武藤が“キャラ変”したのは38歳だった
新日がつくりあげたスター・棚橋
――武藤さんから見て、新人時代の棚橋さんっていうのはどんな印象でしたか?
武藤 かわいい顔をして、いいボディをしていたな。考え方がストイックで、巡業中のハードスケジュールの合間を縫ってプロテインやサプリメントを決まった時間に飲んで、あの時代としては近代的な肉体づくりをしていたよ。トレーニングでも合理的な練習をしてたりさ。
――棚橋さん自身、新弟子時代から「自分以上に体づくりの知識を持ったレスラーはいない」って自負していたようです。
武藤 ただ、プロレスで必要とされるのは、棚橋が思っているような体だけじゃないからね。当時でいえば、同じくらいの時期に入ったKENSO(鈴木健三)のほうが体は大きかったし、レスラーとしてのビジュアルはよかったもん。
(中略)
――今、日本のプロレスとアメリカのプロレスに違いはほとんどなくなってきていますけど、棚橋選手が現代のプロレスを先取りしていた感はありますか?
武藤 いや、たぶん猪木さん、藤波さん、長州さん、あとは俺ら闘魂三銃士ぐらいまでは、それぞれ個性の強さでトップに上がっていったという部分があるんだよ。棚橋の場合、それ以降の新日本全体でつくり上げたスターなんだよな。そこがいちばん違うよ。
――なるほど。たしかに90年代までは、みんなで一人のスターの神輿を担ぐというより、みんなが足を引っ張り合いながら神輿の奪い合いをしていたというか(笑)。
武藤 そうそう。自分以外のヤツを神輿に乗らせたりしたら、「こんな会社、いつでも飛び出してやる!」ぐらいの気概があったからな。だから結局、みんな出ていったんだけど(笑)。
――ものの見事にみんな出ていって、自分で神輿つくっちゃいましたね(笑)。
武藤 最終的には猪木さんまで出ていってるんだからな。それ以降から、新日本を始め、日本のプロレスも変わったんだよ。会社が一丸となってスターを売り出すというね。そうやって生まれた最初のスターが棚橋じゃないかな。
取材・文 堀江ガンツ
(第2回に続く)
