『トランプの貿易戦争はなぜ失敗するのか それでも保護主義は常態化する』(リチャード・ボールドウィン・著 伊藤元重・監訳 笹田もと子・訳)
2026年は60年に一度の丙午。「火のエネルギーが躍動し、飛躍が期待できる年」とも言われるが……。高市発言に端を発する日中の関係悪化、深刻化する少子高齢化、課題山積の移民・難民問題、そして急激に普及する生成AIやSNS上でのフェイクニュース・誹謗中傷問題などなど、解決すべき数多の問題に、私たちはいかに対処すべきか。そのヒントとなる1冊を、本誌書評委員が推挙してくれた。
経済評論家の加谷珪一氏が選んだ「2026年の潮流を知るための“この1冊”」は『トランプの貿易戦争はなぜ失敗するのか それでも保護主義は常態化する』(リチャード・ボールドウィン・著 伊藤元重・監訳 笹田もと子・訳/日経BP、日本経済新聞出版/3080円)だ。
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米国第一主義を掲げるトランプ政権の誕生によって、各国は関税交渉に翻弄される羽目になった。日本側はタフな交渉を続けたことで、何とか15%の関税で収まったものの、国によってははるかに高い関税を課されたところもあり、世界経済は今も混乱が続く。
国内ではトランプ氏の強引なやり方について「思い付きで発言している」「メチャクチャな人物だ」「経済を分かっていない」など、人物像に着目した論説が多いが、そうではないというのが本書の趣旨である。
トランプ氏は確かに法外な要求をしているが、その背景には米国民が各国に対して抱く激しい不満がある。その不満を分かりやすく表現すれば「米国は市場を開放し、世界からモノを買っているのに、米国に輸出する国は感謝の言葉ひとつない」といったところだろうか。
確かに私たちは、米国が牛肉やコメを日本に輸出しようとするとそれを嫌がるが、日本車を米国で売ることは当然だと思っている。貿易相手国との関係が一方的だとする米国人の不満を背景としたトランプ氏の基本方針について、著者は「不満ドクトリン」と表現している。
この考え方が妥当なのかはともかく、これまで鷹揚だった米国人の振る舞いが大きく変わっていることだけは確かだ。さらに言えば、米国は食糧とエネルギーをすべて自給できる国であり、孤立しても生活を維持できてしまう。
経済学の教科書を参照するまでもなく、保護主義は世界経済に不利益しかもたらさない。だが著者は、仮にそうであったとしても、米国の一方的な通商政策は今後も継続すると予想する。トランプ氏さえいなくなれば、貿易が元に戻ると楽観的に考えている人には、米国の現実を知る格好の一冊となるだろう。時代にアップデートできていないのはむしろ我々かもしれないのだ。
※週刊ポスト2026年1月2・9日号
