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直木賞作家・井上荒野氏「秘めごとのほうが色っぽいでしょう」

人間関係の微妙な距離感が、緻密な構成のうちに綴られている、選りすぐり全9編の短編小説集『ハニーズと八つの秘めごと』(小学館、1575円)が出版された。その著者で直木賞作家の井上荒野さん(50)に、この本について語ってもらった。

「ラブリーでしょう」。おだやかな笑顔と、本の装丁の温かな色みが重なった。井上さんの新刊は、春を運んできたかのようなカバーデザインだ。でも、ロマンチックなだけの荒野ワールドであるはずはなく、「中身はけっこう苦いかも」という井上さんらしい、切なさや哀しさ、苦さや甘さが潜んでいる。

「短編は、書きながら自分を驚かせることができる」楽しさがあると井上さんは語る。この9つの物語に描かれる恋愛にまつわる、夫や恋人の嘘や隠しごと、後ろめたさや棘――読み手は、そうした“秘めごと”を主人公と共有することになる。

「秘密でも嘘でもいいんですが、“秘めごと”のほうが、色っぽいでしょう(笑い)。なぜ(登場人物は)嘘だと気づいているのに、暴こうとしないの?という人もいるかもしれません。でも、嘘がすべて悪いことなのかというと、私はそうは思わない」

人には、秘めざるをえないものがある。嘘を嘘として持ち続けて生きていくしかないときもある。

「心の内を公明正大に、あからさまに明かして生きていくことは素晴らしいし否定はしませんが、みながみな、そんな率直に生きていくことはできないと思うんです。人は誰でも、特に自分自身にはひとつかふたつかは必ず嘘をついているんじゃないかな」

とうに愛が消えてしまったのに愛しているふりを続けること、愛されていないのに、愛されていると信じること。

「自分を幸せだ、不幸だと思い込むことも嘘かもしれない。なんで人は嘘をつくんだろう、というときに嘘を指摘したり、断罪するようなことは私の趣味ではなくて。なぜ嘘をつかなくてはいられなかったのか、それを考えるのが私にとって小説を書くということなんです」

今回の9編は、それぞれ主人公も物語の舞台も異なっている。例えば、『きっとね。』ではゲイカップルの恋の顛末が描かれている。この作品に限らず、井上さんは「男性をなんでこんなにリアルに書けるの?」と聞かれるそうだ。

「男性固有の考え方があるなどというのは、ナンセンスだと思います。男か女かの前に、ひとりの人間がいるわけで、気持ちや心情が男と女で違うとは思わない。人間の個体の差なんだと思います」

人を恋する気持ちに性別は関係ない。主人公・勝夫が愛する彼を思いながら、その終わりを自覚していく過程や、勝夫を気遣う仲間の心情が、深く心にしみてくる。

※女性セブン2011年3月24日号

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