった江夏を腫れ物に触るような扱いが招いた悲劇だったように思える。江夏について掘り下げて訊いてみると、広岡は訝しがる顔でこう言った。「キャンプ初日から、チームの方針に従わなかったから……」 移籍を繰り返している江夏は“郷に入れば郷に従う”できちんと従って野球をやっていたが、広岡の眼にはそう映らなかった。江夏と広岡は見解の相違というより、野球に対しての捉え方がそもそも違った。 広岡は、すべてを律し勝利をもぎ取る。いわば人生をかけて野球をやる。 江夏は、男の矜持を武器に投げ勝つ。いわばロマンを求めて野球をする。 いずれも根底には“勝利”がベースとなっているが、振る舞い方が違う。結局、江夏は1984年の1年限りで西武を退団してメジャーに挑戦し、そのまま引退。二人は一度も融合できないまま袂を分かち、それ以来、一度もきちんと会話をしていない……。◆文・松永多佳倫(まつなが・たかりん)/ノンフィクションライター。1968年、岐阜県生まれ。琉球大学卒業後、出版社勤務を経て執筆活動開始。著書に『善と悪 江夏豊ラストメッセージ』(KADOKAWA刊)など。
2022.04.16 07:00
NEWSポストセブン
この男、実は深謀遠慮あり!?(時事)
辛口・広岡達朗氏がビッグボスを絶賛「新庄と原は正反対だ」
 今年のプロ野球は、セパともに昨年最下位のヤクルト、オリックスがペナントとCSを制し、日本シリーズでは近年まれに見る激闘を見せた。いかに監督の手腕とチーム育成が大事かを球界とファンに思い知らせる十分なインパクトがあったのではないか。両チームの躍進の裏では、巨額補強を繰り返す球界の盟主・巨人がシーズンで負け越す醜態を見せ、それでも原辰徳・監督は3年契約で続投することが決まった。『週刊ポスト』(11月29日発売号)では、一時、噂になった「松井秀喜・監督説」がなぜ消えたかを詳細に暴いているが、そこでも巨人の監督人事に苦言を呈した重鎮OBの広岡達朗氏は、同じ取材で球界の話題をさらう「ビッグボス」新庄剛志・日本ハム監督を絶賛していた。 * * * 新庄の言ってることは正しいですよ。「ピッチャーもバッターも嬉しかったら喜べ。しかし、カメラに向かってポーズを取るのはNG」「ランナーに出ても相手選手にあいさつはするな」「優勝は一切考えるな」――全く間違っていない。 派手なパフォーマンスがいろいろ言われるが、新庄を馬鹿にしてはいけません。彼の体を見てごらんなさい。締まっていて太っていない。しっかりトレーニングを積んでいる証拠です。今の時代の監督は横着な者が多く、我々の時代のように選手と一緒に走ったりしなくなりましたが、新庄ならそれもできるでしょう。 秋季キャンプのたった数日でも、その片鱗は見せています。自らクルマの屋根に立ってバットを差し出し、低い球筋で遠くに投げる練習をさせていたし、内外野をシャッフルしたノックを自らしていた。これらは選手の潜在能力を浮き彫りにすること、内野手には外野手の、外野手には内野手の心理を理解させることを目指した練習でしょう。その先頭に自ら立っている。「優勝を狙わない」というのは就任会見でも言っていましたが、それはまだ優勝を狙える戦力が揃っていないということを言いたかったのでしょう。同じように優勝できないと思っていても「狙います」と言う監督が多いなか、正直でいいじゃないですか。「ビッグボス」と呼ばせているのも彼なりの計算ですよ。今はとにかく選手を育て、その時がきたら「優勝を狙う」と宣言するタイミングを考えているのだと思います。チーム作りには順序があることがわかっているんです。 ただし、言っていることは正しくても、それをどうやって選手に伝えていくかは見ておかないといけません。新庄が阪神に入団した頃は、イチローよりセンスが上だった。それくらい良い選手だったが、ちょっと根気が足りなかった。アメリカに行って、実績でイチローに及ばなかったのはそこだと思います。だから、監督として根気よく選手を育てることができるかどうかですね。若い選手がやる気になっているのは、この監督からは学ぶことがあると期待しているからですが、それをどうやって教えていくか。 新庄は1年契約です。フロントが認めれば2年目も契約するだろうし、そして3年目に「いよいよ優勝を狙う」と宣言すれば大したものです。彼はデタラメに見えても馬鹿じゃない。この改革が成功すれば、原監督はじめ、これまでの監督やコーチはみんなクビですよ。 原は3年契約だという。そして、コーチを集めたらチームが強くなると思っている。自ら先頭に立つ新庄とは正反対です。本当は、コーチを育てるのが監督なんです。監督とコーチは互いに勉強して選手を育てるものです。タレントのようなコーチを連れてきて、ダメだとなると今度は理論派と言われている者にすげ替える。そんなことをしていても強いチームは作れません。
2021.11.27 07:00
NEWSポストセブン
CSで意地を見せるか(時事通信フォト)
広岡達朗が断!「原監督は責任を取れ。フロントも同罪だ」
 プロ野球はセ・パ両リーグの優勝が決まり、いよいよクライマックスシリーズ(CS)で日本一を争う戦いが始まろうとしている。オリンピックを挟んだことで例年よりスケジュールが遅くなり、すでに街には寒風が吹いているが、そのうら寂しい雰囲気そのままなのが、セ・リーグ3位でCSに進んだ巨人だ。まだ日本一の可能性を残しているとはいえ、シーズン終盤は惨めな敗戦を重ね、終わってみれば借金1。ファンからも、「負け越しているチームが日本一になっていいのか」という厳しい声が聞こえてくる。 プロである以上、成績がすなわち評価になる。敗戦の責任は監督やゼネラルマネージャー(GM)が負うのは当然で、二つの役割を兼務する原辰徳・監督に批判が向くのも致し方ない。現役時代に原氏とクリーンアップを組み、後に巨人コーチを経てDeNA監督を務めた中畑清氏は、巨人の終盤戦を寂しい思いで見ていたようだ。「巨人が勝てなかった理由はたくさんあって、いろいろなことを言われているが、特に覇気のない、元気のないプレーが大きかったんじゃないかな。常勝球団・巨人がそういう姿を見せてはいけない。オレなら最後まで諦めない姿を見せるね。実はオレは監督時代に今年の巨人を上回る12連敗を経験しているんだよ。戦力がないことはわかっていたけど、それでも諦めないプレーだけはやり続けた。それは見ていればわかるから、ファンも一生懸命に応援してやろうと思ってくれる。巨人に欠けていたのはそこだよね。これでは応援してくれる人がいなくなってしまうよ」 一方、V9の礎を築いた重鎮OBの広岡達朗氏はもっと手厳しい。原監督に「腹を切れ」と言い渡した。「かつて水原茂・監督が日本一を逃して事実上クビになったように、巨人は勝って当たり前、リーグ優勝しても日本一になれなければ監督が責任を取るのが伝統なんです。オーナーは今年のチームについて、『昨年から戦力の上積みができていなかった』と苦言を呈しながら、『原監督は力を尽くしてくれた。信頼関係は変わらない』という。GMの仕事ができていないと言っているのに続投というのは訳がわからない。巨人は勝たないとファンが騒ぐから、いい選手をいっぱい取ってくる。勝って当然なんですよ。 原にも『巨人で勝つのは当たり前。弱いチームで選手やコーチを教えて勝ったら名監督なんだよ』と言ってやったことがあるが、もう言うのも馬鹿らしい。かつて私が長嶋(茂雄・元監督)の後継者に推薦したのだが、今となっては恥ずかしいよ。 巨人のために頑張ってきたピッチャーを次々と他球団に出してしまって、首脳陣の若返りだといってコーチを若い人に入れ替えただけ。そのコーチたちは、実績や実力があるわけではなく、ただ原が使いやすい人間を集めている。それだけ自分ですべてできるという自信があるのかもしれないが、信念のないコーチばかりで、どうやって一軍から三軍まで指導しようというのかわかりません。コーチは教えない、選手同士は張り合わない、今の巨人は最低の球団です」 そのうえで広岡氏は、人気球団ゆえにマスコミやフロントが監督批判、采配批判を遠慮していることも問題視する。「そんな巨人に評論家は何も言わないが、こうやれば良くなると言うことは批判でもなんでもない。当然のことです。勝てば褒めておだてて、監督も選手もいい気になる。そういう評論家たちも巨人をダメにしています。 なんでも『原に任せております』と言うフロントも馬鹿だよ。できないことを任せるのはフロントの仕事じゃない。巨人の関係者と話すと、『広岡さんの記事はいつも読んでいます。わかっているんですができないんです』なんて言う。わかっているけど立場が悪くなるから言わないというわけだ。監督もフロントも力を尽くしたとは言えませんよ」 スポーツの世界で「全力を尽くす」ことは、ジュニアからプロまで基本中の基本。愛のある叱咤の中畑氏、厳しい箴言の広岡氏が、奇しくも口をそろえた「全力でやっていない」という言葉こそ、原巨人は心に刻むべきだろう。
2021.11.03 07:00
NEWSポストセブン
中田翔の無償トレードで獲得は大きな波紋を呼んだ(時事通信フォト)
広岡達朗氏、原監督への疑問「なぜ中田翔を戦力として獲得したのか」
 巨人が終盤に大失速し、3連覇が消えたことで、原辰徳監督の采配への疑問符が沸き立っている──。首位争いを繰り広げていた8月、日本ハムで暴行事件を起こした中田翔を無償トレードで獲得した一件も大きな波紋を呼んだ。原監督は「才能ある野球人」「チームの中心選手と同世代は好材料」と言い、自らの判断で、リーグ3連覇の戦力として中田を獲得したことを明かしたが、思惑は外れた。中田の状態は最後まで上向かず、1割5分4厘、3本塁打と期待を大きく裏切り、チームも加入以降、下降線を辿った。 V9戦士で、引退後は万年Bクラスだったヤクルトと西武を常勝球団に変え、日本一に3回導いた広岡達朗氏は「中田を批判するわけではない」と前置きして、原監督に問いかける。「中田をなぜ戦力として獲得したのか。これが問題です。巨人のファームには素質のある若い選手が集まっている。彼らは入団した時はやる気満々だが、こんな戦力補強を繰り返していれば気持ちが折れてしまう。中田を獲る前に二軍の選手を一人前のレギュラーに育てるべきですよ。毎年のようにFA、新外国人、メジャー帰りの選手たちを獲っていては、ファームの選手には夢も希望もなくなる。人の気持ちはそんなものです。原監督は選手の気持ちを分かっているのか」 2006年からの原2次政権は「育成の巨人」と呼ばれた。坂本をレギュラーに固定し、松本哲也ら育成選手を含めた生え抜きがチームの主力になった。 だが、今の巨人の野手を見渡すと、生え抜きのレギュラーと呼べるのは坂本、岡本和真、松原聖弥のみ。若手に残されたポジションは少ない。「チームというのはいい選手が引退して穴が空けば、若手がやる気を出して下からはい上がってくる。それがチームの若返りであり、強い組織なんです。一軍の主力が今年のような低い成績なら、ファームで結果を残している中山(礼都)や秋広(優人)が一軍で起用されないのはおかしい。 原監督のチーム作りはオールスターや侍ジャパンの監督がやる手法です。いい選手を集めて、活躍しなければ別の選手に代えるだけ。これでは若手がいつまでも育たないし、強さが持続するチーム作りはできません」(広岡氏)※週刊ポスト2021年11月12日号
2021.11.02 16:00
週刊ポスト
巨人V9の礎を築いた広岡達朗氏には今の巨人がどう映るのか…
広岡達朗氏が巨人に喝!「原はド素人。元木なんて芸能人」
 2年連続で日本シリーズ4連敗という屈辱を受けた巨人。一体どこに問題があったのか──。野球評論家の広岡達朗氏(88)は1954年に巨人に入団した。当時、一塁手だった川上哲治と巨人の黄金時代を作り、川上監督下ではコーチ兼遊撃手として1965年から始まる巨人V9の礎を築いた。監督としては、万年Bクラスだったヤクルトや西武を常勝球団に育て上げている。そんな往年の名監督の目に、原辰徳監督やコーチ陣の姿勢はどう映るのか。 * * * 日本一奪回のために補強するというが、あれで選手が足りないというんだから、開いた口が塞がらない。本来、選手は“取ってくる”ではなく、“育てる”もの。現にソフトバンクは育成枠から中心選手が育っている。「いい選手を取ってくる」という発想では一生勝てないでしょう。同じリーグの主力を奪うのだから、リーグ優勝できるのは当たり前。しかし、毎年のように大物が入ってくれば、若手には夢も希望もなくなり、伸びる者も伸びなくなる。原はそのことを自覚しているのか。 日本シリーズのような短期決戦は監督の采配に左右される。敗戦の責任は原にあるが、どういう戦略で戦うのかもはっきりしなかった。私は「短期決戦では相手の大将を潰したほうが勝ち」と監督時代から言ってきた。大将を潰せばチーム全体が沈むからだが、原は双方の大将が誰かということすらわかっていない。わかっていたら岡本(和真)を4番には据えません。 今年のソフトバンクの大将は甲斐(拓也)だった。「キャッチャーを気分よくさせるな」が野球の鉄則。本塁打まで打たせて調子に乗らせたために、甲斐はどんどんインコースを攻めて巨人打線を封じた。第一戦で岡本が千賀(滉大)にバットを折られた時点で勝負は決まったようなもの。 V9巨人は攻撃型と思われているが、カワさん(川上監督)は守りを非常に重視していた。打撃優先でキャッチャーを選んだ巨人が負けるのは当然です。V9メンバーから見れば原はド素人もいいところ。原は野手出身だから、本来なら専門でない部分を補うためにヘッドコーチに投手や捕手出身者を置くべきです。ところが野手出身の元木大介に任せているところがすべてを物語っている。元木なんて芸能人だよ。 元オーナーの正力松太郎さんは、選手権(日本シリーズ)で勝って初めて日本テレビの迎賓館でナインに「よくやった」と声を掛けた。リーグ優勝は当たり前、選手権で負けたら監督はクビだった。責任を取って首脳陣は総辞職すべきです。※週刊ポスト2020年12月18日号
2020.12.10 07:00
週刊ポスト
巨人V9の礎を築いた広岡達朗氏には今の巨人がどう映るのか…
広岡達朗氏が一刀両断!「工藤と原には決定的な差がある」
 日本シリーズで2年連続でソフトバンクに4連敗を喫した巨人の激震がやまない。大量リストラと補強でチーム再建に乗り出しているが、後味の悪いシーズン終了の戦後処理はうやむやなまま。原辰徳・監督は自らの責任を認めたが、あのV9時代の輝かしい歴史を知るOBからは厳しい声が上がっている。『週刊ポスト』(12月7日発売号)では、V9戦士4人が今の巨人に「喝」を入れているが、そのひとり、広岡達朗氏(88歳)は、巨人の問題にとどまらず、監督は「作り上げるものだ」という指導者論を語っている。 広岡氏は、大学時代には早稲田の花形選手として活躍し、「神宮の貴公子」と呼ばれた。巨人入団後は華麗な守備でショートのポジションを任され、当時はファーストで現役だった川上哲治氏とチームを支えた。川上氏が引退して監督に就任すると、コーチ兼選手としてV9の礎を築いた。その後は監督として、弱小球団だったヤクルトや西武を常勝集団に育てた名伯楽としても知られる。 広岡氏は『週刊ポスト』誌上で、他球団から主軸選手を獲得して補強する巨人のチーム運営の限界を指摘し、エースの菅野智之がメジャー挑戦して抜けたあとの原巨人は、ますます苦境に立つと警告した。誌面では紹介できなかったが、そのうえで、ソフトバンクを球界の盟主に押し上げた工藤公康・監督との秘話と、監督の役割について語った。 * * * 選手だけでなく、監督も「作る」ものなんです。ソフトバンクの工藤は、私が西武の監督になった1981年にドラフト6位で入団してきた選手ですが、頭がいいぶん、ぬるい環境に置くとズルく立ち回るところがある若者だったので、あえて最初から一軍に置きました。1年目からリリーフとして使い、3年目にはアメリカの1Aに送り込みました。首脳陣の役割は、将来の指揮官候補だと思う選手がいれば、若い頃から援助して勉強させてやることです。監督というのは、現役時代に実績がある者がやるのではなく、最初から指導者として作り上げるべきなんです。巨人に欠けているのはそこですね。 例えばDeNAは来シーズン、ハマの番長こと三浦大輔が監督になりますが、ピッチャー出身の新監督なら、球団はヘッドコーチを誰にするか考えなければいけない。野手の育成や起用については素人ですから、ヘッドコーチはそこがよくわかっている野手出身の人材を置くのが鉄則です。逆に野手出身の監督ならピッチャーのことがわかるヘッドコーチを置くべき。ところが、巨人は野手出身の原の下に、野手出身の元木大介をヘッドに置いている。首脳陣が互いに支え合って勉強していく体制もなく、すべてを選手任せにして戦力が足りないと言っていてはいけない。プロに入るような選手はもともと能力は高く、適切な目標を設定してやれば変わるんです。その道筋を示したうえで、“オレの言うことを聞いて、やるべきことをやれ”と導いてやるのが監督です。 原はGMの役割も兼ねる全権監督というが、それも良くない。監督の使命は選手を育て、うまく動かすことだし、GMはそのための選手を集め、監督の采配が間違っていたら指摘する。監督を選ぶ権利もGMにあります。そういう役割分担を考えずに全権監督などと言っていれば、チームは強くなりません。 アメリカでは、GMは5人の先発投手を揃えて、それを監督が中4日で回す。揃えるのはGMの役目だし、うまく使うのは監督の役目です。日本では、中6日で先発させて投手が足りないというのはおかしい。それだけ休養して5回まで投げればいいというところだけメジャーの真似をしていれば、選手はそれに合わせたスタミナしかつけません。 今年のソフトバンクは確かに強かった。しかし、カワさん(川上氏)が監督だったV9チームなら、戦力の優劣にかかわらず、どうやって倒すか研究と工夫をしたでしょう。まず、キャッチ―の甲斐拓也がベンチに引っ込むように考えたのではないか。それができれば投手陣の力が半減する。カワさんだったら、そのために何をするか戦略を立て、“オレの言うとおりにすれば勝てる”と言い切ったでしょう。それが本物の監督です。選手から“鬼”と呼ばれて一流で、“いい監督”なんて言われるのは馬鹿にされている証拠なんですよ。
2020.12.05 07:00
NEWSポストセブン
広岡達朗氏
広岡達朗氏 早慶戦を偉大なものにするため「伝統」を守れ
 1903年秋に早稲田大学からの慶應義塾大学への挑戦状をきっかけに始まった野球の「早慶戦」は、野球の歴史にとっても重要なものだ。早稲田大学OBで野球評論家の広岡達朗氏が、早慶戦への思いを語った。 * * * いまプロ野球界は過渡期にさしかかり、色々な問題が噴出している。問題を1つ1つ解決していくことが人気復活の一番の近道だ。そのためにもいま一度「伝統」というものをしっかり見直す時期である。 プロ野球誕生の軌跡を辿ると、早慶戦の定期戦が起源で東京六大学野球に繋がり、その爆発的人気に乗じてプロ野球ができた。すべての始まりは早慶戦にある。だからこそ早慶戦は偉大でなくてはならないし、早慶両校の選手たちは特に伝統を重んじる必要がある。 それが最近、伝統の本当の意味を理解できている人間がどれだけいるだろうか。各々が良かれと思ってやっているのかもしれないが、伝統の本質も考えずにこれまでの慣習等を変えていこうとしているのは大きな間違いだ。それに早く気づかねばならない。 伝統とは先人の考えを維持していくことである。そしてそれをしっかりと守る義務がある。このことを絶対に忘れてはならない。【プロフィール】広岡達朗(ひろおか・たつろう)/1932年広島県生まれ。早稲田大在籍中は華麗な守備で名を馳せ、「六大学の貴公子」と呼ばれた。1954年に巨人に入団。引退後は西武、ヤクルト監督などを歴任した。※週刊ポスト2020年11月30日号
2020.11.11 11:00
週刊ポスト
広岡達朗氏「SBに4連敗した原辰徳を名将とは呼べません」
広岡達朗氏「SBに4連敗した原辰徳を名将とは呼べません」
 監督14年目にして川上哲治氏の持つ通算勝利数1066勝を抜き、巨人歴代1位となった原辰徳監督。不滅の「V9」を成し遂げ、“ドン”とまで畏れられた川上監督を名実ともに超えたのか──。 原監督が、さらなる常勝軍団をめざすためには課題も残る、とV9時代に名ショートとして活躍した黒江透修(ゆきのぶ)氏(81)がいう。「V9の頃は王(貞治)さんや長嶋(茂雄)さんが『ここまで来たのだから優勝しよう』と選手を引っ張っていた。原監督より選手が頑張ればもっと強くなれるはず。 守備力の向上も課題。川上巨人は、サインプレーの種類が豊富で、鉄壁の守備で勝ってきた。原巨人も守備力を徹底して強化すると盤石になります」 川上監督のもとでコーチ兼任選手としてV9の礎を築き、巨人引退後は低迷するヤクルトや西武を日本一に導いた名将・広岡達朗氏(88)は厳しい言葉を送る。「まずはもっと選手のプロ意識を向上させることです。カワさん(川上)時代、“国鉄の天皇”と呼ばれたカネさん(金田正一氏)が巨人に移籍してきた時、お手並み拝見という態度で接した。ところが、練習に取り組む姿勢も体のケアも想像以上にストイックで、選手はみな影響を受けた。今の巨人軍にそうした雰囲気は感じられない。 巨人はレギュラーシーズンの優勝は当たり前で、日本シリーズで勝って初めてその年の仕事をしたと認められます。昨年のシリーズでソフトバンクに4連敗した原を名将とは呼べません。だから今年の日本シリーズは必ず優勝すること。 そして、巨人の監督を勇退して弱いチームの監督になって、日本シリーズで勝つことです。カワさんができなかったことを達成して初めて、日本球界に貢献したことになる。それでこそ、カワさんを超える名監督になれるのです」 原監督の挑戦は続く。※週刊ポスト2020年10月2日号
2020.09.22 07:00
週刊ポスト
1984年の江夏豊「西武への望まないトレード」の表と裏
1984年の江夏豊「西武への望まないトレード」の表と裏
 1971年のオールスター戦で9者連続奪三振、2年後の中日戦では延長11回に自らのサヨナラホームランでノーヒットノーラン達成し、通算206勝、193セーブを挙げた球史に残る大投手・江夏豊がユニフォームを脱いでから、今年で35年になる。 1966年の第1次ドラフトで阪神に入団した江夏は、王貞治や長嶋茂雄を擁するV9時代の巨人に立ち向かい、2年目の1968年には401奪三振という今も破られていない年間記録を樹立。阪神在籍9年間で159勝、防御率 2.42という驚異的な数字を残した。 先発完投にこだわっていた江夏は南海移籍2年目の1977年、野村克也選手兼任監督の勧めで抑えに転向する。その後も広島、日本ハムで抑えの切り札としてチームの優勝に貢献し、史上初の両リーグMVPを獲得して“優勝請負人”と呼ばれ、3球団で最優秀救援投手に輝いた。 35歳の1983年までに809試合に登板していた江夏は当時、前人未到の1000試合登板を目標に掲げていた。同年51試合に投げて、34セーブ、防御率2.33を記録しており、当時の最多である米田哲也の949登板を抜く可能性はあった(現在の記録は中日・岩瀬仁紀の1002登板。2018年引退)。 その年のオフ、江夏に人生の岐路が訪れた。日本ハムの大沢啓二監督が退任する際、一緒に日本ハムから去ることを提案されたのだ。球団常務になる大沢氏が、翌年から指揮を執る植村義信監督が江夏を扱いづらいだろうと判断したという説もある。球界渡り鳥の江夏は、大沢に行きたくない球団を伝えた。〈阪神、広島、巨人、西武、この4つは行きたくなかった。セならヤクルト、パなら近鉄という願望があった。強いチームを倒し、弱いチームを何とかしたいというロマンやね。大沢さんは「わかった」と言いながら、結局、決まったのは行きたくない球団と伝えておいた西武(笑)〉(江夏豊、岡田彰布共著『なぜ阪神は勝てないのか?』・角川書店・2009年9月発行) 古巣の阪神は優勝から遠ざかっていたが、当時は広島と巨人が毎年のようにペナントを争っており、西武は1983年の日本シリーズで激闘の末に巨人を倒して2年連続日本一に輝いていた。一方、ヤクルトは2年連続最下位、近鉄は1979年から2連覇の後、最下位、3位、4位と成績が落ち込んでいた。 結局、江夏は柴田保光、木村広との交換トレードで西武に移籍する。だが、チームには1983年に江夏の5年連続最優秀救援投手を阻んだ森繁和が抑えに君臨していた。なぜ、江夏が望んでいない西武にトレードされたのか。野球担当記者が話す。「1983年の日本シリーズで西武に敗れた巨人が江夏を獲得するという情報がありました。巨人は3勝2敗と王手をかけたシリーズ第6戦、1点リードした9回裏に第5戦に完投している西本聖を登板させた。西本が同点に追いつかれると、延長10回に江川卓を出したが、サヨナラ負けを喫した。角三男というストッパーはいたが、そこまでの信頼度がなかったのです。 日本ハムからの放出の噂を聞き、巨人は江夏の必要性を感じた。すると、巨人の動きを察知した西武が『巨人に取られるくらいならウチが手を上げる』と先手を打ち、若手の2投手を放出した。西武は翌年の日本シリーズまで見越し、巨人の手を塞ぎに行ったのです。球界の寝技師と呼ばれた根本陸夫管理部長を初めとした西武フロントの動きが速かった」(以下同) 江夏は阪神時代から首脳陣にとって扱いにくい投手と言われていた。そのせいか、球界随一の実力派でありながら、5球団も渡り歩くことになる。在籍時代1度も優勝できなかった阪神は別として、それ以降のチームでは監督に恵まれていたことを見逃してはならない。江夏がともに戦った指揮官の通算監督年数は、南海時代の野村克也が24年(他にヤクルト、阪神、楽天)、広島時代の古葉竹識監督が14年(他に大洋)、日本ハム時代の大沢啓二監督が13年(他にロッテ)。いずれも長く指揮を任される名監督たちの下で、江夏はプレーすることができた。 1978年にヤクルトを初の日本一に、1982年から西武を連覇に導いた広岡達朗監督も名将だったが、選手のプライドを尊重する姿勢とは正反対で、いわゆる『管理野球』を貫いていた。しかも、広岡監督は電光石火の速さで決まった江夏のトレードを知らされておらず、将来有望な若手投手2人を相談なしに放出されたことに憤っていた。 そんな指揮官と江夏のソリが合わなかったのかもしれない。シーズン序盤は抑えとしてセーブを挙げていたが、7月26日にプロ入り初の2軍落ち。その後、1軍から呼ばれることなく、オフに退団する。翌春、江夏は大リーグ挑戦のために海を渡り、ミルウォーキー・ブルワーズに招待選手としてキャンプに参加。しかし、開幕メジャーの夢は叶わず、ユニフォームを脱いだ。「もし希望球団の1つである近鉄に行っていたら、江夏の野球人生は変わっていたと思います。近鉄の豪放磊落なチームカラーは、江夏に合っていた。1984年から就任した岡本伊三美監督は現役時代、首位打者も獲得した黄金期の南海を支えた名選手で、人心掌握に長けていた鶴岡一人監督を尊敬していた。 後年、野村克也さんが『鶴岡さんは選手をほとんど褒めない』と否定的でしたが、鶴岡監督は選手の特徴を見抜いて使い分けていただけ。そうじゃないと、今も歴代1位の通算1773勝をあげられません。 岡本監督は大沢親分と南海時代のチームメイトですから、そのラインで近鉄に江夏が行くことも考えられました。しかし、根本陸夫管理部長を中心とする西武のフロントと違い、近鉄は江夏の移籍情報を察知できなかった。岡本監督は阪神コーチ時代に2年間、江夏と接しており、彼の性格もある程度把握していた。選手の良さを引き出そうとする監督でしたから、江夏とも上手く行ったかもしれません」 1984年、近鉄の抑えは前年にヤクルトから移籍してきた鈴木康二朗が務めていた。王貞治に756号本塁打を献上したことでも知られる鈴木は、近鉄では3年連続10セーブ以上、ヤクルトでは主に先発で2ケタ勝利3回を挙げた好投手である。1984年、もし江夏が近鉄に移籍していれば、鈴木を先発に回す手も生まれ、チームが浮上したかもしれない。そして数年後、前人未到だった1000登板や近鉄初の日本一に貢献していた可能性もゼロとは言えない。 西武移籍が江夏の選手寿命を縮めたことは否めないかもしれないが、翌年の大リーグ挑戦はファンに夢を与えてくれたこともまた事実である。(文中敬称略)
2020.06.09 16:00
NEWSポストセブン
杉下茂氏(94)ほか、巨人軍OB15人が語る「俺の再建私案」
杉下茂氏(94)ほか、巨人軍OB15人が語る「俺の再建私案」
 5年ぶりのリーグ優勝を果たすも日本シリーズでは無残な4連敗に終わった原巨人。「かつての巨人軍にあった底力が感じられない」と嘆くのは、錚々たる巨人軍OBたちも同じ。おのおのの「再建私案」を15人分紹介しよう。●杉下茂氏(94):投手陣のコントロールが悪い。投げた後の腕・足の位置を確認しながら、投球フォームを固めることが大切だ。●広岡達朗氏(87):日本シリーズの4タテは監督、コーチの責任。DHなどの制度変更を求める前に、野球を勉強しなさい。●森祇晶氏(82):とくに短期決戦では誰がマスクをかぶろうと同じ。首脳陣が相手の分析をきちんとすべき。●中村稔氏(81):OBの意見に耳を傾けるべき。球場内でOBが入れないエリアが増え、選手に修正点を伝える機会を逃している。●黒江透修氏(80):守備の基本をたたき込み、ミスを減らしたい。セカンドやサードを中心に、ポジションを固定したほうが良い。●城之内邦雄氏(79):投手陣を中心に、走り込みが足りない。下半身を使った投球フォームを覚えれば、肩・肘のケガも減らせる。●広野功氏(76):監督、コーチがもっと目を光らせるべき。選手の不調時に、異変に気づいて指摘しなければいけない。●柴田勲氏(75):機動力は上がってきているが、代走のスペシャリストを育成すれば、もっと有利な試合運びが可能になる。●上田武司氏(73):守備のミスは経験不足から起こる。若手はユーティリティとしてではなく、まずはポジションを決めて育成すべき。●河村健一郎氏(71):DH制導入を望むよりも、相手のミスにつけ込むしたたかさ、塁を盗む貪欲さをまず養うべき。●関本四十四氏(70):畠、鍬原、戸郷ら若手投手に、先発として経験を積ませる。そのために中継ぎ陣の整備も並行して進めたい。●淡口憲治氏(67):長打中心ではなく、繋ぎのバッティングを心がけるべき。追い込まれた際の逆方向への意識を徹底する。●中畑清氏(65):最後まで最善を尽くす必死さ、きめ細やかさが足りない。闘争心をもっと前面に。秋に鍛え抜いて準備せよ。●広澤克実氏(57):坂本、丸、岡本らの主軸に送りバントをさせるべきではない。ONや落合博満氏のような絶対的主砲の育成を。●前田幸長氏(49):7、8、9回を任せられる150km台の豪速球投手が不足している。長期スパンで若手の原石を磨き上げよ。※週刊ポスト2019年11月22日号
2019.11.15 07:00
週刊ポスト
広岡達朗氏 原監督のDH導入、FA人的補償廃止提言を一蹴
広岡達朗氏 原監督のDH導入、FA人的補償廃止提言を一蹴
 5年ぶりのリーグ優勝を果たすも日本シリーズでは4連敗に終わった原巨人。ソフトバンクに歯が立たなかったことがよほど堪えたのか、原辰徳監督は「セ・リーグもDH制を使うべき」「FAの人的補償はなくす必要がある」と発言。チームの底上げを“外的要因”に求めた。 そうした姿勢を一蹴するのは、現役時代は名ショートとして活躍し、引退後はヤクルト、西武で監督を務めた球界ご意見番・広岡達朗氏(87)だ。「シーズン中に打席に立ったことのないピッチャーを送り出しているのだから、パにとって明らかなハンデですよ。それなのに負けたのはDHのせいだと言わんばかり。何をバカなことを言っているんだ。 原巨人の戦力があれば、私なら2位に10ゲーム差以上をつけて優勝できる。日本シリーズでも、負けた試合を研究すれば、0勝4敗なんてあり得ない。監督・コーチは野球をしっかり勉強してもらいたい」 栄光の巨人軍の“真の再建策”は──OBからは厳しい意見が出た。※週刊ポスト2019年11月22日号
2019.11.12 07:00
週刊ポスト
緒方孝市監督が再びユニフォームを着る日は来るか(写真:時事通信フォト)
優勝からBクラスで辞任の広島・緒方監督、将来再登板あるか
 10月1日、広島カープの緒方孝市監督が辞任を発表した。昨季までリーグ3連覇を果たしたものの、今季4位に終わった責任を取った格好だ。野球担当記者が話す。「今季も前評判は高かったですが、2年連続MVPの丸佳浩が巨人にFA移籍した上にリードオフマンである田中広輔の不振、バティスタがアンチ・ドーピング規定違反で出場停止処分になるなど、波に乗り切れませんでした」(以下同) 2016年に広島を25年ぶりの優勝に導き、昨季まで3連覇を成し遂げた監督が翌年4位まで順位を下げて退任。まさに、球界の一寸先は闇だと示した。 これまで2リーグ分裂以降、優勝した翌年にBクラス転落の辛酸を舐めたセ・リーグの監督は、今年の緒方孝市監督を除けば、のべ11人。その中で退任したのはヤクルト・広岡達朗監督(1978年優勝→1979年最下位。シーズン途中に辞任)、中日・近藤貞雄監督(1982年優勝→1983年5位)、ヤクルト・野村克也監督(1997年優勝→1998年4位)の3人だけである。「広岡監督はフロントと折り合いがつかず、近藤監督もシーズン中に来季の新監督が発表されるという異例の事態に見舞われた。野村監督は9年目を迎えており、潮時でもありました」 Bクラス転落後も留任したのべ8人のうち、翌年優勝したのは1963年の巨人・川上哲治監督、1995年、1997年のヤクルト・野村克也監督の3例がある。Aクラスに戻ったのは1960年の大洋・三原脩監督(2位)、1992年の巨人・藤田元司監督(2位)、1998年の長嶋茂雄監督(3位)の3例。この中で、藤田監督はオフに退任。長嶋監督も辞任の噂が流れ、森祇晶新監督の誕生を報じる新聞もあったが、留任した。1993年の広島・山本浩二監督、2017年のヤクルト・真中満監督はともに最下位に沈み、オフに辞任している。「緒方監督は、野村謙二郎前監督の遺産のおかげで勝てたと言われたり、短期決戦に弱いと叩かれたりもしましたが、3連覇の偉業は決して色褪せません。2リーグ分裂後、セ・リーグで3連覇を達成したのは巨人以外では、2016~2018年の広島だけです。今後広島がもし低迷期に入れば、再び監督候補として名前が挙がると思います。実際、優勝翌年にBクラスに転落し、辞任した広岡達朗氏は3年後に西武、近藤貞雄氏は2年後に大洋、野村克也氏は翌年阪神の監督を務めています」 退任会見で「ユニフォームを脱いだ先のことは考えていない」と述べていた緒方監督。いったんは静養するだろうが、近い将来、再びユニフォームを着る機会が来るかもしれない。
2019.10.03 16:00
NEWSポストセブン
「甥っ子」に厳しい原監督(時事通信フォト)
巨人・原監督の公開説教に広岡達朗氏、「選手叱るのは間違い」
 巨人の5年ぶりとなる交流戦優勝が懸かった6月23日のソフトバンク戦。エース・菅野智之(29)が初回から先頭打者弾を含むいきなりの4失点。さらに2回、先頭打者の9番ピッチャー・和田毅(38)に四球を出したところで、原辰徳監督(60)は“甥っ子”に早々と見切りを付けた。 攻撃陣も1点しか奪えず完敗──憤りを隠せない原監督は試合後、報道陣に対し「先頭打者に本塁打、四球、四球。リズムもへったくれもあったもんじゃないですね」と、まくし立てた。記者が質問しようとするや、「智之のことはこのぐらいでいいんじゃないですか?」と、有無を言わせぬ様子で遮った。 昨年末の就任当初は“のびのび野球”を掲げていた原監督だが、ここにきて公衆の面前で選手を叱咤する「公開説教」の場面が目立つ。 6月20日のオリックス戦では若手の重信慎之介(26)が対象になった。出塁した重信が二盗を試みる姿勢を見せなかったことが、指揮官の逆鱗に触れたのだ。攻撃終了後、ベンチで重信を呼びつけて叱責。テレビでもおよそ10秒にわたり、期待の若手が直立不動で青ざめた表情になる様子が映し出された。 はたして監督が選手を公開説教するのは、是か非か。特定の選手を厳しく叱るのは、選手全員をピリッとさせる手段だという声もあるが、一方で否定的な意見もある。「そもそも監督が選手を叱るのは間違いだ」と語るのは、巨人の名ショートとして活躍し、引退後は万年Bクラスだったヤクルトと西武を常勝球団として日本一に3回導いた、球界のご意見番こと広岡達朗氏。監督時代は「管理野球」で知られ、評論家としても選手に厳しくモノ言うイメージの広岡氏だが、意外にも原監督の今回のやり方には否定的な意見だ。「私なら“何を教えているんだ”とコーチを叱りますね。コーチが教えていないから選手ができないんですよ。ベンチの中で叱るのもよくない。私はコーチ会議で“お前は何を教えている”と叱ります。コーチは“教えました”“言いました”と言い訳しますが、“それならできるまで言うべきじゃないか。それでも選手ができなければ(選手を)捨てればいいことだ”と叱ります」 監督の公開説教が行なわれること自体、コーチの指導力不足の証左であるとする見方だ。「チームが強くなるには、優秀なコーチを育てることが必要なんです。今のチームに足りないのは投手力なのか、守備力なのか、打力なのか、走力なのかをコーチが見極め、指導力で底上げしていく。そのためにも、選手にはできるだけコーチから言わせる。 昔は“あのコーチに見てもらったから選手が伸びた”という指導者がいた。川上(哲治)監督は自分の欠点を知っていたから、コーチにすべて任せていた。選手の前で難しい顔して腕を組んでいるだけで、黙っていましたよ。ミーティングで“今日の試合は○○のエラーで負けた”くらいはいうが、細かいことはガミガミいわなかった。監督はドンと構えているべきですよ」 時代の移り変わりとともに、練習法などの“テクニック”は変化しているが、根本的な“指導の本質”は不変であると、広岡氏は力説する。「時代が違う? 何をいっとるか。野球をやっとる子供たちは今も昔も野球バカ。悪いのはいません。ただ、覚えるのに遅いのと早いのがいる。早い方はすぐ忘れ、遅い方がコツコツ覚えるから忘れない。それは経験でわかっている。だからこそコーチがコツコツ教えることが重要なんです。 ベンチで監督が選手を怒鳴るなんて本当にナンセンスですよ。コーチを含めたチーム体制が機能していないことを世間にアピールしているようなもの。それに原監督は気付いていないのか、丸佳浩(30)がホームランを打つと、選手と一緒になって頭の上で“マル”を作って喜んでいる。アホですよ。いまの坂本(勇人・30)は守備で二遊間の打球をすぐに諦める。コーチが細かく指導し、叱るべきなのに誰もしていないからです。坂本がキャプテンの間は巨人の優勝はないね」 部下を如何に活躍させるか──監督を“管理職”の一人として見ると、プロ野球の一味違った面白さが見えてくる。※週刊ポスト2019年7月12日号
2019.07.02 16:00
週刊ポスト

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