国枝栄調教師はディープインパクトをどう見ていたのか(撮影:小倉雄一郎)
1978年に調教助手として競馬界に入り、1989年に調教師免許を取得。以来、アパパネ、アーモンドアイという2頭の牝馬三冠を育てた現役最多勝調教師・国枝栄氏が、2026年2月いっぱいで引退する。国枝調教師が華やかで波乱に満ちた48年の競馬人生を振り返りつつ、サラブレッドという動物の魅力を綴るコラム連載「人間万事塞翁が競馬」から、稀代の名馬・ディープインパクトの思い出についてお届けする。
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あけましておめでとうございます。
調教師生活もあと2か月ほどだが、退職するのが午年だというのは奇遇。生まれは未年だが、調教助手としてこの世界に入ったのも、調教師として開業したのも午年。そして日本競馬最大のスターといってもいいディープインパクトも実は午年の生まれだ。
デビュー前札幌競馬場に入厩してきた時に見たが、牡馬にしては小柄で、ただ歩いていてゼッケンをつけていなければそれほどすごい馬だとは分からない。ところが調教で走り出すと、バネがすごくてビュンビュン行ってしまう感じだった。
その後の活躍は周知のとおり。特に菊花賞、前半行きたがりながら、最後に突き放すレースぶりに驚嘆した。国枝厩舎の管理馬が彼と同じレースを走ったのは引退レースとなった有馬記念に、ウインジェネラーレが出て13着だった1回だけだが、種牡馬になってからは縁が深くなる。
ディープ産駒の記念すべき初勝利が国枝厩舎なのだ。2010年6月26日の福島新馬戦芝1200mのサイレントソニック。しかもこれだけでは終わらず、その翌日の芝1800m新馬戦でもヒラボクインパクトという馬がデビュー勝ち。ディープの子は現在まで2800以上勝っているそうだが、その1勝目と2勝目が国枝厩舎の管理馬。だから何だと言われればそれまでだが、ディープは私が調教師として初めて重賞を勝って以来ずっとお世話になっている金子真人オーナーの馬でもあるので、やはり特別な思いがある。
