『夫が「家で死ぬ」と決めた日 すい臓がんで「余命6か月」の夫を自宅で看取るまで』
動画を撮ればよかった
叶井氏と二人三脚で過ごした1年9か月を書籍『夫が「家で死ぬ」と決めた日 すい臓がんで「余命6か月」の夫を自宅で看取るまで』にまとめた倉田氏が改めて振り返る。
「家で死ぬという選択は大変でも怖くもありませんでした。寝たきりになった場合のシミュレーションもしたけど必要なく、痛みを抑える医療用麻薬も簡単に使えました。彼が食べたいものや欲しがるものをすぐ準備してあげられるのも在宅のメリットでした」
ただし在宅看取りはいいことばかりではなく、つらい面もあるという。
「病気で弱って段々と彼らしさがなくなるのを見るのはつらい。それまで乗れていた自転車に乗れず、転んでしまった時の彼の驚いた表情。あれは今も忘れられません。
前もって死の準備ができるから『がんでよかった』と言っていたけど、看取る家族はつらいことも多く、本当にがんがよかったのか、まだ答えが見つかりません」
希望通り自宅で看取ったものの、時間が経つにつれ、後悔も募る。
「一番思うのは、もっと動画を撮ればよかったということ。あるのは娘の動画ばかりで、娘の撮影をする際は夫に『邪魔だからどいて』と頼むような扱いでした(笑)他にも“ああすればよかった”と心残りがあります」
夫の死後、最も準備不足と不満を感じたのは「葬儀」と振り返る。
「私は何も決められず妹らに葬儀社の手配を頼みましたが、オプションが積み重なって最初の見積もりは780万円でした。さすがに値下げ交渉をしましたが、それでも500万円ほどかかった。夫は映画が仕事だったので参列者にポップコーンをふるまったら11万円。葬儀の予算は最初に決めておくべきと思いました」
人生の最期をどう迎えるかは個人の価値観に関わる。夫の死を経験した倉田氏は、「大切なのは本人の意思」と語る。
「最期をどうやって過ごすかは医師でも家族でもなく本人の問題です。在宅、病院、ホスピスなどありますが、周囲は本人の選択を最優先にしてあげてほしい。そのうえで、自宅で死にたい人には在宅緩和ケアという選択肢があることを多くの人に知ってもらいたいです」
悲しみと悔いは絶えない。だが夫の願いを叶えられたことは倉田氏の救いになっているという。
※週刊ポスト2025年10月10日号