カネやん一覧

【カネやん】に関するニュースを集めたページです。

佐々木朗希をロッテの大投手はどう見るか?(時事通信フォト)
佐々木朗希は「大投手・金田正一」を抜けるか? 村田兆治が語る「凄さと課題」
 4月10日のオリックス戦で史上16人目の完全試合を達成したロッテの佐々木朗希(20)。13連続三振の世界記録、19奪三振の日本タイ記録、20歳5か月という最年少記録……数々の勲章を同時に手にした佐々木に、かつてロッテの監督も務めた400勝投手の“カネやん”こと、故・金田正一さんを抜く可能性がある選手が出てきたと感嘆するOBは多い。 過去、完全試合を達成した15人の投手のひとりがカネやんだ。若いうちから活躍し、18歳で22勝を挙げて、その後は14年連続で20勝以上をマークした。ノーヒットノーラン(5四球)は18歳1か月で達成し、完全試合は24歳0か月。“打席に立てば三振、守ればエラー連発”と揶揄されていた国鉄での完全試合は評価が高い。一方、DH制で投手が打席に立たないパ・リーグで完全試合を達成した佐々木の快挙も遜色ない(DH制での完全試合達成は佐々木が2人目)。 果たして佐々木はカネやんを抜けるのか──。ロッテOBで愛弟子のひとりである村田兆治氏に、佐々木の凄さについて聞いた。佐々木は村田氏が持っていたロッテの球団記録である16奪三振も塗り替えている。「凄いピッチャーが出て来たね。これで彼の素質が改めてわかったよね」(村田氏・以下同) これだけの快挙を遂げても、まだ“素質”の段階ということか?「そりゃそうだよ。これで記録に残る選手になったのは間違いないが、今度は本当のエースになるために1年間ローテーションを守って最低15勝はしないといけない。チームを引っ張って、ゲームの流れを変えられるようなピッチャーにならないといけない。これからは記憶に残る選手になることも意識しなければね。 過去に完全試合を達成したピッチャーは15人いるが、通算で200勝以上したのは藤本英雄さんとカネさんだけ。カネさんが凄いのは14年連続で20勝以上を続けていること。佐々木は下半身の課題を克服した。腕の可動域も大きく、安定した素晴らしいフォームだと思う。ただ、それをどうやって維持していくか。そのためにはしっかり睡眠をとって、体をケアしなければいけない。稲尾(和久)さんは14年間に304試合で先発している。時代が違うという単純な話ではなく、稲尾さんは体調を維持するために苦労したそうです。1年投げたら、次の1年と先を見据えた野球をしてもらいたい。それぐらい素質があるピッチャーだと思う」 佐々木が素晴らしいのは足を高く上げるフォームだと村田氏は言う。「上半身の力を抜くことができれば足を上げた時に壁ができる。その壁を同じ位置に作るのが難しいのよ。スライダーを投げようとしたら腕が下がるし、下半身が弱ければ左足が開いて腕だけで投げてしまう。勝ち星を挙げているピッチャーはシーズンを通して同じフォームで投げている。200勝するような投手は長く同じフォームで投げている。それでもだんだん足が上がらなくなり、肘が下がる。それで体が早く開くようになり、勝てなくなって引退するわけですよ」「サンデー兆治」の後継者としての「サンデー朗希」についてはこう語る。「オレは肘のケガをしてから1週間に1度の登板になっただけで、その時は36歳だったんだよ。若い頃は中3日で完投して、翌日にリリーフだからね。これは過去のこととしても、佐々木はローテーションを1年間守り、結果を残すために体のケアをすること。ファンのため、チームのためではなく、今は自分のためにやる。そうすればおのずとエースとして頼られる存在になると思う。結果的にファンが喜ぶわけですよ。完全試合はすごい記録だと思うが、勝負はこれから。カネさんのように、マウンドに立つだけで相手に勝てないと思わせるようなピッチャーになってもらいたいね」 カネやんは1試合16奪三振、7者連続三振が最高だが、「3者連続3球三振」という驚異的な記録も持つ。佐々木は400勝、4490奪三振の大記録を追いかけていくことになる。 生前のカネやんは『週刊ポスト』のインタビューで、体づくりを優先して高校時代にあまり登板していなかった佐々木について、「ケガを恐れてはいけない」「ケガをして学ぶことも多い」と苦言を呈していたが、一方で「懐の深い投球フォーム」をベタ褒めしていた(2019年8月16・23日号)。カネやんは今後の課題として「割りばしの(ように細い)体の改善」を挙げていたが、佐々木は完全試合という結果を示してそれも乗り越えた。新たな大投手の伝説がいよいよ幕を開けた。■金田正一さんの秘蔵写真が満載。ジャイアント馬場にキックを見舞うシーンも ■写真/山崎力夫、太田真三 写真提供/金田正一
2022.04.13 19:00
NEWSポストセブン
2019年重大ニュース【スポーツ】大関の母が「美人すぎる」
2019年重大ニュース【スポーツ】大関の母が「美人すぎる」
 2019年も『NEWSポストセブン』では数多くの記事を紹介し続けてきた。その中から編集部が、ネットで反響の大きかった記事を中心に、巷の重大ニュースとは、ひと味違う2019年の「重大ニュース」を厳選した(2018年12月~2019年11月末の記事が対象)。ここでは【スポーツ】編ベスト10を紹介。トップ3の記事については、ネットニュース編集者の中川淳一郎氏が解説する。(以下「」内は中川氏のコメント)●スポーツ編1~3位【1位】■相撲界で「美人すぎる」と話題、「貴景勝の母でございます」(7月)「貴景勝が幕内優勝した時、『あの和服の美女は誰だ!?』的に話題となりましたが、まさかのグラビア登場ですよ! 話し方も美しいですし、これは今年のスポーツ界No.1の話題に実に相応しい! あっぱれだ!」【2位】■検証 松木安太郎氏「いいボールだ!」は本当にいいボールか?(2月)「この記事を書いたライターの岡野誠氏は“松木安太郎研究家”として活躍していますが、この記事が掲載された後、ツイッターのトレンドには“松木安太郎研究家”が入るほどでした。『オレもこんな仕事をしたい』といった声も出ていましたが、岡野氏は“生島ヒロシ研究家”や“野球名鑑研究家”、“田原俊彦研究家”でもあります。田原俊彦については著書まであるほどすごい方なんですよ~」【3位】■俊足巧打の愛子さま ソフトボール大会で安打重ね打点も記録(6月)「これを“スポーツ”カテゴリーに入れてもいいのやら、と悩みましたが、愛子さまの運動能力の高さは、過去に徒競走などでもいかんなく発揮されたという事実もあります。読者の皆様におかれましても、この件については純粋にお喜びなられたので今回3位に選出です」●以下、4~10位■追悼・金田正一氏 「歴代最高投手」に選ばれカネやん節炸裂(10月)■ラグビー・松尾雄治氏、練習試合へ45km走ってボロ負けの過去(10月)■清原和博氏11年ぶりフルスイング撮、男児が「音、スゲー!」(8月)■池江璃花子、日大水泳部集合写真に笑顔で登場する回復ぶり(5月)■年俸4億円の阪神・鳥谷「退団→収入減」で来季納税は大丈夫か(9月)■花田優一、ホテル密談でまくしたてた父・貴乃花への批判(1月)■反社勢力とゴルフコンペしたプロ「刺青専用の風呂場あった」(6月)
2019.12.24 16:00
NEWSポストセブン
【追悼2019】金田正一さんや内田裕也さんら歴史を刻んだ人々
【追悼2019】金田正一さんや内田裕也さんら歴史を刻んだ人々
 令和という新たな時代の始まりとなった2019年。今年も多くの人が永遠の眠りについた。政治家、スポーツ選手、ミュージシャンなど、多くの人の記憶に残る人たちだった。(男性編)■中曽根康弘(元首相、享年101) 1947年、衆院議員に初当選。1982年、第71代内閣総理大臣に就任。在職中に国鉄、電電公社、専売公社を民営化。1997年、大勲位菊花大綬章を受章。11月29日死去。■金田正一(元プロ野球選手、享年86) カネやんの愛称で親しまれた前人未踏の400勝投手。1951年から14年連続20勝を記録。1955年には来日したヤンキースのミッキー・マントルから3三振を奪う快投。1965年に巨人に移籍、1969年通算400勝を達成し引退。1974年にはロッテ監督で日本一に。10月6日死去。■萩原健一(歌手・俳優、享年68) ザ・テンプターズのボーカルとしてGSブームを牽引。ドラマ『太陽にほえろ!』『傷だらけの天使』で俳優としても人気に。3月26日消化管間質腫瘍により永眠。■内田裕也(ロック歌手・俳優、享年79) 1966年のビートルズ来日公演では特別編成のバンドで前座を務め、「ザ・タイガース」生みの親だった。昨年9月15日に没した妻・樹木希林を追うように3月17日肺炎で永眠。■堺屋太一(作家、享年83) 1976年、小説『団塊の世代』がベストセラーに。1998年から約2年間、小渕恵三内閣で民間人閣僚として経済企画庁長官を務めた。2月8日多臓器不全で死去。■ケーシー高峰(漫談家、享年85) 日本大学医学部に入学するも、芸能活動の夢捨てがたく芸術学部に転部。1960年代後半から下ネタを取り入れたお色気医事漫談で人気に。4月8日肺気腫で没した。■高島忠夫(俳優・司会者、享年88) 日本一の仲良し芸能一家の大黒柱が静かに旅立った。『ごちそうさま』『クイズ・ドレミファドン!』『アメリカ横断ウルトラクイズ』などで司会を務め、「イェーイ」の決め台詞でお茶の間を盛り上げた。晩年は闘病生活が長く続き、6月26日老衰で永眠。■和田誠(イラストレーター・ 映画監督、享年83) たばこ「ハイライト」のデザインで一躍人気イラストレーターに。その後監督した映画『麻雀放浪記』『快盗ルビイ』が大ヒット。妻は料理愛好家・シャンソン歌手の平野レミ。10月7日肺炎で死去。■安部譲二(作家、享年82) 名門麻布に入学、英国留学、暴力団組員、JAL客室乗務員などを経て、1986年刑務所での実体験を描いた小説『塀の中の懲りない面々』がベストセラーに。9月2日急性肺炎で死去。■竹村健一(評論家、享年89) パイプを片手に鋭い視点で世相を斬り、「デリーシャス」などの流行語も生んだ。口癖は「だいたいやねぇ」。著書は数百冊にのぼる。7月8日多臓器不全で死去。※週刊ポスト2019年12月20・27日号
2019.12.14 07:00
週刊ポスト
身長156cm 金田正一氏も一目置いたプロ野球史上最小兵選手
身長156cm 金田正一氏も一目置いたプロ野球史上最小兵選手
 5尺2寸(156cm)の小さな体で、巨漢のベーブ・ルースに立ち向かっていった──。昭和9年の日米野球では32歳ながら、17歳の沢村栄治を凌ぐチーム最多の7試合に登板。無尽蔵のスタミナを見せて観衆を驚かせたのが、プロ野球史上“最小兵選手”浜崎真二だった。「緩急をつけたり、相手打者との間を外したりするなどして、いかにボールを速く見せるかを考える頭脳派で、バネを生かした躍動感溢れる投球フォームだったそうです」(巨人時代に指導を受けた中村稔氏) 明治34年、広島県生まれの浜崎は大正11年の第8回全国中等学校優勝野球大会(夏の甲子園)で準優勝投手になる。その後慶應大学に進学し、大正14年の復活早慶戦で先発するなど主戦を張った。卒業後、日本の租借地である大連に渡り、大連満州倶楽部に入った。「満州では、3人の若手選手が住む家を見つけられるまで自宅に下宿させていました。チームの選手たちを大勢呼んでバーベキューをするなど面倒見のいい人でした」(次女の貞子さん) 終戦後の昭和22年、日本へ引き揚げた浜崎は45歳で阪急に選手兼総監督として、プロ野球史上最年長の入団を果たす。この年には、同じ身長だった弟の忠治も中部日本でプレーしている。 浜崎の出場試合や勝利投手の最年長記録は5年前に山本昌(中日)に抜かれたが、現在も48歳9か月での安打、48歳4か月での打点、45歳10か月での盗塁などの最年長記録は保持している。◆カネやんも一目置いた 昭和28年、167cmで立命館大1年の吉田義男が阪神に入団。昭和25年に現役を引退した後も、阪急の監督を務めていた浜崎が高校時代の吉田を「こまいヤツはいらん」と獲得を見送ったと言われていたが、のちに吉田自身が「自分から、小柄なので自信がないと断わった」と否定。そんな噂がまかり通ったのは、浜崎が毒舌で鳴らしていたことも無縁ではなかった。 昭和35年、巨人の投手コーチに就任した際には、オーナーの正力松太郎から麻雀禁止令を出されると、「正力に会わせろ」と言い放ったという逸話まである。「実際は物腰の柔らかい人で、選手から“おじいちゃん”と慕われていました。ナイターのある日の午前中、水原茂監督とおじいちゃん、堀本(律雄)でよく麻雀をしました(笑い)」(中村氏) 日本人男性の平均寿命が67.21歳だった昭和38年、61歳で国鉄の監督に就任。主軸を任されていた徳武定祐氏が語る。「あの金田正一さんも一目を置いていました。おしゃれで品が良く、威厳のある人。試合後、風呂で一緒になると、タオルで股間を隠さずに堂々と歩いていたことをよく覚えています」 この年限りで指導者としても身を引いた浜崎は昭和40年代後半、銀座で宝石商に従事する。その頃、戦後生まれの小兵が球界を賑わせる。“小さな大打者”と呼ばれた168cmの若松勉(ヤクルト)は2年目の昭和47年に首位打者を獲得。浜崎が野球殿堂入りを果たした昭和53年にはチームを初の日本一に導き、MVPに輝いた。169cmの福本豊(阪急)は昭和45年から13年連続盗塁王に。その記録をストップしたのは、浜崎が逝去した昭和56年に入団した166cmの大石大二郎(近鉄)だった。 どの時代も小兵はプロ野球を盛り上げてきた。しかし、浜崎を超える鉄人は今後も現われそうにない。※週刊ポスト2019年12月13日号
2019.12.05 11:00
週刊ポスト
プロ野球“銭闘”の歴史を切り開いたのは金田正一氏
プロ野球“銭闘”の歴史を切り開いたのは金田正一氏
 令和初のプロ野球契約更改で「保留第一号」となったのは、中日の中継ぎ投手・祖父江大輔(32)だった。3年間で130試合に登板した貢献度をアピールした祖父江に対し、球団は「評価するが(査定の)ポイントにはない」と主張。意見の食い違いは大きかったが、それでも2度目の交渉で当初の提示額から100万円増の年俸3500万円を勝ち取った。 こうして選手と球団が歩み寄るケースもあれば、交渉が難航し、球史に残るドロ沼劇に発展したこともあった。 1956年に阪急に入団した350勝投手・米田哲也は「我々の時代はそもそも球団と交渉の余地がなかった」と振り返る。「大卒の初任給を歌ったフランク永井の“1万3800円”が流行した昭和30年代、僕の初任給は月給3万円でした。1年目に9勝すると、オフの交渉で9万円になり、21勝をあげた2年目オフには18万円、23勝の3年目オフには20万円と上がっていった。 だけど、その先がなかなか上がらない。“40勝も50勝もできるわけじゃないんだから、もっと上げてほしい”と球団に言うと、“客が入らんからな……”の一点張り。そう言われてしまうと反論できなかった」 1949年に中日に入団した杉下茂も「交渉なんてなかった」と語る。「球団代表にすべて任せていた。戦後間もなくだったから、野球ができるだけで幸せだったからね。あとで聞くと、“サラリーマンの生涯賃金を10年で稼げる”という基準だったと説明を受けました」 そんな時代ながら、自ら賃上げ交渉していたのが、400勝投手の金田正一(1950年に国鉄に入団)だった。かつて、本誌記者にこう明かしていた。「ワシの初年度の月給は2万5000円。1年目のオフはまだ未成年だったから監督が更改に同席したが、翌年からは他人に任せたらダメだと自分で交渉したもんじゃ。 参考にしたのは麻雀だった。役がつくたびに点数が倍々と上がっていく。だから年俸も倍々ゲームで交渉した。結果を残せば倍になると思ったら頑張れたよ。交渉では“成績を残したから上げろ”ではなく“来季はこれだけ勝つから前払いしてくれ”と要求した。ワシは食べ物や体のケアに金をかけたので、毎月のように給料の前借りをしていた。球団の提示額と選手の希望額の中間で決まると何となく分かってからは、できるだけ高い金額をふっかけていたよ」“銭闘”の歴史を切り拓いた“元祖”はカネやんだったのである。(文中敬称略)※週刊ポスト2019年12月6日号
2019.11.25 16:00
週刊ポスト
愛弟子が大役を果たした
恩師・金田正一さんに捧げた 村田兆治氏の「弔辞」独占掲載
 史上唯一の400勝投手にして、本誌・週刊ポストの「誌上総監督」だった金田正一氏が、86歳で亡くなった。その葬儀・告別式で弔辞を読み上げたのは、週刊ポスト記事で“指名”を受けていた愛弟子だった──。 台風19号が東日本を直撃した10月12日に営まれた金田氏の通夜には、近親者に加え、週刊ポスト記者を含む友人・関係者20人ほどが参列。翌日の葬儀・告別式には、張本勲氏、堀内恒夫氏、谷沢健一氏、桑田真澄氏ら約200人が姿を見せた。ソフトバンク球団会長を務める王貞治氏は、同日にCSの西武戦があったため、早朝にお別れに訪れた。 そうしたなかで弔辞を読んだのが、ロッテ時代の教え子の村田兆治氏だった。この人選は、週刊ポスト特集〈葬式ではあの人に弔辞を読んでほしい〉(2018年5月4・11日号)で、金田氏が“指名”していたものだ。◆お前、いいピッチャーになるぞ 記事のなかで金田氏は、V9巨人の“同僚”であるON(王貞治、長嶋茂雄)よりも、〈監督時代にすべてをぶつけた村田兆治だよ。ワシのもとで兆治のマサカリ投法が完成し、日本一にもなった〉と語っていた。 取材時、金田氏は“兆治が弔辞。面白い!”と笑いながら話していたが、喪主を務めた長男・賢一氏は、「故人の遺志」として村田氏に依頼したという。 葬儀・告別式の直前には、「ポストのおかげでマウンドに上がるより緊張しているよ」と苦笑いしていた村田氏だが、原稿は用意せず、祭壇の遺影を見つめながら、別れの言葉を切り出した。「私が座右の銘にしている“人生先発完投”。それを実践できているのは、金田さんに育ててもらったからです。人は誰でも人生という大切なマウンドに立っています。簡単に降板するわけにはいかない。それができるのも、プロ2年目の指宿(いぶすき)キャンプのブルペンで、雲の上の上の金田正一さんから“お前、いいピッチャーになるぞ”という言葉をいただいたから。背中を押されました。金田さんの眼力で私の人生が変わった」 そして、「その金田さんが1年ほど前の記事で“(弔辞を読む時は)風邪引いてこいよ”と書かれていた」と続けた。前述の本誌記事で金田氏は、歌手・春日八郎氏(1991年没)の葬儀で弔辞を読んだ経験を振り返り、〈たまたま風邪を引いていて、途中で鼻をすすったら、有名な作曲家の先生たちが“あの金田が泣いてるぞ”と揃って感動してくれた〉〈兆治がワシの葬式に合わせて、風邪を引いてくれればいいんじゃが〉と結んでいた。村田氏の言葉は、それを受けてのものだ。「でも、今日は泣かない。泣かずに、“マサカリ投法”を完成できたことへの感謝を伝えます。私も文句をたくさん言いましたが、体の柔軟性、自己管理、睡眠など、節制することを金田さんが自分でやってみせて説明してくれた。そうして先発完投できるように成長させていただきました」 師弟として苦楽を共にしたエピソードへ続く。「勝てない時期にこんなこともありました。川崎球場で、4回3分の2という、あと1人で勝利投手の権利となるところで、マウンドにやってきた金田さんが交代しろという。私が、“(続投して)負けたらカネはいらない”と抵抗したら、金田さんは、“勝手にしろ”と投げさせてくれた。それで抑えて勝ち投手になると、金田さんは私を抱きしめながら、“あの後で投げた1球1球、それが一球入魂ということだ。覚えておけ”と。改めて、大切なことを教えてもらいました」 野球界のために尽力した金田氏の功績へと話は移る。「イベントを立ち上げ、小さな子供を抱き上げ、野球を通して育てていく。記録だけでなく、いろんなことを残してくれました。それを次の世代に伝えることが恩返しだと思っています。 金田さんが400勝しています。(実弟の)留広さんや(おいの)金石(昭人)さんも含めて金田一族で600勝。これを1000勝にしてもらいたい。一族に遺志を継げる野球少年がいるなら、私が金田さんから受けた教えを、愛情を持って伝えたいと思っています」 そして、こう結んだ。「金田さん、私はすぐにはそちらに参りません。でもそのうち行くことになると思います。その時は“兆治来たか”と迎えてください」◆口は悪いが、嘘はつかない 葬儀の後、改めて村田氏に胸中を聞いた。生前の“指名”については、「急なことで風邪も引けなかったね」と苦笑しながら、「光栄なことですよ」と続ける。「金田さんは、口は悪いが嘘をつかない。怒鳴るけど、フォローを忘れない。だから信用できる人だった。その金田さんから理解されていたと思うと嬉しかった。でも、こんなに早く別れがやってくるとはね……」 離島での少年野球教室がライフワークの村田氏は、「野球を通じた人材育成をやってきたのが金田さん。それを引き継いでいくつもりです」と語った。“カネやん”の志は、脈々と受け継がれていく。●写真提供/カネダ企画※週刊ポスト2019年11月1日号
2019.10.22 11:00
週刊ポスト
原監督との1枚
金田正一さん、400勝は一度も自慢せず298敗365完投誇った
 プロ野球の国鉄、巨人で前人未到の400勝を挙げ、本誌・週刊ポストの「誌上総監督」としてご活躍いただいた金田正一さんが、10月6日に逝去されました(享年86)。その死を悼み、カネやん担当30年の記者・鵜飼克郎氏が、感謝の言葉を綴る。 * * *「他人様から言われなくても、わかっとる。大きなお世話だよ。ワッハハハ」 今年の夏、プロ野球史上最高の選手を選ぶ企画で金田さんが堂々の1位になったことを伝えると、こんな答えが返ってきた。そして、少し遅れて照れ笑いを浮かべた。 不世出の400勝投手。だが私は金田さんの現役時代を知らない。漫画『巨人の星』で星飛雄馬に大リーグボールを編み出すよう進言した人、というイメージだった。ただそんな私にも、金田さんが400勝を自慢したことは一度もない。誇るのは決まって、298敗と365完投だった。「巨人に打ちのめされ、マウンドに崩れ落ちるワシの姿を見るために、ファンは球場に足を運ぶんだ。(貧打の)国鉄は相手を0点に抑えないと勝てない。だからワシが投げるしかない。マウンドにグローブを叩きつけ、ベンチで椅子を蹴り上げるなど、悪役に徹しながら最後まで投げたよ」 と、任されたマウンドを最後まで守ることに誇りを持っていた。とにかく全てが豪快だった。スピードガンのない時代に何キロ出ていたか聞くと「180キロは出ていた」と答え、私が戸惑う様子を見るとこう続けた。「国鉄時代、地方球場での阪神戦。ワシが投げるたびに阪神の選手が首を傾げていた。そのうちタイムがかかり、審判がバッテリー間の距離をメジャーで測り始めた。球があんまり速いから距離が短いのではと疑ってきたんだ。それぐらいワシの球は速かった」 金田さんは週刊ポストでは王貞治氏、長嶋茂雄氏との「ONK座談会」を筆頭に、話題の美女をゲストに秘話を聞き出す「美女対談」やグラビア撮影にも挑戦。「週刊ポストのせいで殿堂入りが10年遅れた」とボヤいていたが、明るいキャラクターは「カネやん」の愛称で誰からも愛された。テレビ番組でジャイアント馬場と戦ったり、横綱・輪島と土俵入りをしたり。ロッテ監督時代の“カネやんダンス”、日本テレビでの巨人贔屓の野球解説も、すべては野球人気を高めるためのパフォーマンスだった。 金田さんが一度だけ「大リーグで投げてみたかった」と漏らしたことがある。日本人がメジャーで活躍を始めた頃だ。1955年の日米野球でミッキー・マントルから3打席連続三振を奪ったことがあり、「大リーグでも通用した」と話していた。時代が時代なら、本当に海を渡って大活躍していたかもしれない。 記録にも記憶にも残る野球人・金田正一さんに、心よりご冥福をお祈り申し上げます。●文/鵜飼克郎※週刊ポスト2019年11月1日号
2019.10.21 07:00
週刊ポスト
ジャイアント馬場に16文(?)キックを見舞うカネやん
金田正一さんの秘蔵写真、G馬場にキックや長嶋氏と寸劇等12点
 プロ野球の国鉄、巨人で前人未到の400勝を挙げ、本誌・週刊ポストの「誌上総監督」としてご活躍いただいた金田正一さんが、10月6日に逝去されました(享年86)。その死を悼み、『週刊ポスト』が撮影してきた名場面を、生前金田さんからお預かりしていた秘蔵写真とともに、往年のその姿をお届けします。■写真/山崎力夫、太田真三 写真提供/金田正一※週刊ポスト2019年11月1日号
2019.10.21 07:00
週刊ポスト
30年取材してきた記者の見た「野球人・カネやん」の魅力
30年取材してきた記者の見た「野球人・カネやん」の魅力
 プロ野球の国鉄、巨人で活躍し、史上唯一の400勝投手である金田正一氏は、現役を退いてからも『週刊ポスト』で長く「誌上総監督」として数々の名物企画を世に送り出してきた。現役時代の実績だけでなく、その強烈なキャラクターと温かい人柄で多くのファンに愛された。ロッテ監督を退任後、約30年にわたって金田氏を取材してきた週刊ポスト記者が間近で見た、金田氏の魅力とは──。 * * * 金田さんから最後に連絡があったのは今年7月末。「死ぬかと思ったよ」という心筋梗塞の手術を無事に終えた報告だった。「ワシは心臓には自信があって、これまで一度も心臓で病院にかかったことがない。もちろん胸が痛いなどの予兆もなかった。体のケアには自信があったが、やはり86歳だからのぉ。もう少し運動をすればいいが、膝も痛い。今年の暑さも堪えた。(週刊)ポストの読者も高齢者が多いだろうから、記事で扱ってみたらどうだ」 そのアドバイスに従い、金田さんの体験談を交えた「真夏の心筋梗塞」という記事を掲載した(『週刊ポスト』8月30日号)。記事が出た頃、金田さんは腹痛を訴えて再び入院。その後はICUで治療を続けていたようで、金田さんから電話がかかってくることはなかった。 金田さんに向かって“金田さん”とか“カネさん”と呼ぶことはない。敬意を払って“監督”と呼ぶ。金田さんが電話をかけてくるときは「長嶋さんじゃ」とお決まりのネタから始まる。そして、世の中で起こった気になる出来事に対して“カネやん節”が炸裂する。 今年はその頻度が高かったが、常に野球界のことを気にかけていた。心筋梗塞のことを話していても、話はこんなふうに展開する。「命拾いをしたのだから、これを糧にしてもう一度自分の生活を見直そうと思っている。病室で大船渡の佐々木朗希君のことを見ていたが、ケガを恐れて投げないというのはどうかと思う。ワシは自己管理する中で故障と向き合いながら成績を残してきた。今回のワシもそうだが、ケガをして学ぶことも少なくない。一病息災という言葉もあるだろう。86年間も生きてきたワシがいうんだから間違いないよ」 プロ野球選手が写真週刊誌に女性との夜遊びが掲載され問題になると、「英雄色を好むというが、聖人君子では野球はできん。色も人を生かすことがある」とかばい、「ワシはオンナに腕枕をするときも左腕を絶対に使わなかったし、常に登板日も意識していた。一流選手には夜もローテーションがあるんじゃ」とプロ魂を見せる一方で、下ネタで笑わすことも忘れなかった。 最近は制球難で苦しんでいる阪神の藤浪晋太郎投手のことが気になっていたようで、春季キャンプ中に金田さんの希望でインタビューを申し込んだが、スケジュールの都合で実現しなかった。巨人の原辰徳監督のことを“たっちゃん”と呼び、巨人が何連敗しようと「黙ってペナントが終わるまで見てろ。巨人を叩くんじゃないぞ」と見守った。 オフの恒例だった長嶋茂雄さん、王貞治さんとの『ONK対談』。フグ料理を食べながらの取材だが、ONが現役監督だった時代は店の前に両チームの番記者が集まり過ぎて警官が出動したこともあった。店の中では山盛りの湯引きを食べる金田さん、てっさをお茶漬けのように掻っ込む長嶋さん、ひれ酒がどんどん進む王さんと嗜好がバラバラの3人だが、金田さんの軽妙な司会で同席したマネージャーが固まるような本音が飛び出す。 キャンプ地へ取材に訪れれば、空港に到着した時点でファンに囲まれる。ここでも「長嶋さんです」のギャグで始まり、丁寧にサインや記念写真に応じる。しかし、球場に足を一歩踏み入れると「主役は選手」とサインには応じなかった。裸足でスリッパの選手を目にすると「なんじゃその格好は」と注意し、首にネックレスを付けた選手を見つけると「プレーの邪魔にならんのかな」と呆れていた。プロフェッショナルとしての自覚を誰より持つ金田さんからすれば信じられない光景に映っていた。 現役時代からトレーニング法に加え、食生活にも気を使った金田さんだが、それは晩年になっても徹底していた。キャンプ地の取材でも、朝の食事、出発、昼食、夕食の時刻はもちろん、店や食べるメニューまで決まっていた。「快食、快眠、快便が健康の秘訣」が口癖だった金田さんは、球場に向かうタクシーの中で「クソはたれたか」と必ず聞いてきた。 金田さんの周囲はいつも笑いが絶えなかったが、自身の経験をもとにした鉄板ネタをいくつも持っていた。「サイレンを2回鳴らしたことがある」というのもそのひとつ。「夕張での試合で、プレイボールのサイレンが大きな音で “ウ~”と鳴って、ワシが1番バッターの金田正泰さん(元・阪神)に第1球を投げると頭にガンと当たってしまった。すぐに救急車が“ウ~”とサイレンを鳴らして走ってきた。1イニングにサイレンを2度も鳴らしたのはワシだけじゃ」と爆笑をさらう。“カネやん流”はグラウンドだけでなく、ゴルフ場でも変わらなかった。朝イチのショットでOBやミスショットを打つと、「モーニングサービスじゃ」とやり直すのが定番だった。 たばこは野球選手にとって百害あって一利なしという金田さん。球場の喫煙所でたばこを吸う選手やコーチに注意していることは関係者の間でよく知られているが、一般の飲食店でも同じことが繰り広げられる。たばこを吸っているお客さんがいると「今からこの店は禁煙」と宣言すると、誰もが黙って従う。このような“カネやん”ならではの光景を幾度となく目にしてきた。記録にも記憶にも残る野球人・金田正一。 ご冥福を心よりお祈り申し上げます。■文/鵜飼克郎
2019.10.08 16:00
NEWSポストセブン
今年2月、週刊ポスト誌上の対談で原辰徳監督とツーショット
追悼・金田正一氏 「歴代最高投手」に選ばれカネやん節炸裂
 プロ野球の国鉄、巨人で活躍した金田正一氏の訃報は、野球ファンに衝撃を与えた。「カネやん」のニックネームで愛された金田氏は、史上唯一の「400勝」など数々の伝説を残してきたが、一線を退いてからも本誌『週刊ポスト』で「誌上総監督」として数々の切れ味鋭いコメントを残してきた。 今年に入ってからも、レジェンドOBたちが互いを選んで投票した結果をまとめた『プロ野球史上最高の選手は誰だ?』(宝島新書)で投手1位に輝いたことを受け、金田氏は豪快に笑いながらこう話していた(『週刊ポスト』2019年8月16・23日号)。「他人様から史上最高の選手とか言われなくても、自分でわかっとる。大きなお世話だよ。ワッハハハ。悪いがワシを(投票結果で10位タイだった)大谷翔平(エンゼルス)と一緒にするんじゃない。大谷の非凡さ、素質は認めるが、まだまだこれから。あれだけ足が長いと重心が高くなって大変じゃ。大谷は投げた時に首が傾くクセがあるが、下半身で投げていない証拠。もっと下半身を鍛えてタメができる投手になっていかなければいけない。 野球人として一流か一流でないかは現役を終えてみないと分からない。それがワシの考え。ワシと比べちゃいかんというのは、そういうことじゃよ。大谷を凌ぐといわれている佐々木朗希(大船渡高校)は背も高いし、腕も長い。懐が大きく理想的なフォームじゃが、プロに入って“割りばし(細い体格)”でやっていけるかだな」 今季のプロ野球では6月にヤクルトがセ・リーグ最多タイの16連敗を喫し、パ・リーグ首位だった楽天が10連敗、さらにリーグ4連覇を目指す広島が11連敗という「大型連敗」が続いたことを受けた際には、金田氏はこうコメントしていた(同8月2日号)。「ワシが現役時代の国鉄はとにかく弱かったが連敗はしなかった。なぜか? ワシがいたからだよ」 その上で、金田氏はロッテ監督時代の1978年、当時の球団記録となる15連敗を経験した当時のことをこう振り返っていた。「不思議なもので連敗する時は何をやってもダメなんじゃ。ワシのような強いピッチャーがおればよかったがおらんかった。監督のワシが投げようかと思ったぐらいだよ」 令和の時代を迎えても、“カネやん節”は健在だった。
2019.10.07 20:00
NEWSポストセブン
金田正一さん死去 長嶋茂雄氏から「5連続三振」の伝説
金田正一さん死去 長嶋茂雄氏から「5連続三振」の伝説
 プロ野球の国鉄、巨人で活躍し、『週刊ポスト』でも「誌上総監督」として活躍した金田正一氏が10月6日午前、東京都内の病院で急性胆管炎による敗血症のため死去した。享年86。 享栄商高を中退後、1950年8月に国鉄(現ヤクルト)入団。途中入団にもかかわらず1年目からいきなり8勝、17歳2カ月での史上最年少本塁打を記録した。1951年からは14年連続で20勝以上を挙げ、1965年に巨人に移籍。1969年、通算400勝を達成して現役を引退。400勝298敗、4490奪三振はいずれも史上最多。背番号34は巨人の永久欠番。 引退後は1973〜1978年、さらに1990〜1991年にロッテ監督を務め、1974年にはリーグ優勝と日本一を達成。1988年に野球殿堂入り。『週刊ポスト』誌上では「ビシ、バシ、いわせてもらうでェ~」の名文句で始まる舌鋒鋭い野球評論を行なう「誌上総監督」として活躍。長嶋茂雄氏、王貞治氏と毎年行なわれた「ONK対談」は大人気となった。また活躍の場は野球のみにとどまらず、話題の美女をゲストに秘話を聞き出す「美女対談」や、グラビア撮影にも挑戦するなど、その明るいキャラクターは「カネやん」の愛称で誰からも愛された。 本誌ではカネやん節が冴え渡った。例えば1958年4月5日の開幕戦(後楽園)で、デビュー戦の長嶋氏から4打席連続三振を奪ったことは有名だが、金田氏はこれを否定。こう語っていた。「ワシは翌日もリリーフして長嶋を三振に打ち取った。だから『5連続三振』が正しい。これからの若い選手はこういう正しい歴史を知らなきゃいけません」 本誌では10月21日発売号にて金田氏の追悼記事を掲載する。 長く『週刊ポスト』で総監督を務めてくださったことに深くお礼を申し上げるとともに、ご冥福をお祈りします。 
2019.10.06 23:00
NEWSポストセブン
【動画】400勝投手・金田正一氏心筋梗塞で緊急入院していた
【動画】400勝投手・金田正一氏心筋梗塞で緊急入院していた
 プロ野球で前人未到の400勝を達成した“カネやん”こと金田正一氏が心筋梗塞で緊急入院していました。
2019.08.23 07:00
NEWSポストセブン
金田正一氏、7月に心筋梗塞で緊急入院「死ぬかと思ったよ」
金田正一氏、7月に心筋梗塞で緊急入院「死ぬかと思ったよ」
 プロ野球で前人未到の400勝を達成した“カネやん”こと金田正一氏(86)が、都内の自宅で倒れたのは7月中旬のことだった。 運ばれた病院では「心筋梗塞」と診断された。病院に着いた時はすでに意識が朦朧としていたというが、11日間に及ぶ入院を経て無事に退院。その金田氏が明かす。「本当に死ぬかと思ったよ。いま思えば前日、寝る前に“何かおかしいな”と違和感があったが、そのまま寝て、朝起きると胸を締め付けられるような痛みがあった。これまで経験したことがない痛みで、ワシでも我慢ができなかった。 朝8時になるのを待ってかかりつけの病院に連絡して説明すると、先生が“心筋梗塞です。救急車を使って大至急来てください!”というんじゃ。すぐにウチの運転手に連絡して迎えに来てもらったんだが、後部座席に座った時点で意識が朦朧としてきた。それでいて、左胸のあたりには気絶しそうなほどの痛みを感じるんだ」 現役時代はもちろん、引退後も体のケアに十全を期していた金田氏だが、「これはもうダメだと思ったね」と振り返る。「9時前くらいに病院に着いたら玄関に車椅子を用意して先生が待っていてくれたが、とにかく痛くて体が動かない。みんなに抱きかかえられて車椅子に乗り、手術室に直行ですよ。そのあたりからほとんど記憶がなく、気が付いたら病室で寝ていた。 今回はとにかく、自覚症状に気付いて病院に連絡し、そこですぐに普段から診てくれている先生につながったのが幸運だった。それがなければ、命はなかったかもしれないね」 86歳になる金田氏だが、これまで心臓の不調で病院にかかったことはなく、前夜の違和感以外に予兆はなかったという。「これを機に生活をもう一度、見直したいが、もう少し運動をするにも膝が痛くてな……。今年の暑さも堪えとるよ」(金田氏) 心筋梗塞(心筋梗塞)は、心臓をかたちづくる筋肉(心筋)に酸素や栄養素を運ぶ血管の「冠動脈」が何らかの原因で塞がってしまうことで起きる。血流が断たれ、心筋の一部が壊死してしまうのだ。発症すると心停止に至る場合もあり、年間の死者数は約3万7000人を数える、恐ろしい病気である。※週刊ポスト2019年8月30日号
2019.08.18 16:00
週刊ポスト
3連覇中のカープも11連敗を喫した(時事通信フォト)
西武黄金時代を築いた森祇晶氏の「大型連敗を阻止する方法」
 今季のプロ野球で際立つのが「大連敗」だ。6月、ヤクルトがセ・リーグ最多タイの16連敗を喫するや、パ・リーグ首位だった楽天も10連敗。さらにリーグ4連覇を目指す広島までもが11連敗と、悪夢が続いた。ちなみに日本記録は1998年ロッテの18連敗だ。 18連敗を止める術はなかったのか。当時打撃コーチだった広野功氏はその問いに「あのイニングでもう1点取っておけば、という試合が多かった」と語り、その“重み”を知る名将として在籍9年間で8回のリーグ優勝、うち6度の日本一と西武の黄金時代を築いた森祇晶氏の名を挙げる。「今では一般的ですが、1人1殺で投手を起用した。7対0でもスクイズで8点目を取りに行く戦法でした。ファンからは面白くないと批判されますが、点差に関係なく1点の怖さを知っている監督でしたね。選手にもセーフティバントなど細かい技術を身に付けさせる指導をしました」(広野氏) 当の森氏に話を聞いた。「今のような打高投低の野球では、セーフティリードという考え方自体があってないようなもの。そういうことがわかっていないから4点リードくらいで安心して雑な攻めになる。勝負はそんなに甘くない。 どこの監督も頭が痛いだろうが、大型連敗は首脳陣にも問題がある。連敗していると投手をどんどん注ぎ込むことが少なくないが、そんなことでは全滅する。それより勝てる投手のローテーションをしっかり守って戦う。その辺りのベンチの見極めが大切だ」 エースがしっかりと役割を果たせば大型連敗を防げる──前人未到の400勝投手の“カネやん”こと金田正一氏も「ワシが現役時代の国鉄はとにかく弱かったが連敗はしなかった。なぜか? ワシがいたからだよ」と、エースの存在が不可欠だと断言する。実は金田氏はロッテ監督時代の1978年、当時の球団記録「15連敗」を経験している。「不思議なもので連敗する時は何をやってもダメなんじゃ。ワシのような強いピッチャーがおればよかったがおらんかった。監督のワシが投げようかと思ったぐらいだよ」※週刊ポスト2019年8月2日号
2019.07.24 07:00
週刊ポスト
週刊ポスト 2019年6月7日号目次
週刊ポスト 2019年6月7日号目次
週刊ポスト 2019年6月7日号目次「金持ち老後」「貧乏老後」を決める 大切な手続き年代別一覧表◆定年前後に「資産寿命」を大きく延ばす「完全リタイア前」の手続き17◆医療・介護費の負担を減らせる「完全リタイア後」の手続き16◆7月1日「相続大改正」に完全対応「死ぬ前」「死んだ後」の手続き26特集◆専門医6人が実践!「あの薬」を「この薬」に替えてみた◆韓国メディアが報じている文在寅大統領の“ボケ症状”疑惑◆8・4衆参ダブル選緊急予測 安倍“圧勝”でも「菅内閣」誕生の驚愕シナリオ◆「自動ブレーキ車」安全性能最新ランキング◆「ミス慶應」が2人も!? 三田祭「ミスコン主催者分裂」大騒動◆『突撃!カネオくん』も知らない「アレの意外なお値段」◆サッポロビール・高島英也社長 大勝ちは狙わない。若者に支持される“黒ラベル経営”哲学◆巨人・広島は交流戦で大連敗! これだけの根拠◆カネやんから松坂大輔へ「ゴルフ批判なんぞ成績で黙らせろ」◆貴景勝「2場所で大関陥落」悪夢のカウントダウン◆どうしてあの女の“茂み”にこんなにも惹かれるんだろう◆フランスで発禁処分『愛の四十手』ワイド◆最強ボクサー井上尚弥◆悠仁親王刃物事件で体育祭が延期に◆統一地方選初当選千葉のドン2世中絶メール◆横浜DeNA中継ぎエース5000万円訴訟グラビア◆愛犬&愛猫のいきいき老後生活◆ご当地麺をビキニで食レポ!◆なをん。森咲智美 100万人の恋人◆伊藤蘭 歌の花束を贈ります◆☆HOSHINO NEWスター誕生!◆インタビュー 渡辺謙◆寿影 瀬古利彦◆密着 福澤朗連載・コラム◆呉智英「ネットのバカ 現実のバカ」【小説】◆柳広司「太平洋食堂」【コラム】◆短期集中東田和美「60歳からの『儲ける競馬』」◆広瀬和生「落語の目利き」◆堀井六郎「昭和歌謡といつまでも」◆秋本鉄次「パツキン命」◆戌井昭人「なにか落ちてる」◆春日太一「役者は言葉でできている」◆大竹聡「酒でも呑むか」◆大前研一「『ビジネス新大陸』の歩き方」◆高田文夫「笑刊ポスト」【ノンフィクション】◆井沢元彦「逆説の日本史」【コミック】◆やく・みつる「マナ板紳士録」◆とみさわ千夏「ラッキーな瞬間」【情報・娯楽】◆のむみち「週刊名画座かんぺ」◆恋愛カウンセラー・マキの貞操ファイル◆ポスト・ブック・レビュー◆医心伝身◆ポストパズル◆プレゼント◆法律相談◆ビートたけし「21世紀毒談」◆綾小路きみまろ「夫婦のゲキジョー」令和初笑い! 「夫婦川柳」傑作選◆坪内祐三の美術批評「眼は行動する」
2019.05.27 07:00
週刊ポスト

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