クマ捕獲用の箱わなを扱う自衛隊員の様子(陸上自衛隊秋田駐屯地提供)
クマによる死者を含む人身被害が相次ぐなか、ついに自衛隊の派遣が始まった。だが、クマ対策の“切り札”となる印象とは裏腹に、自衛隊には課される制約があまりに多い。今、求められるのは「誰がクマを殺す役割を担うのか」という問題に正面から向き合うことではないか。【前後編の前編】
陸上自衛隊の秋田駐屯地では、異例の“派遣”に向け、訓練が急ピッチで進められた。トラックにクマ捕獲用の「箱わな」が積まれ、周りをヘルメットと防弾チョッキを着けた陸自隊員が固める。ただ、隊員たちが手に構えているのは、銃ではなく「クマ撃退スプレー」だった。
「防衛省・自衛隊の力を借りなければ国民の命が守れない」と語った鈴木健太・秋田県知事の要請を受け、11月5日、県内でクマ対策のための自衛隊派遣が始まった。北海道・東北各県の中山間部や市街地を中心にクマの被害が相次ぐなか、秋田県内ではこれまで4人が死亡、60人近くが負傷する事態となっている。
冬眠期を前に、秋田市中心部でもクマが多数出没した。JR秋田駅から徒歩数分の千秋公園では10月下旬から目撃情報が相次ぎ、現在は公園内への立ち入りが制限されている。身近に迫るクマの脅威に、市民は怯えている。
「30年以上住んでいますが、こんなところにクマが出るなんて初めて聞きます。毎年楽しみにしている紅葉見物をしたくても、怖くて公園に行くことができません」(同市在住の70代女性)
そうしたなか、鹿角市や大館市など複数の自治体から要請を受けて陸自秋田駐屯地所属の部隊が出動したが、その任務はクマの駆除ではない。自治体職員・猟友会会員らが箱わなの設置や移動、エサの入れ替えや巡回などを行なう際の「後方支援」に留まる。
後方支援の内容は、箱わなの運搬と、わなの設置や見回りを担う猟友会の会員らの輸送、駆除されたクマの運搬や解体など。前述の通り、人的被害を避けるために隊員が持つ「武器」は、銃ではなくクマ撃退スプレーだ。元陸自1佐で前参院議員の佐藤正久氏が言う。
「自衛隊の銃器使用は憲法などで厳しく制限されているため、クマを探して、駆除のため撃つという武器使用はできない形になっています。そのため、今回の派遣は自衛隊法100条に定められた民生支援である『土木工事等の受託』による出動になりました。民生支援ではもちろん小銃は持ちませんから、クマの駆除のために撃つことはできないのです」
