特殊な性癖を連想させる『柿男』

 江戸から明治にかけて、八雲の作品以外にも官能的な怪談は多い。

 明治期に怪談作家として活躍した岡本綺堂の『近代異妖篇』にある『水鬼』は家出して芸妓に身を落とした女が、自分を誘惑して転落させた男を水死させる物語。実はその芸妓には大昔の遊女の霊が取り憑いており、その霊に操られるまま男を殺していたというオチがつく。

「遊女は基本的に『苦界十年』といわれる過酷な生活をしており、水揚げされるのはほんの一握りでほとんどは病気や衰弱で亡くなりました。なかでも移動の自由がなかった吉原は休日ですら遊女が大門の外に出られず、この世に恨みを持って当然でした。『水鬼』に直接的な性的描写はありませんが、女のすさまじい怨念が芸妓に取り憑き、男を次々に殺す恨みつらみに満ちています」(東氏)

 現代に名が轟く国民的文豪も官能的な怪談を執筆している。江戸文芸の影響を深く受けた怪奇趣味と特有のロマンティシズムで幻想文学の先駆者として評価される『高野聖』などを遺した泉鏡花だ。

 彼の作品『怪談女の輪』のあらすじはこうだ。

 塾生と教師家族が住む、何百年も前から建つ古い邸宅で、17歳の少年が塾で禁止されている小説をひっそりと読んでいた。

 すると障子の向こうでぱらぱらぱらぱら、と音がした。さらに数日後、悪寒がした少年が床に就いていると、枕元でぱたぱたぱたぱた、と音がした。頭を上げても誰も来ないが、しばらくするとしとしとしとしと、と音がして、耐えられず起き上がって広間に出て、恐る恐る振り返ると……。

《薄紅のぼやけた絹に搦まつて蒼白い女の脚ばかり歩いてきた》(岩波書店『鏡花全集 巻二十七』)

 恐怖のあまり駆け出した少年が別の部屋にたどり着くと、10畳ほどの一室に20人ほどの女がぐるりと輪になっていた。

 女たちは着物を着ている者、着物がはだけて乳房が丸見えの者、とその姿は様々だが、どれも美しい女ばかりだった。みな悲しげな顔でありながら、「この恨み、晴らさでおくべきか」といわんばかりの表情で、少年を恐怖におののかせた。

「“切り捨て御免”のその昔、侍は街ゆく好みの女を見かけたら強姦し、そのまま切り捨てていた。不憫な女性たちの恨みが、幽霊となり呪われた屋敷に現われ、死してようやく恨みを晴らせたのです」(東氏)

 数ある怪談のなかでもとりわけ怪奇的なのが、明治の民俗学者・佐々木喜善が記した『聴耳草紙』のなかの『柿男』だ。

 宮城県仙台市の二十人町に伝わる話で、昔々、家の井戸端にある柿の木に実る柿を食べたくてたまらない下女がいた。ある晩、ドンドンと戸を叩く音がして下女がこわごわ戸を開けると、背がとても高い真っ赤な色をした男が立っていた。

「串持ってこい」

 そう男が言うので串を持っていくと、男は宮城の方言で「俺の尻くじれ(掘れ)」と繰り返した。

 すると物語は唐突に終焉を迎える。

《下女が慄えながら男の尻をえぐると、今度は、なめろなめろと言って帰った。下女がその串をなめたらとても甘い柿の味がした》(筑摩書房『聴耳草紙』)

 この怪談は特殊な性癖を連想させると吉田氏は指摘する。

「柿男だけに限らず果物の精が大便を食べさせる(しかもそれが美味しい)昔話は全国に複数あります。熟して落ちる前に食べてほしいという気持ちが精霊化した、しかも男が女に食べさせる……というエロ的興味の文脈で言えば『食糞』でしょう。尻の味が甘いとは、クスリと笑えるエロバラエティでもあります」

 人間が持つ怨念や執念、満たされぬ性へのうらめしさが、怪談を官能的かつ怖いものにしている。

※週刊ポスト2025年10月31日号

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