『だいたいしあわせ』/晶文社/1760円
【著者インタビュー】阿川佐和子さん/『だいたいしあわせ』/晶文社/1760円
【本の内容】
《人生最長期間、思いを寄せていた》という男性との甘酸っぱい思い出から、美容院には行かず《セルフカット》をしているという意外な話、《怒鳴ることが得意だった》父・阿川弘之さんの話まで、阿川さんの魅力が溢れる全56編。そうした中でページを割かれるのは2024年元日に北陸を襲った地震で被災した地元の人たちとのエピソードだ。阿川さんの筆を通して、困難な中にも希望をもって生きる皆さんの姿が光る。全編に阿川さんが添えた絵もとても魅力的。
「ちゃんと見守っていますよ」と連載でも伝えたいと思う
北國新聞(石川県)など地方紙に連載されたエッセイの1年ぶんが本になった。
北國新聞と隣の富山新聞で始まった連載で、好評につき全国12紙に掲載が増え、いまも続いている。日常のちょっとしたできごとをユーモラスに描くエッセイは大人気で、読者アンケートで好きな記事の1位に選ばれたこともあるらしい。
「掲載紙が増えているのを知らなくて、山口の友だちに『読んでるよ!』って言われて『そうなの?』ってびっくりしました。ありがたいことだと思います」
連載が始まったのが2023年10月で、翌年初めに能登地震が起きた。
「仕事仲間の女性が珠洲市出身で、『いまどこにいるの?』ってLINEしたら『避難してる最中です!』って返事がきました。自分に何ができるかわからないけど、彼女と相談して、4月に珠洲に行きました。せっかく石川県の新聞で連載しているんだから、ちゃんと見守っていますよというのは連載でも伝えたいと思いました」
ジャーナリストとして地震の被害を取材するというより、避難所を回っていると呼ばれて一緒に写真を撮ることになったり、公民館で餃子パーティーを開催して一緒に餃子を食べて話を聞いたり。公民館の前で地元の男性に「読んでますよ」と声をかけられたそうだ。
この時は避難所に一泊し、段ボールベッドで眠った。
「私のためにベッドを組み立ててくださって、手間をかけさせて申し訳ないと思ったし、凝固剤を使ってトイレを使うやり方を親切に教えてもらって、どっちが慰めに来たかわからない……みたいな気持ちになりました」
地震後の能登の様子は、北陸以外の他の地域の読者にも届けられている。
昨年10月には、ピアニストで作曲家の松本俊明さんと金沢でトークとライヴのイベントを開催し、その翌日、輪島に足を延ばした。
「能登の豪雨のあとだったんです。輪島では、『地震の被害を1としたら、大雨の被害は9』という話を聞きました。東京にいるとそんな意識なかったでしょ? 地震と火事のあと、何とかお店を再建したところに大雨ですべて流されて、という方の話も聞きました」
昼食をとりに入ったレストランの隣の席に、地元の人らしい2人の女性客がいた。何となく言葉をかわすうちに、阿川さんが「大変だったでしょう?」と言ったところ、相手の女性がポロポロ涙を流したそう。
「造り酒屋の若い女将さんで、『何ができる?』って聞いて、連絡先を交換しました。東京駅で能登の物産展をやることになり、トークをやってほしいというので、『行く行く!』って即答して、彼女たちとトークイベントをやりました。『能登は日本酒ですね』って私が言うと、造り酒屋の彼女は、『能登にはおいしい焼酎もあります』と言うんです。こんな時にも人の心配をするのかと思って。『能登はやさしや土までも』って言葉を地震のあとに知ったんですけど、本当に明るくて優しい人が多い印象です」
この本の印税はすべて、能登の被災地の復興のために寄付される。
タイトルの『だいたいしあわせ』は阿川さんがよく使う言葉で、人生のモットーだそう。
「要するに、きっちり何かをやろうという気がなくて、料理番組を見て、おいしそうだなと思っても、途中で『はい、だいたいわかった』って思っちゃう。いろんなところでそう言ってて、前に料理エッセイを出した時に、担当編集者君が『母の味、だいたい伝授』とつけてくれて。『いいタイトルじゃない?』と思っていたのが、今回の『だいたいしあわせ』の元ネタにあります」
表紙絵にもなった猫の「ダイタイ」など、味のある挿絵も阿川さん自身が描いている。
「この本の編集者と前に別の版元からエッセイ集を出した時に、なぜか私が絵を描いたんです。今回も『新聞連載だから挿絵も阿川さんが描きましょうよ』と言ってくれて、描くことになりました。子どものころ、チョークで落書きした延長みたいな気持ちで描いています」
担当編集者の小島岳彦さんによれば、イラストレーターの和田誠さんが、阿川さんの絵を褒めていたそうだ。挿絵には、小島さんがパソコンで色をつけていて、「猫の髭を描き忘れた!」と阿川さんが言うと、小島さんがパソコンで描き足したこともある。