サントリー会長を辞任した新浪剛史氏(時事通信フォト)
本人の弁によれば、自身が購入した商品も著名な方が自宅に送ってくれたが、家族が捨てて手元にはなく、飲用はしていない。商品は手荷物で持ち込まれ税関を通っているので適法であったと認定できる。なぜか著名な方が、福岡に住む弟経由で二度目を送ったようだが、それは自分が購入したものではなく手元にない、と説明した。送り主が分からない物は廃棄するのが家族との取り決めと述べたが、自らが預けた物で、著名な相手からの配送なら一言連絡すれば済むことだろう。わかったようなわからないような、すっきりしない物言いは、他の企業の不祥事には手厳しいコメントを連発する、日本でもトップクラスの有能な経営者らしからぬ説明だった。
質問を聞いている間は度々、下唇を突き出し苦い表情を浮かべるが、淡々と雄弁に答えていく。「なぜ購入してしまったのか」という質問では、「商品に書いている内容もちゃんと読んだ」「大丈夫だと思った」と答えただけでなく、「身体を面倒みてもらっている大変著名な方が大丈夫だといった」「ご自身も娘さんも飲んでいる」「いろんな方が飲んでいる」「いろんな方が飲んでいる事例がある」といったことを「聞き及び判断した次第」と説明した。
ここには2つのバイアスが隠れている。財界のトップの経営者でも、物事を判断する際、バイアスに左右されるようだ。1つ目は「権威バイアス」。地位や肩書ある人物、自分が信用している人物のいうことは正しいと信じてしまう心理傾向である。”大変有名な方、著名な方”という新浪氏の表現から、その人物に対して権威的なものを感じていることが伺える。
だが新浪氏は、著名な方に言われたことを無条件に信じはしなかった。会見でも「リファレンス、事例があると聞いた」と話したからだ。しかしこの事例の対象が誰か、どのような事例かまで、新浪氏は知らないと答えた。突き詰めて平たくいえば、あの人が言っている、この人も持っているから私もというレベルの話である。これが2つ目のバイアス、「バンドワゴン効果」という心理傾向だ。新浪氏も、信用していた権威のある人が勧める商品を多くの人が購入している。それなら自分もと購入し預けた。信じた結果、このような状況になってしまったということだろう。
サントリーでの10年間は「サントリーの文化が世界に根付く基礎を作った10年」と感慨深げに語ったが、その言葉に力はない。サントリーに傷がつく可能性あるのなら、「大好きなサントリーに傷がつく前に私が辞める」と遠い目をした。ここで、このような形で辞任するのは不本意だっただろう。だが飲料やサプリメントなどを製造販売するサントリーとして、トップがサプリメントで家宅捜査を受けるなど見過ごせない疑義であることを、よくわかっているのも新浪氏だろう。このタイミングで早々に会長を辞任させる、会長が辞任するという決定は、組織としての危機意識の強さと機能している危機管理体制を世間に示した。
ここでふと、疑義を持たれること自体、問題であり資質を欠くという言葉を、そのまま日本の議員らに当てはめてみたらどうなるのかと考えた。さていったいどれくらいの議員が辞任することになるのだろう。