日本人はルーツを失いかけている
昭和の光と影をそのまま映したような4組の親子のあり様は時に壮絶だったり、滑稽だったりもし、私達が考える「戦中戦後の日本人像」を軽々と超えてくる。
「東京大空襲のことは一度ちゃんと書きたかったし、大連にも取材に行きました。最近の政治家は誰も満州の話をしたがらないけど、当時の人が大陸に夢を見たのは確かで、その夢ごとないことにされるなら触れないわけにいかないと思って。一方で満蒙開拓の名の下に500万人規模の棄民政策が行なわれ、他にも北朝鮮の帰国事業とか公害問題とか、酷いこともたくさんあったのが昭和で、そこは誰かが書いておかなきゃなって」
それほど昭和は遠くなりつつあると奥田氏は言う。
「今は平成元年生まれでも35、36でしょ。戦争は当然知らないし、現代日本人は下手するとルーツを見失いかけてるんじゃないかって。僕らの頃も現代史の授業はほぼなくて、張作霖爆殺は事変で朝鮮戦争は動乱とか、教科書が逃げていることも後々本を読んでわかった。実は今も三億円事件の小説を連載中で、司馬遼太郎さんは明治を書いたことだし、自分は昭和を書こうって。
これはある人に言われたんだけど、『奥田さんが昭和史を書くと、ポップになるね』って。そうか、オレが書くとポップなのかあって、実は結構、嬉しかった(笑)。説教臭いのは僕も嫌いだし、中学生がこの本を読んで、今は全部理解できなくても、あれはこういうことだったのかと、後々になってまた読み返したくなるような、そういう昭和史になっていればいいなあと思います」
曰く昭和史が教科書より実感をもってわかる小説。それ以前に、全ての自由と命を尊ぶ味方のような奥田作品は、小説として泣きたくなるほど面白いのだ!!
【プロフィール】
奥田英朗(おくだ・ひでお)/1959年岐阜県生まれ。広告プランナー、コピーライター等を経て、1997年『ウランバーナの森』で作家デビュー。2002年『邪魔』で大藪春彦賞、04年『空中ブランコ』で直木賞、2007年『家日和』で柴田錬三郎賞、2009年『オリンピックの身代金』で吉川英治文学賞。著書は他に『最悪』『東京物語』『マドンナ』『真夜中のマーチ』『サウスバウンド』『無理』『噂の女』『沈黙の町で』『ナオミとカナコ』『向田理髪店』『罪の轍』『コロナと潜水服』『リバー』等。172cm、70kg、B型。
構成/橋本紀子
※週刊ポスト2026年1月2・9日号