死体遺棄・損壊の容疑がかかっている小原麗容疑者(店舗ホームページより。現在は削除済み)
対して、保管している場合は違う。被害者に対し強い執着や愛着があったり、被害者を自分の思うまましたい、支配下に置いておきたいという欲求や手放したくない、離れたくないという歪んだ愛情表現の場合もある。性的倒錯や性癖から遺体の一部を保管したという事件もある。家に遺体を放置している事件では、死んでいると信じていない、生き返ると信じて放置していたという、宗教がかったようなケースもある。
容疑者はどちらの意識が強かったのだろう。自分の産んだ子をそばに置いておきたかったというぐらい愛着があったなら、産んだばかりの我が子をカッターナイフでバラバラに損壊できるものだろうか。その子に愛情やつながりを感じていたのなら、なぜ胴体は捨てることができたのだろう。不可解な点が多くこれだけの情報では「了解不能」だ。了解不能とは大雑把にいえば、なぜそう思うのか、なぜそのようなことになるのか、その人の精神状態や行動や通常の経験や論理では理解できないことである。
周りの証言などから、容疑者は”店に住んでいた”といわれるような生活を送っていたといい、店では従業員同士、仲良くなることはなかったという。孤独感から自分の子をそばに置くことで、そんな孤独が少しでも和らいだのだろうか。だとしたら容疑者が遺体を置いていた冷蔵庫の冷凍室のドアを開け、遺体を見ることはあったのだろうか。世間では故人への愛情や愛着などから、家族や愛する人などの遺骨をそばに置いたり、その一部を肌身につけているようなケースもあるが、そのような心理とも違う気がする。
すでに削除されているが、紹介サイトでは”おっとり癒し系”と記載されていたという容疑者。バラバラにした我が子を自分が働く場の冷凍室におくことで、その心は癒されていたのだろうか。
犯行の動機は「赤ちゃんをそばにおいておきたかった」からだという(店舗ホームページより。現在は削除済み)
現場には献花も
待機所は現在、使われていないようだ(時事通信フォト)



