渡邉恒雄一覧

【渡邉恒雄】に関するニュースを集めたページです。

原監督(左)と阿部慎之助氏(時事通信フォト)
全巨人ファンが夢見た「松井秀喜監督」消滅か OBたちが語る内幕
 リーグ3位、CSファイナルも0勝で終わった今シーズンの巨人。不満がくすぶるなか原辰徳・監督の続投が決まり、高卒2年目の秋広優人(19)の背番号が「68番」から「55番」に変更されることが報じられた。「55」といえば、松井秀喜が現役時代につけていた背番号である。これによりファン待望の監督人事、松井秀喜監督がついに完全消滅したと、球界関係者は見ている。 松井監督誕生への期待は過去にも降っては湧いてきた。かつて松井監督の機運が高まったのが、2018年オフに高橋由伸監督の3年契約が切れるタイミングだった。「松井が当時、宮崎キャンプを訪問するため来日した際に、高橋の次ということでGMや球団担当者が打診したと言われています。しかし、その時の松井は2人の幼い子供をニューヨークで育てており、環境を変えるわけにもいかなかったため実現しなかったとされています」(スポーツ紙デスク) そして今年、日本ハム・新庄剛志監督、中日・立浪和義監督に続く松井監督誕生へ期待が高まったのには、伏線もあった。 それが、松井氏が長嶋茂雄氏と王貞治氏(ソフトバンク球団会長)とともに聖火ランナーを務めた、東京五輪開会式での聖火リレーだった。「2020年にテレビ番組に出演した際に、監督就任の可能性を聞かれて、『ジャイアンツはやっぱり気になりますね。その時の状況で自分が許せばだとは思います』と前向きな発言をしました。 これには球界も松井の心情に変化があったのではと関心を向けてきた。そんな状況のなかで、恩師であるミスター(長嶋茂雄)と聖火ランナーを務め『(ミスターとの会話は)やはり野球のことが中心でした』と発言した。期待が高まるのは当然です」(同前) かねて、松井監督誕生にはミスターがカギになると言われてきた。読売関係者が語る。「松井にとってミスターはドラフトで引き当て育ててくれた大恩師です。ミスターが入院していた時に病室を見舞えた人は数少なかったが、そのうちの一人が松井だったという話もありました。ミスターの“最後の仕事”は松井監督を誕生させることと言われているほどです」ドンとの確執 そんな機運が一転、松井監督消滅説が飛び交う背景には、これまでの監督の“系譜”も関係しているという。「巨人軍監督には大きく二つの系統があるとされており、一つはV9を達成した川上哲治監督の流れと、もう一つはそのV9時代に活躍した長嶋茂雄の流れです。二大派閥とも言える系統が次の監督を送り合ってきた歴史があります。 不振にあえぎ1981年に長嶋監督からバトンタッチされたのは川上監督時代の投手コーチだった藤田元司で、川上派が政権を取り戻したとも言われていた。今回新たに3年契約を結んだ原監督も川上派とされており、引退後に一時『NHKプロ野球』の解説者になったのも川上、そして恩師と仰ぐ藤田の流れからだったとの話もあります。 全権監督として再任し、地位を確立させた原監督がいる以上、長嶋派と見られている松井が監督を継ぐことは難しい」(同前) また今回原監督が行なった組閣で“阿部慎之助次期監督”が決定的になったとも言われている。「今シーズンの10月まで二軍監督だった阿部は、『作戦兼ディフェンスチーフコーチ』という球団初のポストになったが、これは原監督の隣で帝王学を学ぶ期間ということでしょう。キャリア的に見ても松井のほうがはるかに上。世代交代した阿部以降に松井が監督になる可能性は考えにくい」(スポーツ紙記者) 今回の人事は、巨人OBから見ても複雑なようだ。巨人でセットアッパーとして活躍した前田幸長氏が語る。「原さんが3年契約で、次期監督が阿部慎之助。これが既定路線でしょうね。僕はもう松井秀喜監督はないと思います。もちろん過去には巨人もオファーを出したと思いますが、松井が受けなかったんじゃないでしょうか。松井は周囲にニューヨークでは自由に生活できるが、日本では騒がれて家族に迷惑をかけると……。プレッシャーではなく、そういった理由で監督就任を断わっていると聞いたことがある」 加えて、巨人監督人事にいまだ大きな影響力を誇る読売新聞グループの“ドン”渡邉恒雄氏との関係も大きな影を投げかけているという。別の読売関係者が語る。「松井が巨人軍の監督候補に名前が挙がり始めたのは、ヤンキースのGM特別アドバイザーに就任した2015年の頃でした。それはメジャーで野球の勉強というのが表向きの理由でしたが、メジャー移籍の時のナベツネ(渡邉恒雄)さんとの確執がまだ尾を引いているためとも言われていた。 実際、ナベツネさんはラジオ番組で『松井とイチローだったら、指導者としてどっちが欲しいか』という質問に対して、『イチローだね』と迷わず答えるほどですからね」松井にやってもらいたい 松井監督誕生はやはり夢のままなのか。そこに寂しさを感じる球団OBは少なくない。前出・前田氏は「正直なところ、ぼくは松井監督を見たかったですね。あれだけの人気選手だし、実績も申し分がない。でももうないのかな」と寂しそうに語る。 V9の前半の巨人投手陣を支え、引退後はスカウトなどを歴任した城之内邦雄氏もこう言う。「もう難しいのは分かっているけど、巨人の伝統を知っている松井に監督をやってもらいたいし、そのために日本で野球を見てほしい。2~3年巨人のコーチをやったうえで、監督になってぜひ巨人の野球を変えてほしいと今でも思っています」 川上監督のもとでコーチ兼任選手としてV9の礎を築き、巨人引退後は低迷するヤクルトや西武を日本一に導いた名将・広岡達朗氏がこう嘆息する。「今の巨人に球界の盟主の影はもうないですよ。日本シリーズで負けたら監督はクビというのが、巨人の古き良き伝統なんです。 それがソフトバンクに2年連続、それも1勝もできないで敗北したのにまだ原は生き残っている。今年はリーグ優勝もできず、CSファイナルでヤクルトに1勝もできない。その指揮官と3年契約を結ぶフロントもフロントですよ。 本来なら実力と実績があり確かな理論を持っている人が監督をやるべきだけど、松井が監督になるとしても支えることができるコーチが見当たらない。今の巨人は目指すべき監督像とどんどん違う方向に行っていると思うね」 球団OBやファンが待望する「松井秀喜監督」はこのまま夢と消えてしまうのか。※週刊ポスト2021年12月10日号
2021.12.02 16:00
週刊ポスト
自民党新総裁に決まった岸田氏
岸田文雄・新総裁に父から受け継いだ人脈あり 渡辺恒雄氏も後ろ盾に
 9月29日に行なわれた自民党総裁選で新総裁に選出された岸田文雄氏(64)。名門・開成高校から早稲田大学に進み、日本長期信用銀行勤務を経て政界に転身。父・岸田文武氏の秘書を経て衆院議員となった。 総裁選に敗れた河野太郎氏が、河野一郎・元副総理を祖父、河野洋平・元衆院議長を父に持つ3世議員であることは有名だが、岸田氏も同じ3世ながらそうした印象は薄い。 祖父・岸田正記氏は百貨店事業で財をなし、地元・広島県から衆院議員に当選。父・文武氏は旧通産省でキャリアを積んだ後、正記氏の後を継いで衆院議員になった。父・文武氏と当選同期で同じ広島県選出の亀井静香・元建設相が、その人となりを語る。「岸田文武さんは、ともかく『いい人』。紳士でしたよ。それに尽きる。亀井静香とは正反対の政治家よ。通産省の出身だけど、あまり官僚っぽくない(亀井氏は警察庁出身)。民間とも付き合いが多いので、さばけているんだな。とにかく紳士だから、議員としても国対に強いタイプというよりは政策畑の政治家だったと思う。 それを岸田文雄も引き継いだんだろう。優しい。だから彼はこれまでは勝負に弱い部分があった。こないだの広島の再選挙(*)も、その悪い部分が出たんだな」【*4月の参院広島選挙区再選挙で、岸田文雄氏は広島県連会長として陣頭指揮を執ったが、痛恨の敗戦となった】 元日経新聞政治部長で同社の専務も務め、岸田氏の父・文武氏と交流があった山岸一平氏も、文武氏について同様の印象を抱いている。「岸田文武さんは、一言で言えば『真面目』。真面目さが全面に出るようなタイプの人でした。通産官僚出身だが、政治家としては文部省の政務次官を務め、文教委員会にも所属しており、教育には熱心だったという記憶があります。文雄さんは名門・麹町中学から開成高校に進んだ。この辺は岸田文武さんの教育方針があったからではないかと思います。 また今、文雄さんは宏池会の会長ですが、もともとは父・文武さんが宏池会だったから、息子も宏池会に入ったということです。宏池会の領袖だった池田勇人さんは大蔵官僚出身ながら通産大臣も経験しており、その関係で文武さんとは面識があったらしい。同じ広島出身ということもあり、そうした縁で宏池会に入ったんだと思います。 ただ、文武さんは、宏池会で特にこれという存在感を示したという記憶はありません。真面目で、地味な方でした。その真面目さが迫力不足とつながり、それが長所であり、欠点でもあった。それはそのまま息子の文雄さんに引き継がれているように思います」 他の世襲議員に比べると父親の政治的影響力が低いように見えるが、岸田氏には父親から引き継いだ人脈の強みがあるという。山岸氏が続ける。「文武さんは、読売新聞の渡辺恒雄さん(読売新聞グループ本社代表取締役主筆)と親しかった。旧制東京高等学校の同学年で、その頃からの関係があったと聞きます。文武さんの葬儀では、渡辺恒雄さんは友人代表で弔辞を読んでいます。渡辺さんはいろいろと政治家に厳しく当たることも多いが、父親との関係があるからか、文雄さんには温かく接してきたとも言われています」 政治部のベテラン記者が言葉を継ぐ。「渡辺さんは開成中学から東京高等学校に進んでいる。つまり、岸田文雄さんは開成の後輩でもあるんです。コロナ禍になる前は、同じく開成OBの武藤敏郎・前日銀副総裁らに交じって、渡辺さんの会合にも呼ばれていました。今後も大きな後ろ盾になっていくのではないでしょうか」 世襲議員のイメージが少ない新総裁に見えるが、人脈の面では大きな“父の遺産”があるようだ。
2021.09.30 07:00
NEWSポストセブン
上祐氏はオウム真理教の疑惑について語った(写真/FCCS)
猪木、トランプ、三島由紀夫… 世間を震撼させたFCCJの会見
 終戦間もない1945年11月に、日本に駐留していた従軍記者らによって設立された「日本外国特派員協会」(FCCJ)は、政治家から社会的弱者まで様々な人の自由な発言の場として存続してきた。その一方で、世界中からの興味関心が集まる場だけに、会見での応酬も相応に厳しいものになる。「難しい質問が3回目ですね……」 北朝鮮の選手を日本に招待して一緒に滑るかと聞かれると、羽生結弦は言葉を詰まらせ、天を仰いだ──。忌憚のない質問が飛ぶことで有名なFCCJの会見には池田勇人や佐藤栄作などの歴代首相、インドのガンジー首相、宇宙飛行士のユーリ・ガガーリンなど国内外の大物が招かれてきた。 1990年代に入ると、スポーツ選手や芸能人も続々と登壇。1992年には日本相撲協会の出羽海理事長が「わざと負けることはあるのか」と八百長問題を追及されたり、2006年には著書で赤裸々な男性関係を綴った石原真理子が「芸能界とヤクザの関係」について尋ねられて「それについては話せないのですが……」などと答えたりした。 異例のケースは、1998年の阪神・吉田義男監督。エイプリルフールに“優勝祝賀会見”が開かれ、巨人・長嶋茂雄監督からも祝電が届き、「身に余るお祝辞、ありがとうございます。男として幸せです」と感謝を述べた。 以下に、事件や騒動の当事者たちが行った注目会見の数々を振り返ってみよう。■アントニオ猪木、モハメド・アリ「異種格闘技戦について」(1976年6月18日) アリが最初にマイクを持ち、「俺はこの男をぶっ倒してやる」などと挑発すると、猪木は「ギャーギャー吠えるヤツは昔から弱いと決まっている」と一蹴し、細長い包みを渡した。アリが中身を確認すると、松葉杖と判明。世界最強ボクサーは「おまえを殺すぞ!」と激昂した。■オウム真理教外報部長・上祐史浩「オウム真理教の疑惑について」(1995年4月3日) 地下鉄サリン事件などについて、流暢な英語で無実をアピール。ひとつの質問に10分以上も答えた。イタリア人記者・パニョッタ氏が山梨県上九一色村の教団施設の「第7サティアン」は化学工場ではないかと質問。上祐氏は否定したが、記者は潜入して撮影した写真を見せ、「おまえはウソつきだ」と言い放った。■元ライブドア社長・堀江貴文「ライブドア事件と検察について」(2009年4月2日) 2006年1月に証券取引法違反で逮捕されて以降、初の記者会見。「同じ利益粉飾事件で、ライブドアの約4倍である180億円の日興コーディアル証券、200億円の石川島播磨重工業は上場廃止されず、経営陣も逮捕されていない」などと検察を批判。これからも保守的な日本に刺激的な発言をし続けると宣言した。■元日産自動車会長・カルロス・ゴーン「自動運転技術導入について」(2014年7月17日)「シニア世代に魅力ある車を提供したい」と2020年の実用化を目指す自動運転技術の開発ロードマップを公表した時の会見。しかしその後、計画が進んでいた2018年11月に金融商品取引法違反で逮捕。翌年6月に会見予定も、家族の強い反対でドタキャン。年末にレバノンへ逃亡し、日本の司法制度に大きな衝撃を与えた。■元巨人代表・清武英利「渡辺恒雄会長について」(2011年11月25日) 11日に記者クラブで会見を開き、コーチ人事に不当な介入を行なったとして渡辺恒雄・巨人球団会長を批判、1週間後に球団代表を解任された。この日の会見では、A4サイズ13枚の声明文を配布。11日の会見前に渡辺会長から電話で、「君は破滅だぞ。読売新聞と全面戦争になる」と恫喝されたと明かした。■野村沙知代(野村克也夫人)「衆院選出馬について」(1996年10月4日) 新進党の目玉候補として東京5区から出馬。尖閣諸島や竹島の領土問題について聞かれると答えに窮した。コロンビア大学への留学歴を公表するも、3年後に学歴詐称を疑われ、浅香光代らに公職選挙法違反で告発される。嫌疑不十分で不起訴になるも、夫の野村克也はのちに「サッチーの履歴は全部ウソ」と告白。■籠池泰典・諄子夫妻(森友学園元理事長・副理事長)「補助金詐欺事件裁判での有罪判決について」(2020年2月26日) 泰典氏は国会で証人喚問のあった2017年3月も含め3回目の会見。補助金詐欺事件で有罪判決を受けたことへの抗議を表明。「保釈金も用意したのに3日間拘置所にいた。ファイティングスピリットを失わせるためで、大きな人権侵害だ」と検察を批判したが、取り上げる媒体は少なかった。■三島由紀夫(1966年4月18日) 川端康成の推薦で文壇デビューした経緯や「太宰の文学は嫌い」と本人に直接話した事実などを明かした。この4年後の1970年11月25日、自衛隊市ヶ谷駐屯地(現・防衛省本省)で割腹自殺を遂げた。■中曽根康弘首相(1985年10月7日) 日米経済摩擦などについて話し、最後に「ここは、ある政治家がケガをした危険な場所。準備に時間がかかって長い間来られなかった」とジョークを飛ばして笑いを誘った。■ドナルド・トランプ(1993年8月18日) 当時“不動産王”としてその名を轟かせていた現米国大統領。日米安保などについて語り、「日本人に尊敬の念を持っています」と神妙に述べていた。■鳩山邦夫法務大臣(2007年10月29日) 翌月から施行の改正出入国管理・難民認定法に関して、「友人の友人がアルカイダ」と発言し物議を醸した。※週刊ポスト2020年9月4日号
2020.08.25 16:00
週刊ポスト
渡辺恒雄氏は御年93歳(共同通信社)
読売・渡辺恒雄氏 入社式で「我が社の経営は盤石」の根拠
「経営があまり安定していない社もありますが(中略)あなた方は読売新聞に入った以上、一生苦労はしません」 新入社員76人を前に熱弁を振るったのは、御年93歳の「ナベツネ」こと渡辺恒雄・読売新聞グループ本社代表取締役主筆だ。 新型コロナの感染拡大が続いていた4月1日に行なわれた入社式は、新入社員と役員らに出席が限られる厳戒態勢だったが、そこに渡辺主筆が登壇したのである。「後日、配布された社報で、渡辺主筆が入社式に出席したことを知り、驚いた社員は多かった」(読売新聞社員) 社報を見ると、新入社員は前後左右を空けて着席するなど、感染症対策に注意が払われていた様子が窺える。そんな状況で、新入社員に対し、渡辺主筆は何を伝えたのか。「“経営の盤石さ”を強調する内容でした。三番手だった読売新聞が販売部数で世界一に登り詰めた歴史を紹介し、部数こそ800万部まで減少しているが巨人軍や交響楽団、遊園地など多角経営をはかってきたので、1000万部時代よりも経営が安定していることを説明していました」(同前) 意外にもかつて政治部の看板記者として鳴らした“武勇伝”はナシ。 社報に掲載された挨拶文を確認すると、「経営」という言葉は実に13回。終盤では再び「安定した生活を終身保障されると思っていい」と念押ししている。「私は93歳ですから、先があまり長くありません」との言葉もあったが、挨拶はむしろ健在ぶりを印象づけた。最後には「怠けている他社を抜くのは何でもないことですが、絶えず努力していないと勝ち残れません」と、新入社員を鼓舞した。 同社に取材すると、渡辺主筆の出席は代表取締役に就任した1991年から毎年のことで、「入社式の翌日にも、読売新聞の発展の歴史などについて約1時間の講義を行い、新入社員の質問にも答えました」(読売新聞グループ本社 広報部)とのこと。 老いて益々壮ん。※週刊ポスト2020年6月5日号
2020.05.23 07:00
週刊ポスト
週刊ポスト 2020年6月5日号目次
週刊ポスト 2020年6月5日号目次
週刊ポスト 2020年6月5日号目次安倍の「コロナ禍火事場泥棒」すべて書く・どさくさまぎれの「年金75歳支給」を撃つ!・安倍官邸「反政府ニュース監視」の記録文書 ・「雇用調整助成金」煩雑すぎる・天下り団体がコロナ貸付で“焼け太り” ・「種苗法改正案」とは何か・自民党最重鎮の公設秘書が“泥酔→警察沙汰”・“イエスマン”を野党から引き抜く自民党特集◆コロナ景気の裏収支決算◆“やりすぎ中国” “ゆるすぎ韓国” どっちも嫌だ!◆開成・灘・麻布の生徒は休校期間をどう過ごしているか◆これは巨大地震 首都直下・南海トラフの予兆か?鳴り止まない緊急警報アラーム、長野・岐阜で88回の頻発──◆ナニワの「伝説バラエティ」生き証人たちの告白『てなもんや三度笠』『モーレツ‼しごき教室』『夫婦善哉』『ヤングおー!おー!』◆江夏の9者連続奪三振に沸いた1971年オールスターの記憶◆その「薬の買い方」であなたは「年間1万円」を損している◆オーバー70「アクティブじじい」たちが語る 私たちの「新・生活様式」藤原正彦 鳥越俊太郎 小和田哲男 弘兼憲史 石井ふく子 ◆精力と免疫力を上げる 料理、体操、そして…◆もし、「吉村洋文」大阪府知事が総理大臣になったら◆“アベノ検事”黒川弘務検事長とは何者かワイド◆渡辺恒雄 ◆六代目山口組「ツカサノマスク」◆マイク・タイソン◆相撲協会 ◆巨人・阿部◆驚異の度数12%酎ハイ◆足立ナンバーグラビア◆「報道」「ドラマ」より奥が深い「女子アナ」のTBS◆ハイレグが日本一似合うグラドル総選挙2020◆志村けんの“最後の女”奥村美香 初めて語るけんさんとの真実 ◆即席ラーメン激旨レシピ◆癒やしの苔世界へようこそ◆染谷有香 Honey Trap◆由愛可奈 夢のようなハダカ◆伊賀まこ ぜんぶ脱いじゃった◆甲子園で見たかった怪物3年生たち◆ルポ UberEats配達員「潜入バイト」日記連載・コラム◆中川淳一郎「ネットのバカ 現実のバカ」【小説】◆平岡陽明「道をたずねる」【コラム】◆須藤靖貴「万事塞翁が競馬」 ◆広瀬和生「落語の目利き」◆堀井六郎「昭和歌謡といつまでも」◆秋本鉄次「パツキン命」◆戌井昭人「なにか落ちてる」◆春日太一「役者は言葉でできている」◆大竹聡「酒でも呑むか」◆鎌田實「ジタバタしない」◆綾小路きみまろ「夫婦のゲキジョー」◆大前研一「『ビジネス新大陸』の歩き方」◆高田文夫「笑刊ポスト」【ノンフィクション】◆井沢元彦「逆説の日本史」◆河崎秋子「羊飼い終了記念日」【コミック】◆やく・みつる「マナ板紳士録」◆とみさわ千夏「ラッキーな瞬間」◆中島守男「袋小路家のニチジョー」【情報・娯楽】◆恋愛カウンセラー・マキの貞操ファイル◆ポスト・ブック・レビュー◆医心伝身◆ポストパズル◆プレゼント◆法律相談◆ビートたけし「21世紀毒談」◆椎名誠とわしらは怪しい雑魚釣り隊◆連載「二度と撮れないニッポンの絶景」
2020.05.22 07:00
週刊ポスト
投手としてだけでなく、打者としても活躍した関根潤三さん(写真:時事通信フォト)
近鉄パールス消滅の危機を救った関根潤三さんの打者転向
 戦後の混乱期にプロ野球選手となり、近鉄で投手、打者として活躍した関根潤三さんが4月9日、老衰のため逝去した。93歳だった。 大谷翔平(ロサンゼルス・エンゼルス)以前の“元祖・二刀流”としても知られる関根さんは1950年、近鉄パールスに入団。2リーグに分裂した同年、セ・リーグは8球団、パ・リーグは7球団でスタートした。1951年2月、セの西日本パイレーツがパの西鉄に吸収され、セも7球団に。翌々年2月には松竹ロビンスと大洋ホエールズが合併し、セ・リーグは6球団制になった。一方のパ・リーグは拡大路線で人気アップを画策し、1953年12月に新球団として高橋ユニオンズが誕生した。野球担当記者が話す。「パ・リーグは球団増のため、戦力差が如実に現われました。7球団制の1953年は優勝・南海と最下位・近鉄の差が22ゲームでしたが、8球団制になった1954年は優勝・西鉄と最下位・大映の差が46ゲーム、翌年は優勝・南海と最下位・トンボの差が57ゲーム、翌々年は優勝・西鉄と最下位・高橋の差が45.5ゲームと格差は開き、いわゆる消化試合が激増。1試合の平均観客動員数は7球団制の1953年には8275人でしたが、8球団制になってから徐々に落ち込み、1956年には4950人にまで減少。セ・リーグの半分以下になっていました」(以下同) 1957年2月のオーナー会議で、球団数削減案が飛び出る。3年前、新規球団として迎え入れられた高橋ユニオンズがその対象となり、キャンプ中の2月25日、大映スターズとの合併が決まってしまう。これによって、大映は『大映ユニオンズ』と球団名を変更した。しかし、高橋の選手は各球団に散らばっており、合併とは名ばかりの解散、消滅だった。新規参入も削減も、大映のオーナーである永田雅一氏を中心に話は進められており、彼はパ・リーグ7球団ではなく6球団にしたい意向を持っていた。「最近でいえば、巨人のオーナーを務めた渡邉恒雄氏のような存在でした。その永田氏が様々な案を出すうちの1つに、1957年シーズンの最下位チームを合併させる案があった。2リーグ分裂と同時に誕生した新興球団である近鉄は前年までの7年間で、Aクラスは1度だけ。最下位を4度も記録しており、お荷物球団と揶揄されることもありました。近鉄を含め、Bクラス常連チームの尻に火がついたことは言うまでもありません」 8球団制の前年、Bクラスは5位・近鉄、6位・東映、7位・大映、8位・高橋だった。Aクラスの4位・毎日と5位・近鉄は16ゲーム離れており、上位と下位の差は明らかだった。「この年、30歳の関根さんは4月3日、開幕5戦目の西鉄戦に先発するも、5回途中でノックアウトされます。すると、芥田武夫監督に自ら打者転向を申し入れ、2試合後の阪急戦から5番・ライトで先発出場。いきなり猛打賞、翌日は2安打、翌々日にまた猛打賞と打ちまくり、シーズンを通して主に3番を任され、リーグ9位の打率2割8分4厘を残しました」 今と比べて飛ばないボールが使用されていた当時、圧倒的に打者が不利だった。この年、3割バッターは6人しかおらず、野村克也が30本でホームラン王に。大下弘や中西太、豊田泰光らを擁した西鉄でさえ、132試合で94本塁打、チーム打率2割5分5厘だった。 それに引き換え、『神様、仏様、稲尾様』と呼ばれた全盛期の稲尾和久が防御率1.37を記録したこともあり、西鉄のチーム防御率は2.15と驚異的な低さだった。7球団中5球団のチーム防御率が2点台という『投高打低』の時代だ。ちなみに、2019年のパ・リーグで防御率1位はソフトバンクの3.63であり、この数字は1957年の防御率最下位の大映と同じである。「この年、近鉄のチーム打率は2割2分5厘と低迷。そのため、関根さんの2割8分4厘は大きな価値がありました。前年もパ・リーグで3割打者は5人しかおらず、『投高打低』が明らかだったのに、関根さんが打者転向を決断したことに驚かされます。当時は20勝が一流投手の条件と考えられており、そこに届かないからと投手に限界を感じたと生前、話しています。 しかし、前年は9勝、2年前は14勝、3年前は16勝を挙げており、普通はスパッと切り替えられないでしょう。ましてキャンプ、オープン戦は投手として調整を続けたわけで、開幕後にすぐ方向転換できるメンタルも凄い。もし関根さんが投手にこだわっていたら、この年の近鉄はクリーンアップの一角を欠くことになりますから、最下位になった可能性も十分にある。そうなったら、1957年限りで近鉄が消滅していたかもしれません」 結果的に、この年最下位に沈んだ大毎ユニオンズが毎日オリオンズと合併。翌年から『大毎オリオンズ』となり、パ・リーグも6球団制となった。もし1957年に関根潤三が打者に転向しなかったら――。1人の男の決断が、プロ野球の歴史を大きく変えていた。
2020.04.13 16:00
NEWSポストセブン
猛虎戦士にも触手?(時事通信フォト)
巨人・阿部監督路線進むも「松井秀喜監督」を諦めない理由
 クライマックスシリーズ(CS)、その先の日本シリーズを見据える巨人。復帰1年目から「日本一」を狙う原辰徳監督の名声は高まるばかりだが、一方では“不協和音”も聞こえてくる。今季限りで現役引退を表明した阿部慎之助(40)のコーチ就任が有力視されており、原監督は阿部を自分の後任監督として育てるつもりでサポート役を集めていると言われ、“原―阿部シフト”の動きが加速している。 一部では、阿部と長年自主トレをともにした内海哲也(37=西武)や長野久義(34=広島)を将来のコーチ含みで再獲得する、という話まで出ているという。 その一方で、球団側は「松井秀喜監督」の誕生を諦めていないという。巨人に近いスポーツジャーナリストが語る。「松井監督は渡辺恒雄・読売新聞主筆の悲願とも言われ、松井氏の新人時代に監督として打撃指導にあたった長嶋茂雄・終身名誉監督の影響力が強いうちに実現させたいと考えているようです。 松井氏はニューヨークに拠点を置き、ヤンキースGM付特別アドバイザーとして3Aのマイナー選手の打撃指導をしていますが、巨人監督が実現しないのは、肩書きよりも子育てのためと言われている。子供は現在6歳と2歳なので、原監督の任期満了となる2021年シーズン以降は、家族問題での就任へのハードルは今よりも低くなる。もちろんその場合、“阿部監督”は、白紙になってしまいますが……」※週刊ポスト2019年10月18・25日号
2019.10.08 07:00
週刊ポスト
巨人、将来の「阿部監督」に備え内海や長野の再獲得視野か
巨人、将来の「阿部監督」に備え内海や長野の再獲得視野か
「日本一になって、嬉し涙で終えられたら」。今季限りでの現役引退を表明したプロ野球・巨人の阿部慎之助(40)は、リーグ優勝の祝賀会でそう決意を述べた。 巨人番記者が語る。「阿部の引退会見に集まった坂本勇人(30)、中央大学の後輩である亀井義行(37)や澤村拓一(31)らを中心に、選手には“阿部さんの引退を有終の美で飾りたい”という思いが強い。原辰徳監督にとっても、自身が率いた2012年シーズン以降、遠ざかっている日本一奪還は悲願です」 祝賀会で渡辺恒雄・読売新聞主筆は、「年内に“本当の優勝”をしていただきたい」とハッパをかけた。 そんな中、最大の不安要素が、原監督の甥でエース・菅野智之(29)の状態だ。「今季苦しんだ腰痛の影響でCSの登板が危ぶまれています。原監督は『出場できるかできないか、智之が判断する』と一任していますが、頭の中では“2014年の悪夢”がよぎっているのではないか。2位の阪神に7ゲーム差をつけてリーグ優勝したのに、CSでは右肘靱帯損傷のケガで菅野を欠き、阪神に敗退した。今季最多勝の山口俊(32)や若手の桜井俊貴(25)、戸郷翔征(19)らでカバーできるかにかかっている」(同前) 投手陣をリードする「正捕手問題」も混沌としたままだ。「FAで加入した炭谷銀仁朗(32)は西武時代からポストシーズンの経験が豊富です。一方、小林誠司(30)が正捕手に定着したのは2016年シーズンからで、日本シリーズ出場経験はなし。短期決戦の経験は捕手にとって大きく、原監督がどちらにマスクを任せるかに注目が集まります」(同前) 正捕手の育成は、近年の巨人の大きな課題だった。巨人に近いスポーツジャーナリストが言う。「阿部のコーチ就任が有力視されるのは、原監督が後継者としてだけでなく、正捕手の育成も託したいとの思いからでしょう。阿部を支える“懐刀”として、長年自主トレをともにした内海哲也(37)、長野久義(34)を将来のコーチ含みで再獲得するという話まで出ている。過去にも高橋由伸監督時代に、FAの人的補償で流出した“由伸派”の脇谷亮太を連れ戻した前例がありましたからね。 同時に、実績があるコーチとしてヤクルトを退団した石井琢朗氏の招聘に向けて動いている。広島の打撃コーチとして3連覇の土台作りに貢献したと定評があり、阿部のサポート役を任せたい意向があるようです」※週刊ポスト2019年10月18・25日号
2019.10.07 16:00
週刊ポスト
首相もむげにはできない(共同通信社)
読売会長(73)がスイス大使に、パーティ出席等で月収200万円
 季節外れに異例の人事である。安倍内閣は8月30日の閣議で、読売新聞グループ本社の白石興二郎会長(73)をスイス大使に充てる人事を決定した(9月2日に着任)。新聞協会会長も務めた現役の新聞社会長が大使になるのは初めて。白石氏は決定と同時に読売新聞を退社した。 白石氏の経歴を見ても、静岡支局に始まり政治部、論説委員、巨人軍オーナーなど、いかにも読売の保守本流ではあるが、外交との接点は感じられない。なぜ彼が大使に抜擢されたのか。ベテラン政治記者が語る。「今回の人事は、安倍首相と“首相の後見人”を自任するナベツネさん(渡辺恒雄・読売新聞主筆)との関係抜きには考えにくい。現在の社長である山口寿一氏が次の会長になるのは規定路線で、白石氏の処遇が注目されていた。そこでナベツネさんが安倍首相に大使として白石氏をプッシュしたのではないでしょうか」 4月までスイス大使を務めていた本田悦朗氏も、安倍首相の経済政策のブレーンとして知られていた。つまり2代続けて外務省以外から大使が送り込まれたことになる。 気になるのは、スイス大使とは外交のプロでなくても務まるような仕事なのか、ということだが、外務省関係者に聞くとあっさり、「そうですよ」と言う。「スイスは永世中立国だから外交上のいざこざがないし、やることと言えばパーティに出るぐらい。ジュネーブにはWHO(世界保健機関)、WTO(世界貿易機関)といった国際機関がたくさんありますが、『ジュネーブ国際機関日本政府代表部』という組織があり、それらの任務は外務省出身者がジュネーブ大使としてすべてやってくれる。 前任の本田氏はしばしば帰国して日本のメディアのインタビューを受けていたし、そもそも彼が退任してから白石氏が着任するまで4か月以上も大使が空席だったことを考えれば、どれほどの忙しさか想像がつくでしょう(笑い)。それでいて給与・手当含めれば月200万円ほどもらえますからね」 元駐レバノン大使の天木直人氏もこう言う。「スイス大使は、任期中に欧州旅行もできるくらい、昔から慰労ポストでした。それが最近は民間の名誉職ポストみたいになっているということでしょう」 スイス大使は「気楽な稼業」ときたもんだ。※週刊ポスト2019年9月20・27日号
2019.09.11 07:00
週刊ポスト
福田との連立協議(AFP=時事)
幻の自民・民主大連立構想 仲介者は渡辺恒雄氏だった
 激動の平成政界史の中に、「幻の自民・民主大連立構想」がある。小泉純一郎氏が総裁任期満了で首相の座から退陣すると、第1次安倍晋三内閣が発足したが、閣僚の不祥事と失言が相次ぎ、2007年参院選で記録的大敗を喫して総辞職に追い込まれた。代わった福田康夫内閣は参院での与野党逆転で政権運営に苦しむ。 そこに政界を揺るがす“事件”が起きる。小沢一郎氏と福田氏による自民―民主大連立交渉の発覚だった。最後は民主党内の猛反対を浴びて頓挫したが、なぜ、小沢氏は大連立に踏み込もうとしたのか。当時の舞台裏を小沢氏がインタビューで明かした。──あなたは連立を組むことで政権運営の経験を積むのが大事だと主張していた。小沢:与党としての経験を積むというのと同時に、もう一つは、福田さんは、(連立を組むなら)ポストも何でもやると、ほぼ言いなりだったから、それによって権力の半分を握れるわけです。そうすると、選挙にも絶対有利だと。だから、庇を借りて母屋を取ってしまおうと。──連立はどちらから持ちかけたのか。小沢:最初はナベツネさん(渡辺恒雄・読売新聞グループ本社会長)が僕の知人に言ってきたようだ。それで、僕は「いいよ」と福田さんと会った。そうしたら、福田さんが「あなたのほうから申し込んできたから(会うことにした)」と言う。ナベツネさんが両方に適当なことを言ってたわけです(笑い)。 だから、「いやあ、僕は別に頼んだわけじゃない。あなたのほうから(申し込んできた)と聞いたんだよ」と言って、一回話を蹴飛ばした。そうしたら、福田さんが「すみません、それはないことにして」と(もう一度申し入れてきた)。──渡辺恒雄が大連立の考案者だった?小沢:違うでしょう、それは。自民党にすれば(参院の過半数割れで)片肺だから、何とかしなきゃならないと誰もが思っていました。連立しかないというのが普通の帰結です。それで、仲介者を通じて僕に話がきた。──福田総理はあまり乗り気ではなかった?小沢:彼は本気だった。福田さんはほんとに真面目な人です。僕は(連立を組むには)政策的な合意がいるよと、それから、ポストも要求するよというような話をした。そうしたら「わかりました、それはもう、政策もポストもできる限り、最大に応じます」と言いましたからね。──だが、民主党内からは猛反対された。小沢:後から考えると、反対派のクビを切ってでもやったほうがよかったかもしれません。(民主党は)政権運営を知らない議員ばかりでしたから。「嫌なやつは出ていけ、連立でいいと思うやつは来い」と言えば、ほとんど来たでしょう。だってポストにありつけるんだもん(笑い)。──だが、そうしなかった。小沢:あの時、(民主党内は)全員が反対だったから、僕としても、お前らみんなクビだと言うわけにもいかない雰囲気でした。──民主党議員は連立より権力を全部自分たちで奪い取ったほうがいいと考えた。小沢:どうかな。社会党のトラウマがあったのかもしれません。自分たちが自社さ政権の後の社会党のようになって(消滅して)しまうと。社会党出身者も多かったから。実際は、母屋を取れたのはこっちなのに。〈大連立構想が潰えた福田は2008年9月1日の会見で突然退陣を発表する。後継の麻生太郎内閣が発足し、天下分け目の総選挙が近づく〉(文中一部敬称略)●聞き手/武冨薫(ジャーナリスト)※週刊ポスト2019年5月17・24日号
2019.05.16 07:00
週刊ポスト
渡辺恒雄氏 なぜ一介の番記者から総理動かす政治力持ったか
渡辺恒雄氏 なぜ一介の番記者から総理動かす政治力持ったか
 この人物の“長き不在”が永田町に大きな波紋を広げている。「ナベツネ」こと渡辺恒雄・読売新聞グループ本社代表取締役主筆(92)だ。 言論人ながら自自連立や自民党と民主党の大連立構想などを仕掛け、昭和から平成までこの国の政治の舞台回しを担ってきた。 さる8月中旬に自宅で転倒して頸椎の一部を骨折、現在は都内の病院で「リハビリ中」とされるが、3か月経っても動静が伝わっていないことから、健康不安説が消えない。「原辰徳氏の巨人軍監督再就任に際し、あの巨人愛の強いナベツネさんから一言もコメントが出ないのは異例です。11月16日の夜には、容体急変の情報がメディア界を駆け巡り、入院先の病院に報道陣が集まる事態もありました。このまま表舞台に出ないとなると、大げさでなく日本にとって“一つの時代”が終わることになる」(全国紙政治部記者) 渡辺氏はホテルオークラの料亭『山里』で定期的に行なわれるベテラン評論家と政治家との会合「山里会」を主宰し、売り出し中の政治家も「席に呼ばれたらようやく一人前」といわれる。「山里会」常連メンバーの評論家・屋山太郎氏が語る。「記者の枠を超えた人です。組閣や自民党役員人事に力を持ち、何人もの政治家が『入閣させてほしい』とナベさんに頼みに来る。政治家がへりくだる人でした」 安倍晋三・首相や菅義偉・官房長官でさえも“ひよっこ”扱いで、定期的に“ご高説”を賜るために席を設けていたといわれる。「ナベさんは首相の靖国参拝に反対の立場。小泉(純一郎)元首相は忠告を聞き入れなかったが、安倍さんはナベさんに気を使って靖国参拝を控えているんだと思う。安倍さんにはやり遂げたい政策が多いから、逆らうと別のところで横やりを入れられかねない。ナベさんは読売新聞という武器を持っているから、怒らせると『内閣を潰す』と倒閣キャンペーンを張る。そういう怖さを兼ね備えているところが強みでもあった」(屋山氏) 安倍首相がいかに渡辺氏の力を頼っているかは、悲願である憲法改正について昨年5月、「20年施行を目指す」と読売新聞の単独インタビューで述べ、「自民党総裁としての考え方は相当詳しく読売新聞に書いてある。ぜひそれを熟読していただきたい」と国会で言い切ったことからも窺える。 渡辺氏は一新聞記者からいかにして「総理をも怖れさせる力」を身につけたのか。◆権力ゲームでの“異能” 渡辺氏は東大の学生時代、マルクス主義に傾倒して共産党に入党していた時期がある。『渡邉恒雄 メディアと権力』の著者でジャーナリスト・魚住昭氏の指摘だ。「渡辺氏は東大時代に共産党員として学生運動を指導した経験から『本当に1人で学生100人を動かせるとわかった。100人で1万人、200人いれば東大生2万人を好きなように動かせる』と語っていた。学生時代の経験から、人を操る一種の権力ゲームに取り憑かれたのでしょう」 共産党を離れて読売新聞に入社、岸信介内閣で自民党副総裁を務めた大物政治家・大野伴睦氏の番記者になると“異能”を発揮し始める。「駆け出しの頃は大野邸で下足番みたいなことをして大野に食い込み、大野氏の目となり耳となって情報を集め、次第に信頼されていく。渡辺氏が“〇〇を大臣にしてやってくれ”と推薦すると、大野氏が聞き入れるから大臣になりたい議員は渡辺氏に頼むようになる。当時、中曽根康弘氏はそうした口利きで科学技術庁長官に入閣したことから盟友になった。大野番になった他紙の記者も、大野氏より先に渡辺氏に挨拶に行くほどでした」(魚住氏) 同時に読売社内の権力闘争でものし上がっていく。「彼は新人記者の時代から社長を目指し、毎週会合を開いていた。社内に“渡辺派”記者を次々と作り、キャップになる頃には社内人事にも力を持つようになっていた。ライバル幹部に『オレは社長になる。そのためには才能あるやつは邪魔だ。オレのいうことに忠実に従うやつだけが優秀な社員だ』と語っています。そして論説委員長に就任すると紙面を自分の主張に染めていった」(同前) 渡辺氏は社長に就任して名実ともに読売新聞の大権力者になると、他紙の社長とは別格の政治的影響力を持つようになる。 2007年の福田康夫政権誕生では、安倍首相(第一次政権)の辞意表明翌日に日本テレビ本社に“盟友”の氏家斉一郎氏(元日本テレビ会長、故人)とともに森喜朗氏、青木幹雄氏、山崎拓氏という当時の自民党重鎮を呼びつけ、「新・五人組」の談合で福田後継を決定した。 2000年に森内閣打倒を目指した「加藤の乱」は山里会での加藤紘一氏の倒閣宣言から始まった。福田政権誕生後には小沢一郎・民主党代表(当時)との「大連立構想」を渡辺氏が仲介した。いずれも失敗に終わったが、平成に起きた政変には、渡辺氏の影がちらついていた。 郵政相や自治相などを歴任し、渡辺氏と親交がある深谷隆司・元通産相が振り返る。「郵政大臣になったとき、テレビ局の社長や系列新聞社の社長たちが大臣室に挨拶に来たんですが、渡辺さんにだけは『こちらからお伺いします』と読売本社に挨拶に出向いた。お会いしたら天下国家の話を滔々と語りだして、じっと聞いていたら帰り際にお土産をどっさりいただきました」 深谷氏が後で中身を確かめると、巨人グッズが詰まっていたという。まさに自らの意志でフィクサーを目指し、それを成し遂げた人物かもしれない。※週刊ポスト2018年12月7日号
2018.11.26 07:00
週刊ポスト
安倍首相 メディア幹部と積極会食し巧妙に操縦、その参加者
安倍首相 メディア幹部と積極会食し巧妙に操縦、その参加者
 安倍晋三・首相は再登板以来、メディアの幹部と積極的に会食し、懐柔の手段としてきた。新聞・テレビの論説委員クラスや政治評論家には、総理との食事に招かれただけでコロッと参ってしまい、政権のスポークスマン役を買って出ている者が少なくない。 安倍首相のメディア対策が歴代首相に比べて効果をあげているのは、大手メディアの社長や会長と個別に宴席を囲む“社長懇”を慣例化したことだ。この1年を見ても、4月2日にパレスホテルの宴会場「桔梗」で渡辺恒雄・読売新聞グループ本社主筆、福山正喜・共同通信社社長(当時)、熊坂隆光・産経新聞社会長らと食事したのをはじめ、日本テレビの大久保好男社長、日経新聞の喜多恒雄会長、岡田直敏社長と個別に会合を持った。 首相の政治指南役とみられている渡辺氏(6回)と日枝久・フジテレビ相談役(2回)は別格にしても、共同の福山社長は3回も食事している。政治アナリストの伊藤惇夫氏が指摘する。「総理が論説委員や各社の官邸キャップとその時々の政治テーマについて懇談するのは歴代内閣で行なわれてきた慣例で、記者にとっては取材活動です。しかし、安倍首相が社長懇を開くようになって、現場の記者は政権を強く批判すると社長に迷惑を掛けると忖度して記事を書くようになった。それが安倍さんのメディア操縦の巧妙なところです」 政治評論家の田崎史郎・元時事通信社特別解説委員(2回)などとくに首相に近いとされる各社の論説委員やOBたちは、首相から会食に誘われた回数で“いかに政権に食い込んでいるか”を競い合っている。 もちろん、政官財界からマスメディアまで権力に群がるのは今に始まったことではない。だが、安倍首相は性格的に「敵」と「味方」を選別し、待遇に差を付ける。この政権の「お友達政治」の本質は、インナーに入れなければ排除され、政権の便宜も重要な情報も一切得られなくなることだ。 安倍氏にとって、会食やゴルフはそのための踏み絵でもある。「敵」と見なされれば最初から排除される。大手新聞社の経営トップでは、朝日新聞の社長は2013年7月に首相と1回会食しただけで、その後は動静には一切登場しない。※週刊ポスト2018年9月14日号
2018.09.06 07:00
週刊ポスト
巨人次期監督候補に浮上、中畑清氏と原辰徳氏 37年間の因縁
巨人次期監督候補に浮上、中畑清氏と原辰徳氏 37年間の因縁
 日本シリーズ出場の可能性を残してはいるものの、ひどい負け方が続く読売巨人軍。高橋由伸・監督(43)の責任論に火がつき、次は誰か……名前が挙がったのは絶不調のチーム立て直しにはうってつけの「絶好調男」中畑清・前DeNA監督(64)だった。しかし、「中畑監督就任」は一筋縄ではいかないとの見方もある。 実は中畑氏に白羽の矢が立つのは今回が初めてではない。2004年10月、3位に終わった堀内恒夫監督(70)の続投が決まった翌日に、系列紙であるスポーツ報知が「中畑氏への助監督要請」を報じている。「報知が報じたことから、この人事は前オーナー・渡辺恒雄氏や当時の滝鼻卓雄・オーナーの意向だったとみられている。しかし、中畑氏は辞退した。フロントは“断わられることはない”と思っていただけに、赤っ恥をかかされ、それから中畑氏の招聘は永遠になくなったと見られていた」(スポーツ紙デスク) また、原辰徳・前監督(60)の“3度目の登板”を推す声も依然強い。8月中旬に開催されたゴルフのシニアツアー「ファンケルクラシック」に参加した原氏は、「野球界にしっかり目を向ける。僕が(ゴルフツアーに)出ることはもうないと思う」と語ったことが報じられた。 由伸巨人がBクラス落ち危機にある中でその言葉を聞いた記者たちの中には、「もう一度、巨人監督を引き受ける意志を表明した」と受け止めた者も多かった。 巨人入団時の打撃コーチだった縁から松井秀喜氏(44)との距離が近く、「松井」というカードを持つ中畑氏、監督として文句のつけようのない実績を誇る原氏。2人の“因縁”は、オールド巨人ファンにはある種の感慨とともに受け止められる。 大学球界で強打のサードとして鳴らした原が1981年に入団した時、三塁には中畑がいた。どちらをレギュラーにするかで当時の藤田元司・監督(故人)は悩みに悩み、最終的に原はセカンドにコンバートされて開幕を迎える。ところが5月に中畑が負傷。そこから原はサードを任せられ、中畑は復帰後ファーストにコンバートされた。師と慕う長嶋茂雄氏の“聖地”を後輩に奪われ、それから10年以上「サード・原」の時代が続いた。 その後も「エリート四番打者」として原が育てられたのに対し、中畑は「チャンスに強い絶好調男」。対照的なキャラクターで選手人生を終えた。巨人OBが語る。「巨人監督の条件とされる“スター選手”という定義は明確ではないが、“エースか四番”という見方が妥当。その意味では四番を長く務めた(1066試合)原は早くから監督になることが約束されており、“代理の四番(219試合)”だった中畑は、指導者としては原の“陰”に置かれざるを得なかったのかもしれない」※週刊ポスト2018年9月14日号
2018.09.05 16:00
週刊ポスト
巨人・中畑監督誕生なら松井氏を招聘できるこれだけの根拠
巨人・中畑監督誕生なら松井氏を招聘できるこれだけの根拠
「おいヨシノブ! 長嶋さんが悲しんでるぞ」──東京ドームに辛辣なヤジが響く。入院中の長嶋茂雄氏を元気づけるにはほど遠い惨状に、ファンは失望を隠せない。そしてついに高橋由伸監督(43)の責任論に火がついた。8月28日の試合後、山口寿一・オーナーが発した「毎回似たような負け方」という突き放した言い方は、更迭ムードを決定づけた。 それを聞いていた番記者たちは、監督交代を“決定事項”と受け止めた。次期監督の情報収集に一斉に動き出したのだ。しかも、番記者たちは何かに誘導されたかのように揃って「同じ男」を大本命に定めた。それは日本一3回の原辰徳・前監督(60)でもなく、かつて監督候補に挙がった野球解説者の江川卓氏(63)でもない。このチーム状態を見れば、内部昇格も考えられない。「投手コーチの斎藤雅樹(53)はもともと“高橋監督がコケた時の後任”と見られていましたが、昇格しようものなら選手から総スカンを食いかねません。阿部慎之助(39)は現役続行の意志が強く、現実味がありません」(番記者の1人) では、誰がポスト由伸なのか──。奇しくも現役時代に高橋監督と同じ「背番号24」を背負った中畑清・前DeNA監督(64)だった。◆キヨシならゴジラを呼べる 巨人軍監督の就任条件には「巨人の生え抜きで、巨人一筋で過ごしたスター選手」という“掟”があり、過去に例外はない。中畑氏はこの条件をクリアしている。そして巨人が「由伸カラーからの脱却」を目指すのであれば、そのキャラクターも適性が高いという。「就任4年で観客動員を平均9000人も増やした実績があり、現役時代から話題づくりを意識したコメントやファンサービスは天才的。試合後に他人事のような発言を繰り返す高橋監督とは実に対照的です」(スポーツ紙デスク) DeNA監督時代にAクラス入りはなかったものの、「筒香嘉智(26)を辛抱強く育てた手腕を始め、チーム作りを評価する声は根強い。後任のラミレス監督(43)がCSに進出できたのも中畑さんがつくった土台のおかげと見る選手は多い」(同前) だが、《巨人・中畑監督》が確実視される理由は、そうした「オモテの評価」だけではない。先の“監督就任の掟”に風穴を開けたい意図が球団内部にあるのだという。「DeNA監督を務めた中畑氏は、これまでの巨人の価値観では“一度球団を裏切った者”と見なされる。過去の監督にそうした“出戻り組”は誰もいない。ただ、今後のことを考えればその縛りを外したい。その意味でも中畑監督は都合がいい」(スポーツジャーナリスト)“今後のこと”が意味するものは何か。一度は巨人軍に背を向けた過去があるスター選手──MLBで現役を終えた松井秀喜氏(44)の監督就任だ。「松井は2012年に現役引退して以降、2015年にヤンキースのGM特別アドバイザーに就任しますが、巨人の肩書きは一切ない。2002年にFA宣言してメジャー移籍する際、当時の渡辺恒雄・オーナー(92)と確執が生じたことが尾を引いているとも言われてきた」(前出・スポーツ紙デスク) 中畑氏が監督になれば、「松井監督」の就任ハードルも下がる。しかも、中畑氏は松井氏と巨人の距離を縮めるキーマンでもある。「中畑さんは、松井が巨人に入団した時の打撃コーチ。毎日のように自宅の地下室で特訓させ、夫人が食事の世話までした。松井もこの経験がなければ、大成しなかったという感謝があるのでしょう。だから2012年オフに開かれた中畑さんの『DeNA監督就任を祝う会』に松井は長嶋茂雄さん(82)と一緒にサプライズ登場し、2015年のキャンプでは臨時コーチを引き受けた。長嶋さんを別にすれば、松井がここまで心を許している日本球界の先輩は中畑さんだけだと思います」(同前) 中畑氏も松井氏への思い入れの強さを明かしたことがある。昨年6月、千葉県内で開かれたトークショーで、「松井は日本の野球界に恩返しをすべきだ」と熱弁している。「NPBの事務局長から相談を受けたという中畑さんは、将来的な日本代表の監督として松井を推したことを明かしました。さらに、『私が説得して、直接話をすれば聞いてくれる』と話していた」(トークショーを取材した記者) この発言は「日本代表(侍ジャパン)監督」を念頭に置いたものであるが、中畑氏が「巨人監督」という立場になれば、それは“私が話せば松井に巨人の監督を継ぐよう説得できる”と置き換えられるのではないか。この中畑発言を巨人も重く見ているようだ。「現在入院中の長嶋さんが“いつか愛弟子の松井に巨人のユニフォームを再び着てほしい”と願っていることは間違いなく、ファンもそれを期待している。実現するためには“中畑をブリッジにして松井に”という筋書きを考えるのはごく自然な流れ。中畑監督が実現すれば、中畑の説得で“松井ヘッド”もあり得るでしょう」(ある巨人OB)◆「光栄な話です」 そして監督人事の最終的な鍵を握るのが、渡辺氏であることは間違いないだろう。 7月6日、前半戦終了の報告に出向いた高橋監督との会談後、東京ドームで試合を観戦した渡辺氏は、「監督はよくやっている。いい選手もいる。みんなバカじゃない。ただ足りないよね。もっと強化しないと。圧倒的に勝つようにね」と取材陣に語った。端々に不満は感じられるが、「監督交代は不要」と取れる。 だが、今のチーム状況は明らかに変わりつつある。「2004年に中畑氏が助監督打診を断わった(※注)経緯もあり、渡辺氏は本来ならまず中畑氏の監督就任を許さないでしょう。しかし、渡辺氏にとって松井監督誕生は長年の悲願です。巨人の監督候補としていつも松井の名前を挙げ、“松井君しかいないだろ”とも口にしたことがある。【※注:堀内恒夫監督(70)の続投が決まった翌日に系列紙であるスポーツ報知が「中畑氏への助監督要請」を報じている。報知が報じたことから、この人事は渡辺氏や当時の滝鼻卓雄・オーナーの意向だったと見られただけに、断られて赤っ恥をかかされた】 松井の首を縦に振らせる目処がいまだ立たないなか、説得役を病床にある長嶋氏に頼みようがない以上、中畑氏を頼るしかない状況が生まれつつある」(巨人軍関係者) 図らずも「球界の盟主」の行く末を左右する立場となった中畑氏を直撃した。「野球人だからね。監督をやってみたいというOBがごまんといる中で、そういう(巨人監督という)話が出ることは光栄ですよ。もちろん話があれば聞くけど、(現段階では)何も言えないよ」 来季の開幕戦、采配を振るうのは誰か──。※週刊ポスト2018年9月14日号
2018.09.03 16:00
週刊ポスト
病床の長嶋氏が熱望すれば巨人・松井監督誕生の可能性も
病床の長嶋氏が熱望すれば巨人・松井監督誕生の可能性も
 都内にある大学病院の上層階の一室に、今も“ミスター”こと長嶋茂雄氏(82)の姿はある。入院生活は、すでに1か月超──。 その容態を詳しく報じたのが8月9日発売の『女性セブン』だった。〈長嶋茂雄緊急入院!「懸命の病室」と「家族の相克」〉と題した記事で、胆のうの不調により、肌や目が黄色くなる「黄疸」の症状が出ていたことを報じた。記事には高熱とともに激しい腹痛に襲われた長嶋氏が、病院に運び込まれたとある。8月上旬の時点で病状は一進一退で、予断を許さない状況だと伝えられている。 入院が続く長嶋氏の念願の1つが、愛弟子・松井秀喜氏(44)の巨人監督への就任だという。「松井の中にもいつかは巨人に恩返しをしたいという気持ちはあるが、2002年にFA宣言してメジャー移籍した際、当時の渡辺恒雄オーナー(91)との関係に亀裂が生じたといわれている。渡辺氏が健在のうちは、監督として巨人のユニフォームに袖を通すことはできないと考えているようです。 2人の子供をニューヨークで育てており、次男はまだ1歳半。以前都内に所有していたタワーマンション最上階の部屋も処分しているので、監督就任となれば単身赴任になりますから、事情は複雑でしょう」(球界関係者) 引退後、ヤンキースのGM付特別アドバイザーに就任した一方、キャンプで臨時コーチを務めるに留まるなど、巨人とは一定の距離を置いてきた。 だが、そんな状況にも少し変化が感じられる。8月8日、松井氏は前巨人監督の原辰徳氏(60)とプロ野球のゲスト解説に登場した。読売グループの日本テレビが中継する巨人・阪神の伝統の一戦である。「高橋由伸監督(43)は今年が3年契約の最終年。首位広島に約10ゲーム差をつけられ、CS進出の可能性は十分にある一方で、仮に4位以下になれば2年連続Bクラスという、同一監督では球団史上初の失態です。 巨人では監督のシーズン途中休養の前例がないため最後まで采配を振るうでしょうが、このままではオフの監督交代が現実味を帯びてくる。原さんの3度目の就任も噂されていますが、松井本人の心情に変化の兆しが見える今の状況で、長嶋さんが松井監督誕生を熱望すれば、可能性はないとは言い切れません」(同前) さらにいえば2年後の東京五輪の競技種目に、野球は名を連ねている。脳梗塞でアテネ五輪代表の監督を辞退した長嶋氏としては、母国開催の五輪に寄せる思いには並々ならぬものがあるだろう。侍ジャパンの活躍に拍手を送るミスターの元気な姿を見たい。※週刊ポスト2018年8月31日号
2018.08.22 07:00
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小室圭さん・眞子さん夫婦が「離婚で終わったとしても…」英デイリー・メールが報じた「茨の道」
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