自動ドアを閉鎖している建物
「発砲できない」という法的制約以外にも、自衛隊がクマの駆除に向いていない理由が2つあるという。
「1つは訓練の問題です。クマの駆除にはライフルを用いますが、自衛隊の訓練は目標を数百メートル離れた位置から狙うもので、至近距離で動物を狙う訓練はしていません。市街戦を想定した至近距離での射撃訓練は一部ありますが、街中でのテロリストなどを想定したもので、森と市街地を行き来するクマを狙うような訓練はやっていません」(同前)
2つ目が「装備」の問題だ。佐藤氏が続ける。
「自衛隊の小銃はクマを撃つ猟銃より貫通力が高いため、市街地などで外した場合に流れ弾が道路に跳ねるなどして民間人や建物などに被害が及ぶ危険があります。弾丸もフルメタルジャケットと呼ばれる完全被甲弾を使っており、命中後は貫通するためクマの動きを止めることができません。駆除のためには弾頭にキズをつけて引っ掛かるようにし、貫通せずクマの体内に残るようにしなければなりませんが、そのような弾を用意していないのです」
小泉進次郎・防衛相も会見などで「自衛隊は猟銃を使った訓練をしておらず、狩猟のノウハウも有していないため、鳥獣の駆除を担うのは困難」「自衛隊が協力し得るものから速やかに実行に移す」と述べており、自衛隊の能力がクマの駆除に向かないことを認識している。ただ、後方支援とはいえクマの出没エリアで活動する以上、自衛隊が任務中にクマと遭遇するケースは十分想定される。その場合、自衛隊員はどう対応するのか。
「小銃を持たないので、クマと遭遇した場合は一般の人と同じ対応を取るしかない。クマ撃退スプレーを使うか、伏せてかわすくらいでしょう。自衛隊員といえども、さすがに白兵戦でクマには敵いません」(佐藤氏)
危険なクマに対して自衛隊はほぼ“丸腰”で挑まなければならないということだ。そもそも、日本周辺の安全保障環境が緊張下にあるなか、国防任務にあてるべき自衛隊のリソースをクマの駆除に割くべきなのかという意見も少なくないが、前出・佐藤氏はこう言う。
「これだけ多数のクマが民家近くや市街地に出没する状況では、通常任務の負担にならない程度という条件で、自衛隊が都道府県からの要請によるクマ対策に当たってもいいと私は考えます」
後編記事【《クマ対策に出動しても「撃てない」自衛隊》唯一の可能性は凶暴化&大量出没した際の“超法規的措置”としての防御出動 「警察官がライフルで駆除」も始動へ】では、自衛隊がクマ対策として出動するにあたってクリアすべき制約について、さらには自衛隊が“撃てない”状況のなか、誰がクマ対策に出られるのか、などについて紹介する。
※週刊ポスト2025年11月21日号
