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【安楽死】に関するニュースを集めたページです。

杉咲花、最新映画への出演をついに解禁!
杉咲花、最新映画への出演をついに解禁!
女優の杉咲花さんが2019年1月25日公開の映画「十二人の死にたい子どもたち」に出演する事を自身のインスタグラムで発表しました。https://www.instagram.com/p/BptlTjInSAr/杉咲さんは自身のインスタグラムに映画のポスタービジュアルを公開し「私は7番の少女、アンリという役です」とコメントを添えています。杉咲さんの出演情報解禁に、ファンからは「絶対見ます!」「面白そう〜!」「公開まで待ちきれない」「パッツンロング最高に可愛い!」と反響が寄せられています。https://www.instagram.com/p/BqbWZxDBsNv/また本作品の物語は集団安楽死をするために集結した12人の未成年という設定。剥き出しになる12人の死にたい理由と、同時進行する犯人捜しへの追及が繰り広げられるリアルタイム型・密室ゲームのサスペンスが描かれています。
2018.11.22 07:17
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話題集中「十二人の死にたい子どもたち」の全貌が明らかに
話題集中「十二人の死にたい子どもたち」の全貌が明らかに
2019年1月25日に全国公開される映画「十二人の死にたい子どもたち」のキャストが発表されました。https://www.instagram.com/p/BqZvgWlgdXj/この物語は集団安楽死をするため廃病院に集まった12人の未成年がまだ生温かい死体を発見し、疑心暗鬼に陥っていくサスペンスとなっています。映画撮影当初はキャストが未公開となっていましたが11月20日にキャストと、さらに予告編も公開されました。https://twitter.com/shinitai12movie/status/1064971645121646592出演キャストは女優の杉咲花さん、俳優の新田真剣佑さん、歌手で俳優の北村匠海さんをはじめとする若手実力派俳優たちが出演することが明らかになりました。待ちに待ったキャスト解禁に、ファンからは「待ってましたー!」「すごく公開が楽しみです」「来年まで待ち遠しい」と反響の声が寄せられています。ですが4番の数字のマスクと帽子を被った人物については予告でもモザイクがかかっており誰なのかは明らかにされていません。キャストが解禁となり、モバイクなしで公開された予告編がこちらです。https://youtu.be/P6-Wr_ovW_o12人のキャストたちが「死にたい」とつぶやく印象的な内容となっています。4番目のキャストを含め、これからの情報解禁に期待したいですね。
2018.11.21 05:16
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「尊厳死宣言」は逮捕恐れる医師にとっても「救い」となり得る
「尊厳死宣言」は逮捕恐れる医師にとっても「救い」となり得る
 日本公証人連合会が、ある調査結果を発表した。今年1~7月に、公証役場で作成された『尊厳死宣言公正証書』(以下、尊厳死宣言)の数が、983件にのぼったという。 そもそも、公正証書とは、法務大臣に任命された公証人が作成する文書のことだ。金銭貸借を含む各種契約や、遺言などの内容を公証人が証明することにより、法的な紛争を未然に防ぐことを目的としている。 そこで作成される尊厳死宣言には一体どんな役割があるのか。優オフィスグループ代表で、行政書士の東優氏が解説する。「尊厳死宣言は、終末期に延命治療を望まない意思を、公証人の前で宣言する文書です。法的な拘束力はありませんが、家族や医療機関などに対して自分の意思を表明できるものです」 尊厳死宣言は、本人や家族はもちろん、医師の側から見ても大きな意味を持つ。日本尊厳死協会関東甲信越支部理事で杉浦医院院長の杉浦敏之氏がいう。「10年ほど前までは、尊厳死の意思表明があっても、治療を続けようとする医師が多かったように思います。 最近は尊厳死への理解も深まって、本人の意思が確認できるようなら、尊重しようという医師も増えていますが、延命治療をしないのは、“命を救う”という医師の本懐に反する行為です。治療を続けたい気持ちが強い医師もいる。公正証書の存在は、そうした医師への説得材料にもなり得るのです」 医師が抱えるリスクへの配慮もある。「家族が延命治療を望んでいるのに、“本人がこう思っているんだから、おしまいにしましょう”とは言えません。あとになって家族から“治療をしてほしいと言っていたのに、無視された”と訴訟になってしまう可能性があります」(同前) 尊厳死宣言には医療従事者に対する免責事項が組み込まれることがほとんどだ。家族などからの民事責任(損害賠償請求)に加え、犯罪捜査や刑事訴追の対象とはせず、責任を問わないでほしい旨の記載がされる。 過去には、実際に医師が刑事責任を問われたケースもある。1998年11月、神奈川の川崎協同病院で呼吸器内科部長だった女性医師は、気管支喘息の重積発作で極度の呼吸困難状態にあった患者から、気道確保のための気管内チューブを外した。患者が上体をのけぞらせて苦しみだしたため、鎮痛剤と筋弛緩剤を投与したところ、患者は息を引き取った。 殺人罪に問われたこの医師は2007年2月に、高裁で懲役1年6か月、執行猶予3年の判決を受け、2009年12月に最高裁が上告を棄却したことで、刑が確定した。 2006年には、富山県の射水市民病院で入院患者の人工呼吸器が取り外され、50~90歳の7人が死亡していたことが明らかになった。取り外しを行なったとされたのは外科部長だった。「医師は家族や本人との合意のもとで止めたと主張。しかし警察は殺人として捜査を進めた。結局不起訴となったが、長い時間がかかった。その間、医師は“殺人容疑者”です」(山王メディカルセンターの医師・鈴木裕也氏) 尊厳死宣言が広がれば、そうした現実が少しずつ変わるかもしれない。日本公証人連合会の向井壯氏がいう。「仮に裁判となっても、公正証書があれば裁判所の判断材料において強い証明力を持ちますから、本人の意思があった、という点については認められると考えられる」 尊厳死宣言の記載は、罪に問われることを恐れる医師にとっても“救い”となり得る。一方で、やはり法的拘束力はないため、医師が患者の希望に沿えるよう、その免責を法的に位置づけるべきという意見もある。◆気が変わってもいい『安楽死を遂げるまで』(小学館刊)の著書があるジャーナリストの宮下洋一氏は、尊厳死宣言に一定の評価を与える。「日本人は自分の明確な意思を示しづらい国民性を持っていると感じています。『私文書』での意思表明は、自分の考えよりも、“そろそろ自分は死んだ方が子供たちのためにも良いんじゃないか”といった気遣いや、“介護や医療費が嵩んでいるな”という思いが優先されがちです。 だから、迷いがあってもサインしてしまうことがあるんです。そういった点では、公証人という第三者が意思を確認する尊厳死宣言は、従来の事前指示書よりは正当性があると言えるかもしれません。 ただ、一度決めたとしても人間の意思は変化する。体調が悪くなると書面にしておいた方がいいと思うかもしれないけど、気分が良い時はまだ生きられると思ったりもするでしょう。死の寸前で変わることもある。前もって準備することは大切ですが、気持ちの変化を日々再確認しておくことも肝要でしょう」 逝き方を考えることは、自分の人生に最後まで責任をもつということでもある。医療の進歩で簡単には死ねなくなった時代だからこそ、「尊厳死宣言」の文面を見ながら、一人ひとりが考えることの意味は大きい。※週刊ポスト2018年11月2日号
2018.10.26 07:00
週刊ポスト
スイスでの安楽死、薬剤投与から死に至るまで20秒
スイスでの安楽死、薬剤投与から死に至るまで20秒
 自民党が終末期医療の在り方を規定する新法作成の整理に入った。尊厳死・安楽死について国内の議論が大きく動き出そうとしている──。 脚本家の橋田壽賀子さん(93才)は、昨年刊行した著書『安楽死で死なせて下さい』(文春新書)で、「認知症になったら人に迷惑をかける前にスイスで安楽死したい」と主張した。安楽死を求める日本人が「スイス」という国名を口にするのには理由がある。安楽死を認める国のうち「外国人の受け入れ」を許可するのはスイスだけなのだ。実は、スイスのある団体の統計によれば、この3年間で3人の日本人が現地に渡って安楽死している。2年の歳月をかけて世界6か国を訪問し、2017年12月に安楽死に関する取材をまとめた『安楽死を遂げるまで』(小学館)を発表したジャーナリストの宮下洋一さんはこう語る。「厳密にいえば、スイスで認められているのは医師による『自殺幇助』です。希望者が提出した医療記録を自殺幇助団体が審査し、明確な意思を表現できる患者のみに対し、措置が下されます」  宮下さんは、スイスの自殺幇助団体「ライフサークル」の協力を得て、数々の外国人が「自死」する場面を現地で取材しているが、そのうちの1人が、イギリス人のサンドラ・エイバンスさん(当時68才)だ。 中枢神経を侵す難病「多発性硬化症」を患い、断続的に続く激痛に生きる希望を失ったサンドラさんは、2016年4月、安楽死を遂げるためスイスに渡った。心疾患のため飛行機に乗れない夫をイギリスに残してのひとり旅だった。「異国で死を迎える前日の夕方、彼女は、『私の人生は今後、改善される見込みはありません。坂を滑り落ちるだけです』と“自死の動機”を語りました。ただし、『唯一の恐怖は、夫の将来です』とも口にして、彼女がいない世の中で夫が幸せになることを願っていました」(宮下さん) 翌朝、宮下さんは自殺幇助の現場に立ち会った。 スイスの自殺幇助は、患者が致死薬入りの点滴のストッパーを自ら解除する方法が一般的だ。点滴を左手首に刺したサンドラさんは、医師による最終診断を受けた。「このストッパーを外すと何が起こるかわかりますか」と尋ねられると、彼女は「Yes I will die(はい、私は死ぬのです)」と躊躇することなく答えた。「その後、夫の写真1枚1枚にキスをしたサンドラさんが自らストッパーを解除すると、ほんの20秒ほどで彼女の全身の力がスーッと抜けて、あっという間に息を引き取りました。直前まで普通にしゃべっていたので、死の瞬間を目の当たりにして“本当に止めないでよかったのか”との自責の念にかられました」(宮下さん)◆死の直前まで明るく振る舞う 膵臓がんを患ったスウェーデン人のヨーレル・ブンヌさん(当時68才)は2015年9月に余命半年と宣告され、夫とともにスイスを訪れた。「死が予告されていた彼女は『なぜあと何か月も耐え難い痛みをがまんして生きる必要があるのか。私は無神論者で神や死後の世界は信じていません』と言い、『耐えられない痛みとともに、じわじわと死んで行くのが恐怖なのよ』とも訴えました」(宮下さん) 死の前日、宮下さんが取材時の写真や会話使用の誓約書にサインを求めると、彼女は冗談めかしてこう言った。「明日はもう死んでいるから、サインできないわよ」 宮下さんが振り返る。「その翌朝、ブンヌさんは旅立ちました。彼女の夫は深い喪失感に苛まれてしばらく苦しみましたが、その後再婚し、彼なりの幸福を見つけたようです」 宮下さんが出会った安楽死者は、みな、死の直前まで人としての尊厳を失わず、明るく振る舞った。死の当日に親族、知人を集めて盛大なパーティーを開いた人もいた。 日本では考えられない光景の連続に立ち会った宮下さんは何度も逡巡し、何が正しいのか見失うこともあった。 スイス最大の自殺幇助団体「ディグニタス」の公表資料によれば、同団体は2015年から2017年までの3年間で50か国645人の自殺を幇助した。「日本人は2017年に25人、2016年に17人、2015年に15人がディグニタスに登録しています」(宮下さん) この中の3人がすでに自殺幇助により死亡したと公表されている。※女性セブン2018年10月11日号
2018.09.30 07:00
女性セブン
日本での尊厳死 事実上容認だが法的には「グレーゾーン」
日本での尊厳死 事実上容認だが法的には「グレーゾーン」
 病室の窓の向こうに、大きな海が広がる。海岸の近くにある病院で、個室のベッドから身を起こした女性はこう言った。「このまま生きていても、寝たきりになって周りに迷惑をかけるだけ。だから私は、スイスに渡って安楽死をする準備を進めています」 難病のため一語一語を確かめるようにゆっくりと発音するが、意識は明瞭だ。 彼女の言葉を真剣な表情で聞くのは、ジャーナリストの宮下洋一さん(42才)。宮下さんは、2年の歳月をかけて世界6か国を訪問し、2017年12月に安楽死に関する取材をまとめた『安楽死を遂げるまで』(小学館)を刊行した。この9月、第40回講談社ノンフィクション賞を受賞するなど反響が広がっている。「連載や本を読んだ多くのかたから『どうしたら安楽死できますか、死ねますか』という連絡をメールや手紙で何十通もいただく。日本でも安楽死についての関心が高まっていると感じます」(宮下さん) 現在、日本では安楽死は認められていない。病院で宮下さんと向き合う女性も、異国での安楽死を強く望んでいる。この日、病を押して約3時間に及んだ宮下さんとの対話の最後に、彼女はこう言った。「死にたくても死ねない私にとって、安楽死は“お守り”のようなものです。安楽死は、私に残された最後の希望の光なんです」 死ぬことが「希望」だと言う彼女の言葉は、いったい何を意味するのだろうか──。◆日本での議論はタブーとされてきた オランダ、ベルギー、スイス、ルクセンブルク、米国のオレゴン州、ワシントン州など、欧米では一部の国や地域で容認される安楽死だが、これまで日本ではあまり議論が深まらなかった。 終末期医療が専門で、一般財団法人日本尊厳死協会副理事長を務める長尾和宏医師が指摘する。「日本では最近まで“少しでも長く生きてもらう医療”が最善とされてきました。それゆえ、患者の死の自由を認めるような安楽死はもちろん、自然経過に任せた最期である尊厳死の議論さえもタブー視されてきました」 しかし、超高齢化が進んで「自分の死に方」がリアルな現実となるなか、近年は日本でも安楽死が真剣に議論されるようになった。 例えば、脚本家の橋田壽賀子さん(93才)が、昨年刊行した著書『安楽死で死なせて下さい』(文春新書)で、「認知症になったら人に迷惑をかける前にスイスで安楽死したい」と主張した。この橋田さんの主張に対して、作家の筒井康隆さん(84才)が「日本でも早く安楽死法を通してほしい」と賛同。一方、スピリチュアルカウンセラーの江原啓之さん(53才)は「安楽死をしたいなんて言ってはいけません」と反論するなど、賛否両論が巻き起こった。 日本における安楽死の議論には「誤解」があると長尾医師が話す。「日本では『安楽死』と『尊厳死』が混同されています。安楽死とは、『医師が薬剤を用いて意図的・積極的に死を招く医療的行為』であり、刑法の殺人罪などが適用される犯罪です。一方で尊厳死とは、『死期が近い不治かつ末期の患者が延命治療を拒否する一方、緩和ケアを充分に使うことで、自然な死を目指すこと』を指します」 現在の日本では、「尊厳死の議論を避けている」と長尾医師は指摘するが、超党派の議員連盟が目指す「終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案」は、いまだ国会に提出されていない段階でもある。 他方で、尊厳死は医療現場において事実上容認されつつある。「厚労省や各学会のガイドラインなどに基づき、“本人と家族、複数の医師が合意すれば、延命治療を中止する尊厳死は許される”との考えが医療現場では広がりつつあります。実際に『胃ろうの中止』や、耐えがたい苦痛を取り除くために麻酔薬で眠らせたまま最期を迎える『終末期鎮静』などにより、患者さんは穏やかな死を迎えています。 ただし、これらの医療行為は法律的な裏付けが充分ではないため、医師が殺人罪などで訴えられる可能性のある“グレーゾーン”でもあります」(長尾医師) そんな最中の9月16日には、自民党が終末期医療の在り方を規定する新法作成に動き出したと毎日新聞が報じた。安楽死について、今後国内の議論が大きく進むはずだ。※女性セブン2018年10月11日号
2018.09.27 07:00
女性セブン
スイス自殺幇助団体代表「最近、日本人の登録も増えている」
スイス自殺幇助団体代表「最近、日本人の登録も増えている」
 スイスやオランダ、ベルギー、ルクセンブルク、カナダなどで行われている「安楽死」。その実態に迫ったジャーナリスト・宮下洋一氏の著書『安楽死を遂げるまで』は、終末医療、そして生と死に思いをめぐらせる作品として話題になった。同作で講談社ノンフィクション大賞を受賞した宮下氏が、取材を通じて知り合ったスイスの自殺幇助団体代表に再び会いに行くと、同代表は驚くべき言葉を口にした。宮下氏がリポートする。 * * * 本誌・SAPIOで16回にわたって連載した『安楽死を遂げるまで』(雑誌掲載時「私、死んでもいいですか」)が第40回講談社ノンフィクション賞を受賞した。安楽死という答えのないテーマに関して、不躾な質問を許してくれた各国の医師、患者、遺族に深く感謝したい。なかでもスイスの自殺幇助団体「ライフサークル」代表で、医師のエリカ・プライシック(60)には御世話になった。 彼女のもとで、数多の安楽死志願者の紹介を受け、時には死の「瞬間」にまで立ち会うことになった。 今年に入り、私は彼女に御礼の連絡を取ろうと思った。だが、メールの返事は滞った。春先には、スペインにいる私にライフサークルのニュースが伝わってきた。104歳のオーストラリア人科学者に対して、同団体が死を幇助したのだという。プライシックの沈黙と何か関係があるのだろうか。 今年5月、スイス・バーゼルにある彼女の自宅を再訪した。「会いたかったわ、ヨーイチ」 予想に反して、彼女は快く迎えてくれた。だが、顔色はさえない。聞くと昨年後半以降、精神的疲労を募らせているという。スイスは自殺幇助が法律で認められているわけではない。罪に問われないだけだ。世界中から患者が訪れる同団体を警察も黙認しづらくなったのだろう。彼女は、当局との摩擦が絶えないことを明かしてくれた。 件の104歳の科学者の自殺を幇助したのも彼女ではなく、新たに団体に加わった男性医師だった。 科学者は死に至る病を患っていたわけではなかったが、生き続けることに意味を見出していなかった。プライシックは、私に言った。「末期(症状)でなくても、一定の年齢を超えた老人の抱く人生の質は、われわれとは全く違います」 彼女は変わっていなかった。さらに、「最近は日本人の登録も増えているわ」とさらりと言った。会員の安楽死が即座に決行されるわけではない。医師の診断書に加え、現地語での面接が必要で日本人にはハードルが高い。だが、スイスの別団体は2015年以降、日本人の自殺幇助が3件あったと発表している。詳細は不明だが、海を渡る日本人志願者も珍しくはないのだろう。次回、会った際に彼女から決行の事実を伝えられたとしても驚かない。 別れ際に彼女は、こう漏らした。「あそこにいる義父や義母は、幇助できない。私には近すぎるから」 他人の自殺幇助は行えて、自らの身内に対してはそれを行えない。その心は理解できる。ただ、そうした感情面で安楽死の是非が判断されるとしたら、それは制度としては危ういのではないか。同書では実際に彼女への反論を書いた。 携帯を取り出した彼女は、リビングにいた義母を台所に呼んだ。『安楽死を遂げるまで』を手に持ち、私の横に小柄な体を寄せてきた。義母に撮ってもらった写真を確認すると、彼女は「ありがとう」と微笑み、私の肩に手を回した。 やるせない思いを宿しながら、私も笑顔を作った。取材開始当初、彼女からこう告げられた。色々な人の意見を聞いた上で、最終的には、あなた自身が判断しなさい。 もし彼女が、この作品を読み異論を唱えようとも、きっと分かってくれる。そう信じることにした。【PROFILE】みやした・よういち/1976年、長野県生まれ。ウエスト・バージニア州立大学卒業。その後、スペイン・バルセロナ大学大学院で国際論修士、同大学院コロンビア・ジャーナリズム・スクールで、ジャーナリズム修士。主な著書に『卵子探しています 世界の不妊・生殖医療現場を訪ねて』など。※SAPIO 2018年9・10月号
2018.09.09 07:00
SAPIO
「未成年でも命を奪う罪の重さは同じ」 被害者遺族の声
「未成年でも命を奪う罪の重さは同じ」 被害者遺族の声
 2016年7月、神奈川県相模原市の障害者施設で発生した19人刺殺事件で逮捕された植松聖被告(28才)は、事件前、「障害者は生きていても仕方ない。安楽死させた方がいい」などと同僚に話したことから「措置入院」(自傷他害の傾向が強い人間を行政が強制的に入院させる制度)の手続きが取られていた。 しかし入院から12日後に担当医が「他人を傷つける恐れがなくなった」として退院を認め、その5か月後に戦後最大の大量殺人が発生した。退院を許可した医師の判断や退院後のケアについて多くの疑問が投げかけられたのは、当然の流れだった。 この点を踏まえて、被害者の遺族の立場から、服役囚の出所の制限に対してこんな意見もある。神戸連続児童殺傷事件で酒鬼薔薇聖斗こと少年Aに襲われた堀口めぐみさん(仮名 当時10才)の父親・堀口孝史さん(仮名 58才)はこう話す。「刑務所や少年院では細かく精神鑑定などを行い、場合によっては刑期の延長や出所後の観察期間を義務付ける必要があると思います。少年Aの場合、仮出所後の保護観察期間があまりにも短かった」(孝史さん) 実際、相模原の事件を受けて、措置入院患者の退院後の支援計画に警察が介入し、退院後に患者が転居した場合は本人の同意なく転居先の自治体に個人情報を通達できるなどの法改正が進められている。 刑事罰の厳罰化も論点の1つだ。「未成年であろうがなかろうが、人の命を奪うという罪の重さは同じ。残虐な事件の場合は加害者が未成年であっても刑を厳しくすべきです。現行の少年法では、18~19才の未成年者は保護の対象であり、刑事事件では原則として家庭裁判所の審判を受けます。 2022年4月に選挙権年齢を18才以上に引き下げることに伴い、18~19才も保護の対象から外すべきです。また少年Aのような14才以下も刑事罰の対処となるよう少年法を改正してほしい。こうした厳罰化が犯罪を少しでも抑止することにつながるのではないでしょうか」(孝史さん) 厳罰に処すべきは殺人犯ばかりではない。凶悪犯罪に詳しいジャーナリストの大谷昭宏さんは、「虐待親」にも厳しい対応が必要だと指摘する。「目黒の虐待事件(5才の女の子が亡くなった)のように、通報を受けた児童相談所が親に面会に行って拒否された場合、3回拒否されたら強制的に親から子供を取り上げるなど罰則の強化が求められます。行政が権限を持ち、親を厳しくチェックし、問題があると判断した場合は即座に親子を引き離す。公的な権限を持った児童相談所が厳しく対応すべきです」※女性セブン2018年7月12日号
2018.06.30 07:00
女性セブン
自殺幇助はなぜ犯罪になるのか その理由について
自殺幇助はなぜ犯罪になるのか その理由について
「自殺幇助」という犯罪がある。「自殺」そのものは日本では犯罪にならないが、それを手伝うと罪になる。評論家の呉智英氏が、なぜ、自殺幇助が犯罪となるのかについて論じる。 * * * 一月末、評論家の西部邁が自決した。空しく見苦しい余生より、自らの意志で死を決断する。まさに自決であった。対談や講演などで交流のあった私としては、西部さんらしい逝き方だなと思った。 しかし、四月になって予想外の報道を知ることとなった。西部の自決を手伝った二人の人物が自殺幇助罪で逮捕されたのである。二人は西部の思想的共鳴者であり、言論活動の協力者でもある。自決の手伝いは当然と言えるところであるが、法律上は違法だ。二十六日には起訴となった。西部はしばしば生命絶対主義への懐疑を口にしていたが、期せずして西部の思想は法律に体現された常識論への批判の一矢となった。 日本では自殺は刑法に触れない。キリスト教国などには自殺を犯罪とする国もあるらしいが、未遂しか罰しようがない。まさか自殺した遺体を投獄するわけでもなかろう。キリスト教由来の伝統がなく、自決も人間の尊厳を守る儀式の一つと考える日本では、自殺そのものは不可罰となっている。 しかし、不思議なことに自殺幇助は罪になる。本来、幇助犯は正犯に対する従犯であり、正犯が罰せられるからこそ、その協力者である従犯も正犯に準じて罰せられるはずである。ところが、自殺幇助は、自殺そのものが罰せられないのに、これが独立して一つの犯罪となっている。 それには一応の理由がある。 他人を追いつめて自殺させる自殺教唆や無理心中のような場合は一種の殺人である。これが犯罪となるのも納得できる。しかし、自殺者に共鳴した介助者を罰する理由は何だろうか。唯一考えられるのは、自殺は自分の生命を処断することだから許されもするが、幇助は他人の生命を殺めることになるから許されない、という理由だ。当然ながら、かなり苦しい理由である。 自殺幇助罪の孕む問題は、一九七〇年の三島由紀夫事件の裁判でも議論された。三島を介錯した森田必勝は、自らも三島に殉じて切腹したため訴追にはならなかった。その森田を介錯した古賀浩靖は自殺幇助の罪に問われた。古賀は日本の武士の作法であると主張したものの、認められなかった。私は三島の思想にも行動にも賛成しないが、この主張には賛成する。 自殺幇助罪は、平凡な庶民の“終活”にも関係してくる。安楽死である。現在日本で合法なのは、死が目前に迫り苦痛も甚しい場合に延命治療を拒否する尊厳死だけである。それ以上の安楽死は認められていない。それでも安楽死を望むなら、体力や手段の関係上、他人の協力すなわち幇助者が必要となる。しかし、幇助者には大きな迷惑がかかる。私自身、老親の看取りに際し大いに悩まされ、次は自分の番だと実感した。 三島由紀夫が中央公論新人賞の選考委員だった時、強い衝撃を受けたのが深沢七郎の『楢山節考』である。近代的生命観とは無縁の世界に住む老母の自決を描いた作品であった。生命絶対主義に暗い一撃を与えたのだ。●くれ・ともふさ/1946年生まれ。日本マンガ学会前会長。著書に『バカにつける薬』『つぎはぎ仏教入門』『真実の名古屋論』など多数。※週刊ポスト2018年5月18日号
2018.05.07 16:00
週刊ポスト
女性セブン2018年9号の当該記事以外使用NG
「優生保護法」で強制的に不妊手術を施された女性の絶望の日々
「憲法13条が保障する意思決定の自由。人として最も重要なこの権利を国が侵害していたという事実に、目を背けないでほしいんです」 宮城県仙台市の法律事務所で本誌・女性セブンの取材にこう語るのは、藤間環弁護士。1月30日、藤間弁護士を含む15人の弁護団は、国を相手に前例なき訴訟を行った。原告女性は同県在住の60代のAさん。知的障害を持つ彼女は50年ほど前、国によって強制的に不妊手術を施され、子供を産めない体にされていた。 心身に多大な苦痛を負ったAさんはその後、国から謝罪や賠償を受けることなく、絶望の年月を過ごしてきた。“けじめ”を国に求めて立ち上がった彼女の半生が、日本の闇をあぶり出している。 戦後ほどなくして宮城県に生まれたAさんは1才の時、口蓋裂の手術で使用した麻酔が原因とされる脳障害を負った。言葉は交わせるが、複雑な会話は苦手で、幼少期から苦労したと言うAさん。悪夢は15才の時に突然やってきた。「『遺伝性精神薄弱』を理由に、本人の同意もないまま、公立病院で卵管を縛る不妊手術を受けさせられたのです。宮城県が公開した記録に、その事実がはっきりと記載されていました。遺伝性といわれても、Aさんの親族に障害を持つ人はいないし、そもそも障害があろうとなかろうと、不妊手術を強制するなど言語道断です。当時、本人は何をされたのかさえ理解していなかったと言います」(藤間弁護士) 現代社会では考えられない非道行為。だが、当時の日本は法律がそれを認めていた。1948年に施行された「優生保護法」の存在だ。強制不妊の歴史に詳しい立命館大学生存学研究センター客員研究員の利光惠子さんが語る。「『優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する』という名目で、重大な障害のある人たちの生殖、出産能力を取り除くという恐ろしい法律でした。“障害者が子供を産んでも育てられないし、受け入れる社会も大変”という差別と偏見の果てに生まれた発想です。遺伝性ではない精神疾患患者でさえターゲットにされました。歴史的に、“精神疾患は家族に原因がある”という誤った偏見があり、国もそれを真に受けていたのです」 優生保護法の背景にあるのは、終戦直後の爆発的なベビーブームだった。食糧難で人口抑制が急務となり、障害を持って生まれてくる可能性のある子供は、「社会的負担が大きい存在」として、事前に排除することになったのだ。 優生保護法は、建前上「本人の同意」が必要とされたが、国はこの法律に“例外”を用意していた。「それが優生保護法の第4条と第12条です。公益上不妊手術が必要だと医師が判断した場合、都道府県の優生保護審査会に申請し、承諾を得れば、本人の同意なく手術を施すことが認められたのです」(利光さん) 当時、厚生省公衆衛生局から各都道府県知事宛に出された通達には、衝撃の文言が記載されている。《強制の方法は、手術に当たって必要な最小限度のものでなければならないので、なるべく有形力の行使は慎まなければならないが、それぞれの具体的な場合に応じては、真にやむを得ない限度において身体の拘束、麻酔薬施用又は欺罔(※編集部注・人をあざむき、騙すこと)等の手段を用いることも許される場合がある》 1996年に優生保護法が廃止されるまでの間、強制的に不妊手術を受けさせられた患者は、判明しているだけで1万6000人超。最年少患者は9才だった。利光さんの調査によれば、障害者施設等で、「月経の介助が面倒」といった職員側の理由で不妊手術を強制された患者も多数いたという。◆障害者に優しい社会になってほしい 国による非道行為の被害者となったAさんは、苦難の人生を歩むことになる。前出の藤間弁護士が語る。「20代前半で縁談が持ち上がりましたが、子供が産めないため破談になりました。手術の後遺症で、腹痛に悩まされることも多かった。卵巣組織が癒着する卵巣嚢腫に罹り、30代で右卵巣の摘出を余儀なくされています。強制不妊が、文字通り彼女の人生を狂わせたのです」 両親も他界し、ひとり絶望を抱えて生きるAさんだったが、そんな彼女に寄り添ったのが、義姉のBさんだった。 1975年にAさんの兄と結婚したBさんは、日々腹痛に悩まされ、果ては手術で卵巣を取らざるをえなかった義妹の姿を見て、胸を痛め続けてきた。 2015年、仙台市の70代女性が、過去に受けた強制不妊手術について、日本弁護士連合会に人権救済を申し立てたことを報道で知り、Bさんは立ち上がる決意をする。「支援団体を通じて県に情報公開請求をし、強制不妊手術を受けたという証拠をもとに、われわれに依頼をしてくださいました」(藤間弁護士) 姉妹が訴訟に踏み切るきっかけとなったのは、昨今のゆがんだ世相にもあった。2016年7月、神奈川県相模原市の知的障害者施設で、19人の入所者が刺殺される凄惨な事件が起きた。 逮捕された植松聖被告は、警察の取り調べに対し、「意思疎通できない障害者は生きていても仕方がない」「障害者は不幸しか生まない存在」などと供述。過去には衆議院議長宛に「障害者は安楽死させるべき」とする手紙を送っていたことも判明している。 驚くべきはネット上の反応で、植松被告に賛同する人間が一定数おり、彼を英雄視する書き込みさえあった。 2014年には神奈川県川崎市の介護施設で、入所者3人を転落死に見せかけて殺害したとして職員が逮捕。2010年にも埼玉県春日部市の介護施設で、入所者3人が職員に虐待されて亡くなっている。 いずれの事件も、容疑者は犯行理由について「イライラしたから」と供述していた。市井の身近な所でも、いまだに車椅子での入店を拒否する店は数多あり、障害者差別は日本に根深く残る。「かつて優生保護法を生んだ、社会的弱者を受け入れようとしない風潮が、今また国に蔓延しつつある。“障害者に優しい社会になってほしい”という願いが、今回の訴訟につながりました」(藤間弁護士) Aさんが国に求めることは2つ。被害者への謝罪と補償の立法化だ。「強制不妊を巡っては、これまでも民間の救済団体が国に賠償を求めてきました。しかし、政府は『当時は適法だった』として、この問題に向き合おうとしなかった。2004年には厚労大臣が『どういう対応ができるか考える』と発言したにもかかわらず、その後なんの調査もしていません。この一件で国が動けば、今まで声を上げられずに苦しんできた強制不妊の被害者たちが救われるかもしれない。今回の裁判がきっかけで、同様の被害を名乗り出る人が続いてほしいと願っています」(藤間弁護士) 前出の利光さんもこう話す。「各都道府県の強制不妊に関する資料は廃棄処分されたものも多く、実態解明には高い壁が存在しています。今回の裁判を機に、国が責任をもって実態調査を行い、被害内容が正確に把握されることを強く望みます」 Aさんの訴訟を受けて、仙台弁護士会は優生保護法下で強制不妊の手術を受けた患者やその家族を対象とした無料電話相談を実施。同会には問い合わせが連日届いているという。一方、厚労省サイドは今回の訴訟について、対応の如何を表明していない。仙台地裁の第1回期日は3月の予定。司法の判断が注目される。※女性セブン2018年3月1日号
2018.02.17 16:00
女性セブン
安楽死は豊かさゆえの選択肢 安楽死を望む「4つのW」
安楽死は豊かさゆえの選択肢 安楽死を望む「4つのW」
 脚本家・橋田壽賀子氏の安楽死宣言以降、NHKや雑誌がこぞって特集を組むなど、日本でも安楽死容認論が高まってきた。65歳以上の高齢者が3500万人を超える日本にあって、終末期医療の一つの選択肢になり得るのか。 近著『遺言。』(新潮社刊)がベストセラーとなった養老孟司氏(80)は、解剖学者として数多の死に接してきた。世界の「安楽死現場」をルポし、このたび『安楽死を遂げるまで』(小学館)として上梓した宮下洋一氏(41)とともに、日本の安楽死議論から抜け落ちている視点を語りあった。宮下:やはり「迷惑」を理由にして、安楽死を望むのは、おかしいと思います。養老:患者が迷惑をかけずに死にたいと言ったとする。それは、家族にとっては、面当てになりうる。「あんた方が面倒見ないから、私はこうするんだ」ということでしょ。だから、議論していったら、きりがないんです。宮下:そもそも多くの日本人は安楽死と尊厳死の違いすら理解していない(*1)。実は、取材の成果を雑誌に発表するようになって、私のもとに安楽死を望みたいという日本人から、複数の連絡が寄せられました。だけど、実際に返信したり会ったりしてみると、まだ20、30代と若い彼らは、安らかに死ねるという漠然としたイメージを抱いているだけで、中身についてはよく知らなかった。【*1 安楽死(積極的安楽死)は「(患者の自発的意思のもと)医師が薬物を投与し、患者を死に至らせる行為」。日本で尊厳死と言われるものは、「延命治療の手控え、または中止の行為」を指す】養老:そういう若者を手玉にとって凶行に及んだ事件が最近ありましたね(*2)。【*2 2017年10月、神奈川県座間市のアパートで、15~26歳の男女の遺体が見つかる。容疑者は、ツイッターで「首吊り士」と名乗り、自殺願望者を募っていた】宮下:はい。それも死が日常生活からどんどん遠くなっていることと関係している気がします。死に対してリアリティーが持てないからこそ、安楽死という発想が生まれる余地もあるのかなと考えています。養老:面白い話があって、昔、胃潰瘍は、戦争になると消えるって教えられていたんだ。今は、胃潰瘍はピロリ菌が原因とされているから、本当はどうか分からないけど。でも、社会全体に特定の緊張状態が生じると、一部は消えるというのは、そうだと思います。宮下:安楽死も、豊かになったからこそ生まれた選択肢だと思うんです。アメリカで安楽死反対派の医師から、安楽死を希望する患者には4つの「W」が当てはまるという話を聞きました。「White」は白人、「Well-educated」は高学歴、「Worried」は心配性、そして「Wealthy」は裕福です。 この先生に言われました。「考えてみろ、なぜ先進国では安楽死が求められて、発展途上国ではそうではないのか」と。その背景を自分なりに考えてみて、たとえば途上国に心配性の人が少ないのは、地域や家族との繋がりが密接だからなんじゃないかと。養老:皆貧乏だと、逆に温かい社会が出来上がります。宮下:日本は先進国なのに、これまで安楽死という選択肢が国民的議論に発展しなかった。それはこうした「繋がり」が存在していたから。逆に今、安楽死容認論が高まっているとすれば、人と人の関係性が稀薄化しているのではないでしょうか。養老:そして皆が不安だから、ルールが必要になったんでしょう。でも、法制化して解決する問題ではない。僕はアジアを旅していると非常に居心地がいいんです。社会が「暗黙の了解」で成り立っているから。宮下:その言葉、今の日本だとよくないイメージに捉えられがちだけど、実は日本社会を機能させる重要な仕組みにも思えてきました。一概には言えませんが、人の最期にだって、本来、本人、家族、医師の間で「暗黙の了解」が成り立っているべきかもしれない。このテーマを2年取材して最終的に思ったのは、安楽死を良いとか悪いとか、第三者がいちいち議論すること自体が違うんじゃないかって。養老:本当にそう思います。他人の生き方をあれこれ言うのなら、まずは自分のことを考えてみてほしい。自分は、どう生きるのがいいのかということを。【プロフィール】ようろう・たけし/1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。1962年東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。1995年東京大学医学部教授を退官し、2017年11月現在東京大学名誉教授。著書に『からだの見方』『形を読む』『唯脳論』『バカの壁』など多数。みやした・よういち/1976年、長野県生まれ。ウエスト・バージニア州立大学外国語学部卒。スペイン・バルセロナ大学大学院で国際論修士、同大学院コロンビア・ジャーナリズム・スクールで、ジャーナリズム修士。主な著書に『卵子探しています 世界の不妊・生殖医療現場を訪ねて』など。※SAPIO2018年1・2月号
2018.02.16 07:00
SAPIO
「あす死ぬ人たち」の最期を見届けた衝撃のノンフィクション
「あす死ぬ人たち」の最期を見届けた衝撃のノンフィクション
【著者に訊け】宮下洋一さん/『安楽死を遂げるまで』/小学館/1728円【本の内容】〈「私はあなたに点滴の針を入れ、ストッパーのロールを手首に着けました。あなたがそのロールを開くことで、何が起こるか分かっていますか」/「はい、私は死ぬのです」/「ドリス、心の用意ができたら、いつ開けても構いませんよ」〉──本書冒頭に出てくる英国人老婦と女性医師の最期の会話だ。著者はその一部始終を間近で見届ける。各国で2年にわたって「安楽死の瞬間」に立ち会った衝撃の取材の果てに何が見えるのか。 あす、自らの意思で死ぬ人に会って話を聞く。本書は、安楽死を遂げる人々が率直にその心境を語る、類例のない本である。 宮下洋一さんは、英語、スペイン語など5か国語を話す語学力を武器に、スペイン・バルセロナを拠点に取材活動を続けるジャーナリストである。この本では、安楽死が選択できる、スイス、オランダ、ベルギー、アメリカ(注・一部の州)と、安楽死が許されないスペイン、日本の現場を訪ねた。「あす死ぬ人にアポを取って話を聞くなんて絶対、無理なんじゃないかと思ったんですが、スイスの自殺幇助団体『ライフサークル』の代表で医師のプライシックさんと知り合い、彼女が患者に説明、理解した患者からメールをもらう、という形で取材を許されました」 自分の死の瞬間に立ち会うことを許した81才のがん患者の女性は、「私の死について、たくさんの人たちに考えてもらえたら嬉しいわ」と宮下さんに語った。安楽死への批判もあるなか、意見が分かれるテーマだからこそ、自身の考えを語っておきたい気持ちがあったようだ。 ひとくちに安楽死といっても、さまざまな事例がある。スイスでは患者自身が点滴のストッパーを開けるが、オランダでは医師が薬剤を注射して死なせるそう。精神的な辛さから死を選ぶ人もいる。安楽死を認めていないスペインでは、映画『海を飛ぶ夢』のモデル男性の、取材を拒んでいた遺族にも会った。日本では安楽死事件の当事者となった3人の医師を探し当て、今の思いを聞いている。 自分自身は安楽死への態度を決めず、中立的な立場で話を聞いた。「本を書くときは自分が当事者ではないことが前提で、ゼロからスタートしたい。読者も、ぼくと一緒に旅をするように、この本を読んで安楽死について知り、考えてもらえたらと思っています」 人が死にゆく瞬間に立ち会う連載は、雑誌(『SAPIO』)掲載時の反響も大きかった。「『何なんだ、これは』という衝撃があったようです。反響は、医者の側から、患者の側から、両方ありました。『どうしたら安楽死できるでしょう』という末期がんのかたからの切迫した問い合わせも。今も、反響は続いています」(取材・構成/佐久間文子)※女性セブン2018年2月22日号
2018.02.10 07:00
女性セブン
『遺言。』を著した養老孟司氏 自身が望む終末期医療は?
『遺言。』を著した養老孟司氏 自身が望む終末期医療は?
 脚本家・橋田壽賀子氏の安楽死宣言以降、NHKや雑誌がこぞって特集を組むなど、日本でも安楽死容認論が高まってきた。65歳以上の高齢者が3500万人を超える日本にあって、終末期医療の一つの選択肢になり得るのか。 近著『遺言。』(新潮社刊)がベストセラーとなった養老孟司氏(80)は、解剖学者として数多の死に接してきた。国際情報誌・SAPIO連載にて世界の「安楽死現場」をルポし、このたび『安楽死を遂げるまで』(小学館)として上梓した宮下洋一氏(41)とともに、日本の安楽死議論から抜け落ちている視点を語りあった。宮下:もともと私は、安楽死について懐疑的でした。医者が人の生死の判断を簡単に下していいものか、と。でも海外でその現場を取材していると、死をこれから迎える患者さんが、死の直前まで本当に幸せそうな顔をされていた。遺族の皆さんも納得されている。こうした事例に接し、安楽死を否定できなくなりました。 ただし、日本についてはまた別の考えを持っています。安楽死を希望する日本人が言うのは、「人の迷惑になるぐらいなら逝きたい」というもの。橋田壽賀子さんもそう仰ってます。 いかにも集団主義の日本人らしい考えですが、家族からの「そろそろ患者に逝ってほしい」という空気を、患者本人が察して、安楽死を願い出るケースも考えられます。それは、死の自己決定をもとに議論されてきた欧米の安楽死の対極の思想です。今の日本の安楽死を巡る議論には正直、危惧を抱いています。養老:日本の議論から抜け落ちているものがあります。それは医師側の負担でしょう。1998年、安楽死を実践されているオランダ人医師と対談したことがありました。再びお会いする約束をして、10年後、実際にオランダに行ってみたんですよ。そしたら彼は「その後、やってません」と言いました。宮下:え!? 自らの考えが揺らいだのでしょうか。養老:というより、耐えきれなくなったんですね。彼は自分が見送った患者さんのことを丁寧に書いて、本にしていたんだけど、患者のことを記録するうちに、だんだんと記憶が重いものになっていったのでしょう。宮下:一つ思い出した話があります。私は今回の本の取材で、スイスの安楽死団体代表の女性医師にお世話になったんですが、彼女がある女性を旅立たせたあと、ポロッと言ったんですね。「彼女の死を幇助したのは、間違っていたのかもしれない」と。それを聞いたとき、医師が後悔するぐらいなら安楽死を行ってはならないのでは、と思いました。養老:いや、それは難しいところで、一概に安楽死がダメだと言うつもりはありません。こういうことは全て一つ一つが独立した事象。医師が、自分の手にかけた患者さんの思いを背負いながら生きるのも人生です。宮下:先生個人は、どんな終末期医療を望みますか。養老:年が年ですから、余計な医療をするなというのはもう当然。周りにもそう言っています。でも、仮に意識がなくなったとして、僕をどのくらいもたせようとするかは、生きている側の判断です。今、インフォームドコンセントとかつまらないことが言われているけど、日本で、問われるのは周囲がどのくらい納得したかだと思います。宮下:つまりは、周りの家族が納得できるなら、自分の死に方は問わないと。それは安楽死であろうとも?養老:はい。安楽死であろうと何であろうと、こちらが考えることではない。生き残る側の人間の問題です。宮下:では、医師と家族の間で、安楽死の合意ができているのであれば司法は介入すべきではない、と。養老:そう割り切れるかといえばまた違う。死は、一般化、つまりはルール化できない問題ですからね。【プロフィール】ようろう・たけし/1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。1962年東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。1995年東京大学医学部教授を退官し、2017年11月現在東京大学名誉教授。著書に『からだの見方』『形を読む』『唯脳論』『バカの壁』など多数。みやした・よういち/1976年、長野県生まれ。ウエスト・バージニア州立大学外国語学部卒。スペイン・バルセロナ大学大学院で国際論修士、同大学院コロンビア・ジャーナリズム・スクールで、ジャーナリズム修士。主な著書に『卵子探しています 世界の不妊・生殖医療現場を訪ねて』など。※SAPIO2018年1・2月号
2018.01.30 07:00
SAPIO
安楽死問題 何でも明快にして線を引くことの危険性
安楽死問題 何でも明快にして線を引くことの危険性
 脚本家・橋田壽賀子氏の安楽死宣言以降、NHKや雑誌がこぞって特集を組むなど、日本でも安楽死容認論が高まってきた。65歳以上の高齢者が3500万人を超える日本にあって、終末期医療の一つの選択肢になり得るのか。 近著『遺言。』(新潮社刊)がベストセラーとなった養老孟司氏(80)は、解剖学者として数多の死に接してきた。国際情報誌・SAPIO連載にて世界の「安楽死現場」をルポし、このたび『安楽死を遂げるまで』(小学館)として上梓した宮下洋一氏(41)とともに、日本の安楽死議論から抜け落ちている視点を語りあった。宮下:数多の死を見てきた先生にも、死は、一般化できないのでしょうか。養老:はい。極論を言えば、人間には“知り合いの死”しかありません。現在だって、ご臨終の人は世界中に、何百人もいますよ。でもそれは、自分の生活に一切関係ない死。「本日の交通事故死者何名」と、警視庁は発表しますが、それと一緒で赤の他人の死です。宮下:知り合いの死、養老先生の本では、“二人称の死”という言葉が用いられていますね。その意味で、私は、象徴的なエピソードを取材しました。1996年、京都の京北町で、地域医療を担う医師が、いまにも亡くなろうとしている末期癌患者に筋弛緩剤を投与して、死去させた事件がありました(*1)。直接手を下さなくても、じきに死を迎えたのに、なぜ医師はリスクをとったのか。【*1 1996年、国保京北病院(京都)で医師が末期患者に筋弛緩剤を投与したことが判明。殺人容疑で書類送検されるが、投与した致死薬が患者の息の根を止めたか断定できず、嫌疑不十分で不起訴処分に】 医師にとって当初、患者は三人称の存在だった。でも苦しむ患者の側で家族が泣き叫ぶ姿をみて、それが二人称になった、と言うんです。だから安らかに死なせるために薬を投与したと。養老:そうした話は、戦場でも、しょっちゅう起こります。今の時代、あまりに平和なので、日本人が想像できないだけです。宮下:その京北町では、日本人の共同体意識を感じました。20年前の事件なのに、地域の住民に当時の話を聞くと、先生を擁護するんです。先生の処置は悪くない、と。あの人たちの中にルールがあって、私みたいなよそ者がとやかく言うなという空気がありました。養老:それをね、丁寧に小説で書いたのは深沢七郎の『楢山節考』(*2)ですね。冬場の山のなかに、おりん婆さんを置いてきちゃうのも、ローカルルールとして成り立っていた。あれは倫理問題を超えていると、僕は思っています。【*2 1956年発表の深沢七郎の処女作。集落の因習に従い、年老いた母を背中に乗せ、寒山に捨てにいく物語】宮下:私が日本で取材した安楽死のケースでは、遺族が医師の対応に、事後、文句を言うことは確認できませんでした。むしろ、家族は、ベッド上で苦しむ患者の死を要請している側です。 事件化するのは、決まって看護師などが内部告発するケースです。それがなかったら、発覚さえしていなかった。想像でしかありませんが、過去、日本では秘密裡に、安楽死させているケースが他にあったのではないか、と思います。養老:表に出さないどころか、誰にも言わない。それが医者である。そんな時代は確かにありました。今の人はなんでも情報公開した方がいいと言うけど、それでは理性的な解決に辿りつかないこともあります。 なんでも明快にして線を引くと危険思想に行き着くこともある。2016年夏に相模原の障害者施設で19人が殺された事件がありました。犯人の元職員が「他人の世話になるしかない人の人生にどんな意味があるのか」といった主旨の発言をしたらしいけど、これは極めて現代的です。要するに介護や看病を負担としか捉えていない。私なんかは、病人や老人が若者に迷惑かけて当たり前じゃんって思う。うちのお袋なんて迷惑極まりなかったから(笑)。【プロフィール】ようろう・たけし/1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。1962年東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。1995年東京大学医学部教授を退官し、2017年11月現在東京大学名誉教授。著書に『からだの見方』『形を読む』『唯脳論』『バカの壁』など多数。みやした・よういち/1976年、長野県生まれ。ウエスト・バージニア州立大学外国語学部卒。スペイン・バルセロナ大学大学院で国際論修士、同大学院コロンビア・ジャーナリズム・スクールで、ジャーナリズム修士。主な著書に『卵子探しています 世界の不妊・生殖医療現場を訪ねて』など。※SAPIO2018年1・2月号
2018.01.13 07:00
SAPIO
安楽死が認められない日本 それでも死を望む人たちの傾向
安楽死が認められない日本 それでも死を望む人たちの傾向
 自ら死に時を選ぶ──是非はともかく、それこそ理想の最期とする考え方がある。日本では認められていない安楽死を、それでも求める人たちが増えているのだ。世界各国の安楽死事情を取材し、その成果を『安楽死を遂げるまで』(小学館刊)にまとめたジャーナリストの宮下洋一氏が、日本の安楽死に関する現状を報告する。 * * * 日本人にとって、安楽死を遂げるまでの過程は、想像以上に複雑といえる。最近、著名人が自らの死期を早めたいと声を上げ、スイスに渡る計画を立てていることが日本で話題になった。なぜスイスかというと、外国人が安楽死できるのは、その国以外にないからだ。 私は、2015年末から、2年間にわたって6か国を取材した。主にスイスでは、外国人の安楽死の瞬間を見届けてきた。そこでは、膵臓癌に苦しむ60代女性から、老いを恐れて死を決意した80代の老婦もいれば、まだ生きることが可能な難病を背負った50代の患者もいた。 死の前夜、スウェーデン人患者は「(痛みを)耐え抜くことによる報酬でもあるのかしら」と語り、彼女を幇助した医師は「患者も家族も納得できて良い別れになる」との信念を持っている。安楽死を行ない、それを施す医師たちの考えは、日本の閉鎖的な体制とは異なるのだった。 世界で初めて安楽死を認めたオランダのある医師は、「オランダ人は死に寛容な国民」と話していた。初期の認知症で、安楽死を選んだ同国男性の妻は、「夫らしい、美しい死に方だった」とまで言った。 超高齢社会の日本でも、安楽死を望む人々が増えている。しかし、安楽死は認められていない。たとえ本人の意思があろうとも、それを行なった医師は刑法第199条(殺人罪)と第202条(嘱託殺人罪)によって罰せられる。 過去には、末期がん患者に塩化カリウムを注射し死亡させた1991年の東海大学付属病院、気管支ぜんそくの意識不明患者に筋弛緩剤を投与した1998年の川崎協同病院など、「安楽死事件」と称される出来事が日本でも起きていた。それは、医師が患者本人というよりも、むしろ家族の要請によって施された措置だった。 東海大学事件の主治医だった医師は、25年の沈黙を破って、「今さら、どうこうしたって、どうしようもないだろ。あの時の苦痛を考えたら、メディアなんか信じられないんだ」と、私に吐き捨てた。 海外で出会った医師たちは、安楽死を誇らしげに話す一方で、日本の医師側はこの問題について無言を貫き、議論の余地さえないのが現状だった。◆日本人が安楽死するには? ある日、30代の日本人女性から電話が入った。彼女は、私が取材してきたスイスの自殺幇助団体に、すでに会員登録済みだった。「子供の頃から、毎日、死にたいと思ってきたんです」と、その女性が言ったのを思い出す。「より良く生きたい気持ちはないし、人に迷惑をかけたくないので」 同じように、スイスで安楽死を検討している20代後半女性の家族にも会った。女性は、統合失調症を患い、早い段階で世を去りたいと考えているようだった。家族は「死なせてあげることが本人にとって幸せなのかもしれない」と話していた。 この考え方が必ずしも無責任とはいえないことを、私はベルギーの安楽死を取材して理解している。精神疾患者にとって、安楽死の存在は「自殺の抑止力」とも言えるからだ。1年前から安楽死が許可されている同国の女性は、私に「まだ生きてもいい」と言い、現にまだ生きている。彼女は重度の鬱病患者だった。 しかし、私に連絡を取る日本人にとって、スイスで安楽死を実現するハードルは高い。まずスイスで条件となっている「死期が迫っている」わけでも、「回復の見込みがない」わけでもないので、安楽死が認められる可能性は低い。 日本で安楽死を望む人の多くは軽度の鬱病だが、スイスでは精神疾患者を安楽死させることが倫理上、難しいのだ。さらに、現実として、外国語の問題もある。診断書の翻訳は何とかなるだろうが、患者が医師と会話のやり取りができない限り、「本人の意思」を正確に把握してもらえないため、安楽死が認められるまでのハードルはますます高い。 そもそも欧米が、「個人」の主張を最大限に尊重し、死を受け入れるのに対し、日本人においては、冒頭の著名人のように「他人に迷惑をかけたくない」という独特の価値観から、安楽死を望む傾向がある。高齢者や難病患者が末期状態でなくても、家族の看病などの負担を配慮し、死期を早めようとすることがある。欧米とは安楽死に対する姿勢がそもそも異なる。 皮肉な話だが、取材で出会った安楽死の現場に携わる外国人医師たちは、自らの理想の死に方として、「飲まず」「食わず」という選択肢を挙げていた。 安楽死できない日本でも、「絶食」を決め、誕生日を死亡日に設定した男性もいた。彼の息子は「父らしい死に方だった」と言い、満足気だった。この国では、それも一つの方法なのだろう。※週刊ポスト2017年12月22日号
2017.12.15 11:00
週刊ポスト
遺産相続者がいない橋田壽賀子 お金は全て使い切って死にたい
遺産相続者がいない橋田壽賀子 お金は全て使い切って死にたい
 あなたはどこで、どんなふうに死にたいですか? そう問われたら、すぐに答えられますか。現在、生き方、死に方を綴って、ともにベストセラーとなっている在宅医療のドクター・小笠原文雄さん(『なんとめでたいご臨終』・著者)と脚本家の橋田壽賀子さん(『安楽死で死なせて下さい』・著者)が初顔合わせ。生き方・死に方を考える対談を行った。橋田:ほんと、人間いつどんな病気になるかわかりませんね。私は今、週に3日、毎回1時間、個人トレーナーについてスクワットや腕立て伏せなどの運動をしてるんです。それは長く生きようということではなく、残った人生の時間を元気で遊び尽くそうと思って(笑い)。小笠原:いいですねぇ。どんな遊びですか?橋田:旅です。大型客船に乗って、100日以上かかる世界一周の旅に出る。これまで3回世界一周をしました。若い頃は戦争があって、どこへも行けなかったんです。終戦のときがハタチ。それだから旅への憧れがすごい大きい。でも船は、半端じゃないお金がかかるんですよ。小笠原:いくらくらいですか? 橋田:世界一周するのに3000万円近くかかります。小笠原:えっ、3000万円!?橋田:要は2人部屋を1人で使うので、2人分とか1.5人分のお金を払わなきゃならないんです。でも安楽死が認められないと、将来どれくらいのお金が必要になるのかわからない。心配で、お金を旅行につぎ込めないんですよ。小笠原:死ぬのにそんな大金はかかりませんよ。年金7万2466円で、安らかに旅立ったひとり暮らしの女性もいます。ただこの金額では、夜間ヘルパーを頼むのは無理なので、朝までぐっすり眠る睡眠薬を点滴しました。「夜間セデーション」といって、夜だけ“眠れる森の美女”になっていただくわけです。橋田:私は“眠れる熱海のおばあちゃん”ですけどね(笑い)。私には遺産相続者がいません。死んだらお国が持っていきます。だから私は、自分で稼いだお金は全部使い切って死にたい。エゴイストですか? 私は年々意地が悪くなって、欲張りになってるんです(笑い)。お金を病気や介護費用につぎ込むのはイヤなんです。楽しいことに使いたい。小笠原:なるほどねぇ。体が動くうちに人生を遊び尽くす。年齢に関係なく、素敵な考え方ではないですか。死を自覚すると、どう生きるのか、自分はどう生きたいのかがよく見えてきます。橋田:そうですね。死ぬってことを考えると、やっぱり「一生懸命生きる」ということにひっくり返ってきますね。死ぬまで生きてなきゃとか、一生懸命に遊ばなきゃ、とか。 戦争中、命はお国のものでした。戦後自分のものになりました。私はとにかくこの命に責任をもって、「うまく死ぬとはどういうことだろう」とアホみたいに考えてます。人様に押しつけようとは思いません。私は死んだらお葬式も偲ぶ会もお墓参りもしてほしくない。とにかく生きている間にお金を使って遊び尽くし、ひっそり死にたいんです。小笠原:わかりました。いざとなったら、ぼくが橋田さんの在宅ホスピス緩和ケアを担当しましょうか。最近はiPadのようなタブレット端末で遠隔診療することもできるんです。国内でも海外でも、どこからでも診療ができます。橋田:私のそばにドクターがいなくていいんですか。小笠原:いなくてもいいんですよ、遠隔診療ですから。在宅医療は、未熟な医師でも経験値の高い医師が教育すればできますし、在宅医を探すこともできます。安心してください。殺人行為である安楽死では死なせませんが、安楽に生きて安楽に死んでいただきます(笑い)。 橋田:ありがとうございます。とっても心強いです(笑い)。※女性セブン2017年11月30日・12月7日号
2017.11.30 07:00
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